10.ウルフハンド計画
体中をロープで縛られた1人のワーウルフが
そこにはいた。
彼が人間だった頃の名は、「原 詩狼」。
それは自分自身のことだった。
今や体の自由は聞かず、ただただ本能に任せるままに
このロープの拘束から逃れまいと暴れ続けるだけである。
だが、このロープはとても固い。
並大抵の硬さではない。
まてよ、これはロープではない、ワイヤーだ。
いくらワーウルフとはいえ、金属製のこれを
引き裂くことはかなわないようだ。
かろうじて残る意識の中、
あの夢の話を考える。
「あなたの左手に何かおかしなところはありませんか?」
左手・・・調べようにも調べられない。
自分の体を支配する本能があまりにも強すぎて、
冷静さを取り戻すことができない。
唾液をまき散らしながらもがき続けるこの体。
そのうち、体中があざだらけになってきた。
体毛もみるみる抜け落ち、体中が疲労と激痛に包まれた。
もはや何も考えることすらできない。
今はこの苦しみから解放されることだけを
望み続けていた。
・・・どれくらい経っただろうか。
完全に抵抗する気力を失った本能は、
いつの間にか姿を消していた。
だがその頃には、僕の体も疲労に疲労を重ね続け、
もはや指一本すら動かせない。
グッタリと頭を下に向け、
舌を出しながら荒い呼吸を続けるものの、
事態は一向に良くならない。
と、僕は何かを忘れかけていたが、
すぐに思い出すことができた。
「あなたの左手に何かおかしなところはありませんか?」
そうだ、左手を調べないと。
左手をかろうじて動かし、視線を左手に向ける。
すると、そこには謎の番号が記されていた。
「648351792」
何の法則性も持たない9つの数字が、
焼印によって記されていた。
だが僕には考える余地すらない。
この疲労感、激痛、そして戻るに戻りきらない意識。
ほとんど真っ暗な部屋で、冷静になれというほうが
難しい状況に、何も考えることすらできなかった。
すると、突然部屋に明かりが灯った。
暗闇に慣れた目には眩しすぎ、目を薄めながら
慣れるときを待っていると、
僕の体を拘束していたワイヤーがほどけ、
立つこともままならないまま僕はその場で倒れこんだ。
僕は多少残された意識のもと、
その場で立ち上がるが、その光景は
想像を絶するものだった。
まず足元にあったのは、「狼の眼球」。
奥を見渡すと、ワーウルフの様々な体の部位が、
無残にも散乱していた。
大量の血だまりを残して砕けたその体は
原形をとどめておらず、元がどんな生物かどうかさえ
見当もつかない状態だった。
しかも、その死体は一つだけではない、壁際を見ると
そこにはワーウルフの死体の山。
大量のワーウルフがここで殺され、
死体をバラバラにされたのちにここに捨てられたのだ。
意識が戻りかけて突然、死体から出るすさまじい悪臭を
感じ取ってめまいを引き起こす。
なんとか意識を戻せてはいるが、
それでもこの光景から目を背けることすらできない。
もはや人間に戻ることすらできないこの体も、
いずれこの運命をたどることになるのだろうか。
夢も希望もないまま他の場所を見ていると、
壁に何か文字が記されていた。
うせし
のをに
こいか
ん
「うせし のをに こいか ん ?何だこれは?」
きっと何かの暗号なのかと思われるが、
いまいち見当もつかない。
そしてそのそばには、
番号が記された石が3つ置いてある。
その石はその下のスイッチらしきものを抑え続けているようだ。
これのうち一つをどかせばいいのだろうが、
この暗号だけでは何もわからない。
無闇にこの石を動かすわけにもいかない。
きっと毒ガスが充満しだすだろう。
僕はなぞなぞやクイズはあまり得意ではない。
趣味らしい趣味は食べることくらいしかなかった僕は、
クイズ番組さえろくに目を通していなかった。
考えること数分。・・・やはりわかるわけもなかった。
すこし座りこもうとしたその時、
何かが落ちる音がした。
それは左手のほうから聞こえた。
左手には、あの数字の焼印のほかに
まだなにかあったのか。
そこに落ちていたのは、僕の携帯電話だった。
きっと肩の周辺にゆるく固定されていたのだろうか。
ワーウルフの手では操作することは難しいだろうが、
開くことくらいはできそうだ。
しかしその携帯を開いても、
電源が入らない。おそらくバッテリーが抜かれているのだろう。
そもそも操作することができなかったので何とも思わなかったが、
僕は何かに気づいた。
「携帯電話の・・・数字・・・。」
数字・・・数字・・・左手の数字・・!
左手の数字を見た。
「648351792」
この数字は、おそらく・・・。
壁に書かれた文字列を再び見る。
うせし
のをに
こいか
ん
多分この文字は、携帯の文字列と
照らし合わせるのか・・!!
に・・・の・・・い・・・し・・・・
ゆっくり考えて出てきた文字列は、
『にのいしをうこかせ』
「2の石を動かせ!」
僕は2と書かれた石へ向かう。
最後の力を振り絞り、僕は2の石を動かす。
どかした直後に、目の前の壁が別れ、
新たなる道が開かれた。
もはや迷いはない。今すぐにでもここから脱出するためにも、
すぐさま歩み出した。
この道は対して暗くもなく、長くもない。
すぐに別の光が僕を待ち受けていた。
周期的に聞こえてくる機械音。
だが声はしない。
僕はためらいもなく足を踏み入れようとした。
だがその瞬間、一筋の光が僕の体に突き刺さった。
僕は多少の痛みを覚えながらも、その光の正体を暴く。
それは何かの薬だった。
急いで抜き取るも、既に多量の液体が
僕の体へ入り込んだ。
周囲の様子を確認しようとしたその時、
僕の足元に違和感を覚え始めた。
体毛が抜け落ちている・・・。
牙も縮み、爪も戻り、
体が元の人間の姿へ戻りつつあるのだ。
その瞬間、目の前には見覚えのある人物が立っていた。
総合病院で僕の治療をしていた「関口」だ・・・。
もはや何も言うまい、やつはこの事件の発端となった
人物だ。やつを殺さなければ、死ぬ必要のない
ワーウルフが死ぬのだ。
抵抗しようとしたが、既に体は人間と化していた。
力なきその腕は、関口の背中をふれる間もなく
関口の左手によって止められた。
関口は人間の姿をしているが、
左手だけ狼の姿であった。
そして左手には見覚えのある紋章。
だがその下に、新たなる焼印が書かれていた。
「642985371」
僕とは違う数字。
関口への憎しみのあまり、声を荒げて
関口へ声をかける
「関口ぃぃぃ!!」
「待っていましたよ。原さん。
この数字の意味は分かりますかね?
まあ理解はしていますね。もしわかっていなければ、
今頃毒ガスで死んでいるのですから。」
そういって右手には別のものが握られていた。
それは、電卓。
電卓の上から大きくひらがながふってあった。
うせし
のをに
こいか
ん
僕は憎しみで息が荒くなりながらも、
その数字とひらがなの意味をたどった。
さきほどは携帯電話で調べた数字だが、
今回は電卓・・・
789
456
123
その数字の向こうに隠された単語は、
「・・・にのせかいをしこう?」
「そう、私の登録ナンバーは、
『弐の世界を敷こう』だ!
君に登録されたのは、所詮
あそこから脱出するためだけに振られた
数字なんだ。君はそれ以外のことを
この研究所に望まれていないのだよ!
私はこの世界にウルフハンドのウイルスを
散布し、世界中を恐怖のどん底に
突き落すのだよ!まさに、
第弐の世界を敷くのだ!素晴らしい!!
完璧な作戦だ!!『ウルフハンド計画』は!!!」
「・・・ば・・か・・・や・・ろう!!!!
ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
全力の声と共に再び拳を振るうが、
それよりも早く関口の左手が、
僕の腹部を貫通していた。
「ぐぁ・・・・あ・・・」
腹部からあふれ出る生き血・・・。
そして体が燃えるような感覚・・・。
「ふふふ、最後に一つだけいいことを教えてやろう。
この世界にウイルスを散布したのは間違いなく
この私だ!そして、あのウイルスには、
人間をワーウルフにするだけではない!
本能に乗っ取られたかのように、
コンピューターサーバーによって、彼らの
意志をコントロールすることができるのだよ!
彼らがこれから何をするかなんて、
動物の習性を理解していればたかが知れていること!
君も私のウイルスの効果によって、体力を
使われ続けていたようだね!いやはや残念だ!!
実験体第一号である君を抹消することで、
ウルフハンド計画はスタートするのだ!!!
せいぜい苦しみながら死ぬこったな!!
ッハーーーッハハハハハハ!!!」
左手が・・・引き抜かれ・・・
僕は・・・倒れる・・・
意識が・・・遠のく・・・
体が・・・動かない・・・・
まぶたが・・・閉じていく・・・
僕は・・・・もう・・・だめなのか・・・・。
何も感じなくなった頃に、ある記憶が
僕の中でよみがえった。
メンチカツ。僕の好きだったメンチカツが、
そこにはあった。
僕にはこれしかなかったかもしれないが、
それでもあのメンチカツは、
僕にとって、最高の喜びであったに違いない・・・。
次第にメンチカツが遠のく。
僕は、本当の暗闇に閉ざされていった・・・。
(完)
みなさんこんにちは。
作者の「教官様様」です。
今回も恒例のバッドエンドです。
最初の頃は結構かけていたんですが、
後半になればなるほど展開に困り、
本当に完結するのか?という
状態になりましたが、
なんとか完結しました。
まだまだ小説に関しては
素人ですが、
個人的にはよくできたと思っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
またいつの日か、別の小説を書くと思いますので、
その日までお待ちください。




