始まりはダンスパーティー
R15ととしましたが、たぶんそのような事にはならないかと。
念のための保険です。
リッツァは露台に身を潜め、舞踏会が終わるのを静かに待つ。隣の露台からは若い男女の甘い囁きが漏れ聞こえてくる。リッツァは小さくため息をついた。
(あとどれくらいでこの舞踏会は終わるのかしら。)
リッツァが参加しているこの舞踏会は皇国主催であり、表向きは貴族たちの情報交換と親睦を深めるためとなっていたが、実は妙齢の男女の出会いの場として開催されていた。ダンスホールでは結婚相手を探すべく男女の恋の駆け引きが行われ、ダンスをする女性たちのドレスの花が咲き乱れていた。もちろん皇族に名を連ねる者たちも例外ではなく、皇子や皇女たちも会話やダンスに興じていた。
リッツァは許婚であるアルヴァー侯爵家の二男クリストフェルとの顔合わせと称して、父親にエスコートされこの舞踏会に参加していた。しかし、その父親も知り合いの貴族たちへ挨拶回りに行ってしまい、顔合わせのことなど忘れているように思われる。現にリッツァは一人でダンスフロアに残された。それを好機とばかりに、誰もいない露台に身を潜めた。そもそも、舞踏会やお茶会などの人が集まるような行事は苦手で、出来うることなら参加したくないのが本音であったが、父親の強い勧めでこの舞踏会に参加していた。
(お父様は顔合わせのことなんて絶対に忘れているわ。早く帰りたい!)
長い時間、露台に身を潜めていたため体が冷えてきた。窓際にかかるカーテンにその身を包み寒さをしのぐ。リッツァはまた一つため息をついた、その時---
「どなたかいらっしゃるのですか?」
リッツァが身を潜めていた露台に突然声がかけられる。男性の声に驚き、ビクッと体を揺らしてしまい、自然カーテンがごそっと動いた。
(しまった!)
黙ってやり過ごそうと考えていたが、そういう訳にもいかなくなりリッツァは蚊の鳴くような声で返事をした。
「おります。この露台は使用中ですわ。」
「これは失礼いたしましたが、お姿が見えず本当にどなたかいらっしゃるのでしょうか?それともこれは妖精の囁きでしょうか?」
男性はクスリと笑う。
「残念ながら幻聴ではございませんが、わたくしの姿を見せるのは少々憚られますの。」
カーテンにくるまって、寒さをしのいでいたなんて恥ずかしくて出るに出られない。早くこの男性がどこかに行ってくれるのをリッツァは待つばかり。しばらく待っても男性が移動する気配が感じられない。
「あ、あの・・・まだいらっしゃるの?」
リッツァは少し焦る。このまま男性が居座るとカーテンから出られない。
「ええ、今日はとてもきれいな夜空ですね。お嬢様もそこから出てきてみませんか?」
男性はカーテンに向かって声をかける。
「・・・もう十分夜空は堪能しましたわ。舞踏会が始まってからずっとここにおりましたから。」
舞踏会に来て、ずっと隠れていたなんて女性としてどうなのかしらと思うと、リッツァはカーテンの中で恥ずかしさのあまり小さくなる。
「ずっとですか?ダンスも踊られずに?」
「はい・・・苦手なのです、その・・・こういった煌びやかでにぎやかな時間と場所が。ですので、そっとしておいていただけませんか。」
リッツァの告白に男性は微笑んだ。
「実は私もこのような場が苦手なのです、ようやくあの場からこの露台に逃げてきたのです。私たちは言わば仲間のようなものですね。」
「まぁ、あなたも!?」
同じ気持ちでいる人がいるんだという安心感とどんな方なのだろうと、ついリッツァはカーテンから顔をのぞかせてしまった。
(いけない、顔を出しちゃった。)
露台の手すりに寄りかかり、こちらを見つめる男性と目があった。長身で筋肉引き締まった体躯の持ち主で、ブラウンの短髪を風に揺らしていた。身なりから、高い身分の貴族と推察される。年のころは20前半だろうか、印象的なのはその強い光を放つ琥珀色の瞳。一目見たら、その瞳に誰でもひきつけられるであろう。
「これはこれは、こんなに美しいお嬢様が隠れているとは思いもよらず、驚きました。」
男性の琥珀の瞳が優しく揺れる。リッツァはカーテンから出てくると、左胸に手をあて、ひざを折りこうべを垂れた。
「驚かせたことはもとより、カーテンに身を隠し、貴方様への対応・・・大変礼を失した行為でしたわ。申し訳ありませんでした。お許しいただけますか?」
「私こそ、お嬢様の隠れ場所を暴いてしまい、失礼した。私もお許し願いたい。よって、これで相殺です。」
男性はニッと笑うと身をただした。
「そういえば、お互いに名乗りをしていませんでしたね。お嬢様。」
「そうですわね。」
リッツァは口元に手を当てて、笑う。そこにリッツァの父親が彼女を探してこの露台に近づいてきた。
「リッツァ!一人にしてすまなかったね。さて、許婚殿を探しに行こう。」
リッツァの父親は露台の奥にいた男性に気が付いていないようで、窓際のカーテンのそばにいたリッツァの手を取った。
「あ、あの・・・お父様・・・」
引きずられるように露台をあとにするリッツァ。男性は苦笑し、右手を挙げた。口元を見ると「また」と言っているように見えた。リッツァは小さく会釈をし、「ごめんなさい」と口を動かした。
(また。なんてあるのかしら・・・)
「アルヴァー候!お待たせしてしまい申し訳ない。」
リッツァの父親が目的の人物を見つけて、声をかけた。ブラウンの髪と髭を蓄えた長身の男性がアルヴァー侯爵と呼ばれるその人だと認識する。
「やぁ、バーリフェルト伯・・・こちらのお嬢さんがうちの倅の?」
「長女のリッツァです。リッツァ、ご挨拶を。」
リッツァは慎ましやかにドレスをつまみ、ひざを折って微笑みながら流れるように礼をする。リッツァの纏う薄桃色のドレスの裾がちょこっと上がり、月の光のような白金色の前髪がさらりと揺れる。静かな湖面を映したような瞳の色は吸い込まれそうな薄青に緑を添えたような色合いであり、ベルトルドもその大人になる前のかわいらしいが大人になればさぞ美しくなるであろう容貌に目を奪われた。
「お初にお目にかかります、リッツァ・シルヴィア・バーリフェルトと申します。どうぞお見知りおき下さいませ。」
「これはかわいらしいお嬢様だ。私はベルトルド。そなたの父、エドガーとは王立学舎からの付き合いです。これからも長いお付き合いになるかと思います、リッツァ殿もよろしく頼みます。」
ベルトルドはリッツァに対し、左胸に手を当て、軽く会釈をした。
「ところで、アルヴァー候・・・クリストフェル殿は?」
エドガーがあたりを見回すが、それらしき姿は見当たらない。突然、ベルトルドはエドガー親子に頭を下げた。
「すまぬ、先ほどまでいたのだが。少し目を離したすきにどこぞに紛れて見当たらぬ。不肖の倅で申し訳ない。」
「もしやとは思うが、クリストフェル殿は我が娘との結婚は意に染まぬのでは。想い人などいるのでは。」
エドガーがベルトルドにそっと耳打ちをする。漏れ聞こえるその会話にリッツァは目を伏せる。
リッツァはクリストフェルに会えなかったことに少し安堵していた。結婚などまだ早いと考えていたし、まだ自由でいたかった。ここでクリストフェルに会えば、いやでも結婚の具体的な話も出てくるだろう。少しでも結婚を先延ばししたいリッツァとしては、エドガーには申し訳ないがありがたいことであった。
「あやつに想い人がいるなど、聞いたこともないのでその心配はないとは思うが・・・」
ベルトルドは顎ひげをなでながら、小声でエドガーに伝える。
「エドガー、明日は領地に帰るのか?」
「いや、明日はリッツァと都を巡ろうと思ってね。皇都にくる機会もないのでな。」
「そうか、それならば我が屋敷に来ないか?明日は不肖の二男坊もいるはずだ、顔合わせのし直しはいかがかと。」
ベルトルドは名案とばかりにエドガーに提案する。エドガーもそれはいい案だと話に乗っている。
「リッツァはそれでよいか?」
エドガーはリッツァに尋ねる。「否」と答えられるわけもなく、小さく「はい」と頷いた。
(明日もクリストフェル様がいなければよいのに・・・)
ベルトルドと明日のことを打ち合わせたら、今日は親戚の家に帰ろうという話になり、エドガーはリッツァに会場の出口あたりで待っていないさいと告げた。
エドガーの言いつけどおりにダンスフロアーを出て、出入り口付近におかれていた長椅子にリッツァは腰を下ろした。履きなれないかかとの高い靴に足が痛んでいたリッツァは腰を下ろせて、ほっと息をついた。実を言えば、年に数回しか身に着けないコルセットの締め付けにもリッツァは辟易していた。
リッツァの目の前を行きかう人たちはみな煌びやかに着飾り、ご婦人方はきれいに化粧を施し、未来の旦那様を探しているのだろう。
(なんで、私は楽しめないのかしら・・・お父様早く来て。)
しばらく、長椅子に腰を掛けていたが一向にエドガーの来る様子もない。時間を持て余しているとリッツァの隣に誰かが腰を下ろした。
「こんな素敵なお嬢さんを一人放っておくなんて、世の男たちは何をしているだろうね。」
隣に腰を掛けた男はリッツァを足元から頭まで舐めるような視線を送ってくる。リッツァはその不躾な視線に背筋がぞっとする。隣に座っていたくなくて、男を無視するような形で長椅子から立ち上がり、男から逃げようとしたが、右手首を攫まれる。
「離してくださいませ。」
リッツァは男を強く睨み付けて、手首を引くがびくともしない。
男は肩まで伸びた濃い色合いの金髪を手首を攫んでいないほうの手で撫でつけ、ニヤッとする。
「離したくても、貴女の美しさに魅了され離れがたく・・・」
「お願いいたします、どうか手を離してくださいませ。」
つかまれた手首が痛くて悲鳴を上げているが、この男から一刻も離れたいがために手首を引くが男の力にはかなわない。見た目は線が細いひ弱そうな男でも、女であるリッツァの力は及ばない。
「そう、冷たいことをおっしゃいますな。私はオーバリ子爵が一子エリックと申す、貴女のお名前をうかがいたい。」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべるエリックにリッツァは嫌悪感を覚える。
「手を離してくださいませ、それまでは名乗りませんわ。」
「気の強いお嬢様ですね、そんな貴女も魅力的だ。」
何を言っても言葉が通じないのか、押し問答を繰り返す。エリックは掴んでいた手首を引き寄せてリッツァを自分の胸に引き寄せようとしたとき、リッツァを掴んでいた手首に痛みが走り、思わずリッツァの手首を手放した。いきなり解放されたリッツァは後方によろけて背中から倒れそうになる。
(倒れる…)
リッツァはギュッと目を瞑り、背中に来る痛みに備える。が、倒れそうになったリッツァを逞しい腕が支えた。
「嫌がるご令嬢に言い寄るなど、恥ずべき行為だ。」
エリックを注意する男性が、エリックの手首に手刀を入れてリッツァを助けてくれた。リッツァはその男性を背にしてエリックを見据える。助けてくれた男性の手がリッツァの肩に置かれている、先程倒れそうになった際に助けてくれた名残だ。
「とんだ邪魔が入ったな。」
エリックが舌打ちをすると、リッツァに向かってにやりと笑う。
「麗しきお嬢様、またお会いする機会もありましょう。お名前はその時に」
そう言うと、エリックはダンスホールに吸い込まれていった。
(二度と会いたくないわ・・・)
リッツァは今日何度目になるかわからないため息をついた。
「ところで、お嬢さん?大丈夫ですか?」
リッツァの頭上から声がかけられた。ハッとして、振り返ると先程露台で出会った男性が立っていた。
「あ、あの・・・ありがとうございました。とても助かりましたわ。」
というと、密着していた体をパッと離し、男性と向き合う。
「どういたしまして。ところで、手首が赤くなっているが大丈夫かい?」
「ええ、ちょっと痛みますが、何ともありませんわ。本当にありがとうございます。」
赤くなった手首をさすりながら、リッツァは礼を述べる。
「しかし、・・・貴女はあまりお一人にならないほうがよいかと。今日は同伴された方は?」
「父に連れられて来たのですが、その父が…ここで待てと申しまして。」
「ああ、さっき貴女を引き摺って行かれた方ですね。」
リッツァが父親に引きずられて露台から去っていく姿を思い出して、男性は口角を上げる。
「ええ。あ、父です。」
ダンスホールから出てくるエドガーを見つけて、リッツァは小さく手を振る。その姿に気が付いたエドガーは早足で我が娘に向かってやってくる。男性がちらりとエドガーのほうを見やると
「では、私はこれで失礼します。また、お会いする機会があれば。」
「はい、今日はありがとうございました。いつかご恩返しいたしますわ。」
リッツァは笑顔で男性を見送った。
「アルヴァー候と話が弾んでしまって、申し訳なかったね。一人で待たせたかと思ったが、先程の男性は?」
エドガーはリッツァを救ってくれた男性に視線を送りつつ、リッツァに質問を浴びせた。
「ちょっと困っていた時に手を貸してくれた方ですわ。お名前を聞きそびれてしまいました。」
リッツァが男性の去ったほうを見ながら、手首をさすっている。
「そうか、ところで手首はどうしたのだ?」
「色々あったのです。馬車のなかでお話ししますわ、お父様。さ、早く帰りましょう!」
「そうだね、では、私のかわいいお嬢様。帰るとしましょう。」
エドガーは愛娘と笑顔を交わすと、すでに出口で待機していた馬車に乗り込んだ。
ようやくリッツァはエドガーと帰途についた。
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