8.夢と希望
「なんだって!?」
僕は衝撃を受けた。
目の前に広がる光景も相まって、
僕の恐怖心は高まるばかりであった。
何よりも怖いのは、ここにいる人達の冷酷な適応力だ。
僕の声は研究所内全域に響き渡ったというのに、
誰一人として僕を振り向こうともしない。
高い集中力を要する作業であるくらい察せるが、
いくらなんでも度が過ぎている。
まるでロボットのように仕事を進めている。
絶望に晒された僕に一声かけたのは、やはり関口さんだけであった。
「私は少年時代からワーウルフから戻る方法を
模索してきました。しかし、遺伝子によって定められた
この体を、完全に元に戻すことはできなかったんです。
何度も何度も失敗を重ね、僕と同じ境遇の人たちを
何人も死なせてしまったのです。
もはや誰からも信用されないほどの憎しみを買い、
数百、数千の失敗と絶望を繰り返してきましたが、
私はわずかな可能性さえ捨てきれず、
最後の手段に出たのです。『肉体を一から作り直す』という、
残酷極まりないこの方法で、ようやく一つの成功を
勝ち取ることができたのです。
もうこれしか手はないのです。これが最後のチャンスなんです。
たとえこの世の全てのワーウルフから恨まれようと、
私はこの手段を捨てる気はありません。
何度もこの実験の失敗を繰り返し続け、
新しいデータを取得し続けなければならないのです。」
もう言葉も出なかった。
その言葉はつらい人生経験や、うなずかずにはいられないような
言葉がちりばめられていたのだが、今の僕には、
ただの殺人鬼の言い訳にしか聞こえなかった。
「・・・今のあなたの願望をかなえるために、
どれだけのワーウルフが犠牲になったのですか・・・?」
「それは答えられません。その数字に関しては
極秘にするようにと全ての研究員に言ってあります。」
「その中には、ウイルスに侵された人々も実験台として含まれているのですか?」
「いえ、たとえウイルスの影響でワーウルフになったとしても、
遺伝子情報まで書き換えることはできませんので、
実験に使う価値はありません。元からワーウルフの人でないと
意味がないのです。」
「ワーウルフはあとどれくらいいるのですか・・・?」
「今のところここにいるのがすべてであると推定してあります。
これも失敗すれば、あとは私しか被験体は残されていません。
もはや自分の体をも利用しなければ、この願望は果たせないの
かもしれません。」
僕は、もはや迷いがなかった。こいつがやっていることは、
間違いなく人殺しだ・・・。
「・・・いや・・・あなたがやっていることは、ただの人殺しだ。
誰だろうとかまわずすべてのワーウルフを巻き添えにし、あなたは
何人もの命を奪ったんだ・・・。」
「違う!私はただ、彼らを苦しみから解放させたかったんだ!!」
「ならなぜ、初めから自分の体を使おうとしなかったんだ。
自分の体なら、いくらでもいじることができるだろうが。
それを最後の手段などと言い張って他人を巻き込んでいる以上、
お前の思想はただの犯罪者にすぎないのだ。」
口ぐちに語られる言葉は、まぎれもない現実。
そう、現実なんだ。
人の夢とか、希望とか、そんなこと感じたことなんて全くない。
今ここで行われていることは殺人行為。それだけのことなんだ。
「・・・・。ならあなたに真実を見せなければいけないようですね。」
そういうと関口は、首に巻かれた衣服の中から、
ある一枚の写真を取り出した。
鋭い爪をもった手に握られたその写真をこちらに差し出した。
僕は恐る恐る受け取り、その写真を見た。
そこに写されていたのは。
軍人の手によって、ワーウルフが虐殺されている様子を写したものだった。
足元には血だまり、そしてよく見ると指や耳、さらには
眼球などが落ちていた。
あまりに残酷なこの写真を、僕は直視することさえままならなかった。
「これが、ワーウルフが人間に受けてきた本当の出来事なんです。
ワーウルフの数が減ったのはそのため。私の両親も、
この兵士たちによって虐殺されたのです。
私は決死の思いで抜け出し、この隠れ家を見つけたのです。
そこには我先にと死を望むワーウルフたちの姿があり、
当時まだ未熟だった私は、彼らの言動に耐えることができなかったのです。
だから、死を望む人々から片っ端に実験材料にしていったのです。
彼らは初めから死を望んでいたのです。この残酷な結末を
迎えるくらいなら、ここで人の手によって消えたほうがましだと、
彼らはそう望んだのです。私は彼らの望む死を
かなえていただけなんです。もう助かる見込みもないとわかった以上、
ここで全滅するのが必然なんです。それでも、人間として
やり直せるのなら、まだ見込みはあるはずなのですよ。
だからこそ、彼らは自らを犠牲にして、
僕の夢をかなえるために協力してくたんです。」
「・・・それが、お前が望んだ結末なのか・・・。
お前達は死を受け入れることしかできなかったのか。」
「残念ながら、その通りなんです。原さん。
いくらワーウルフたちは人間に力で勝つことはできても、
人間の兵器の前には、手も足も出ないのです。
いくら本能に身を任せたところで、
彼らの知恵に勝つことは到底できないのですよ。
もはや我々に残された選択肢は2つしか残されていないんです。
『自ら死を選ぶ』か、『人間によって虐殺される』のどちらかです。
この2つの選択肢であれば、選ぶ道は一つだけでしょう。
彼らもそれを承知なんです。もう変えようのない事実なんです。」
あまりに信じがたいその話なのだが、
僕はただただ納得するしかなかったのだ。
もはや返す言葉すらない。ここで起こっているのは、
殺人ではなく、自殺なのだから。
かろうじて残された本能によって抵抗しても、
すぐに人間の理性によって抑え込まれるだけなのだ。
もう何も言うまい。ここに広がる光景は、
自殺志願所なのだ。夢や希望なんてかけらも存在しない、
ただの死に場所なのだ・・・。
それでも、関口は冷静に話を続ける。
「そして私が新たに立てた計画は、
人々を狼とする、『ウルフハンド』計画です。
生きる希望を無くした人々に感染するように調整された、
新型のウイルスを街にばらまくことによって、
人々に自分がワーウルフと化す恐怖を与えたかったのです。」
「そ、それじゃあ。あのウイルスの正体も・・・」
「私が作ったものなのです。あいにく、私は病院のものだったので
治療しなければならなかったのですが、
これを期に私は病院から疑いの目をかけられたため、
私は職をも失ったのです。
もう私はここで生きることはできません。たとえ生き続けたとしても、
待ち受けるのは軍人による虐殺行為です。
だからこそ、私は最後の希望をこのウイルスに託したのです。
せめて、彼ら人間たちに身を持って我々の苦しみを味わわせてやりたかったのです。」
「・・・お前・・・どこまで歪んでいるんだ。
もはや止めても無駄か。」
「あなたは・・・私を止めようというのですか?
ですがここでは、あなたは私を止めることなんて
できないんですよ?もうあなたの体は、ここのサーバーの思うが
ままに動かすことができるんですから。」
「何!?」
そう叫んだ瞬間、体の自由が利かなくなった。
まるで本能だけで体が動いているかのような感覚に
襲われていた。
そのまま僕は意識が遠のき、その場で倒れこんだ・・・。