1.新入社員の動揺
どうも、教官です。
今回で2回目の投稿となります。
毎日何となく生き続けていた日常が
突然奪われ、現代から取り残される
人々は、果たしてどれくらいいるのでしょうか。
ニュースなどではあくまで数字として出る
情報ですが、数字だけでは表しきれないほどの、
悲劇と悪夢が起き続けています。
そんな悲劇の一部始終みたいなものを書いてみましたので、
どうぞご覧ください。
あなたの左手に何かおかしなところはありませんか?
例えば、灰色の毛に覆われていたり、
爪がとても鋭かったり、
あるいは・・・興奮すると全身が
狼に変身したり・・・・。
・・・どうやらそうではないようですね。
私としても安心しました。
え?なんでこんな質問をするかって?
それは簡単です。
「あなたがワーウルフでないかを調べるためですよ。」
1.新入社員の動揺
毎日何も変わることのない大通り。
西の空では、赤く強い光が差し込んでいた。
今、僕は会社から帰宅するところである。
いつも通りバスに乗り、駅に着くまで
何も考えずに、ただ過ぎていく風景を見るだけが、
日頃の日課である。
今日は月曜日。
あと4日仕事があると思うと、それだけで
生きる希望が持てなくなってくる。
僕の名前は原 詩狼。
まだ入社して1週間程度の、正真正銘の新入社員だ。
高校の時から将来の夢が持てず、
何となく生き続けてたら、こんな企業に行きついてしまった。
既に一人暮らしが始まってしまった今では、
この企業を退職することもままならない。
意味もない生活のためなんかに、
僕の毎日は費やされていく。
まだ給料すらもらっていないため、
働くことへの喜びさえ見いだせていない。
だが、あと3週間。この労働さえ乗り越えれば、
待ち受けるのは23万円の月給だ。
でも金をもらっても、何をすればよいのかわからない。
買い物も生活用品だけ、衣服は今ので十分。
風俗店も興味がない。酒もタバコもダメ。
ギャンブルなんてもってのほかだ。
気軽に話せる知り合いさえいない現状では、
何を頼りに生きればよいのかなんて、見当もつかない。
それゆえ、給料の使い道も限られている。
金はたまる一方になるかもしれない。
そうなれば、老後に楽になるかもしれない。
でもそんな気の遠くなる話。今の僕に言ったって
無駄だ。
なぜなら、この1週間でさえ、
僕にとっては途方もない時間だったのだから。
そんな時、ふとある記憶が脳裏をよぎった。
「あなたの左手に何かおかしなところはありませんか?」
あまりにも唐突な、それに訳も分からない質問に対し、
僕は率直に答えるしかなかった。
その後何事もなかったかのように進んだ面接は、
ほんの数分で終わったのだった。
あの質問の意味はなんだったのだろうか。
入れ墨を入れてるかどうかを知りたかったのだろうか。
でもそうだとしたら、入れ墨があるかどうかを
質問すればいいだけの話だ。
駅前についても、その話題は頭から離れず、
歩きながらぶつぶつ独り言を語る姿を、
一般人に見られる羽目になった。
そんなことも気づかず、
頭の中ではさらに話題が進み続ける。
「左手に紋章でもあるのだろうか。
何かの組織に入ってるかどうかを示す紋章ならば、
それを調べるのも無理はないはずだ。
ましてやその組織に入っているかどうかを
質問するより、左手に紋章があるかどうかを
聞かせたほうが、遠回しに組織に入ってるかどうかの
質問になるし、そう考えれば納得のいく話だ。」
最近ニュースで話題になっている怪しい組織の
ことを思い出したら、そんな風に納得していた。
だが、あるニュースに関する記憶だけ、
きれいさっぱり覚えていなかったのだ。
左手が灰色の毛に包まれた、
人間のような怪物の死体が発見された
ニュースを・・・。
次の日、左手に違和感を感じたので、
ふと左手を見てみた。
すると、いつもと違うことに気づいた。
左手の毛が少し濃くなっていた。
それも黒い毛ではなく、灰色の毛である。
白髪にしては年齢が若すぎるし、
第一白髪になる前に灰色の毛なんて
生えるはずもない。
そしてその左手は、妙に力が入り続けている。
右手よりも明らかに動揺している。
まるで何かの力を無理やり抑え込んでいるかのように、
その左手は震え続けていた。
「まあ、これはおそらくストレスのせいだろう。」
こんな納得をしてしまい、
この体の異変をほったらかして
今日の仕事に臨むのであった。
その日の仕事は、苦難の連続であった。
普段からなんとも思ってなかった上司に対して、
急に殺意が芽生え、何度も怒鳴り返そうになっていたり、
コンビニ弁当の臭いがやたら気になり、
恐る恐る食べ続ける哀れな昼食を済ませたり、
挙句の果てには、
人との話し方さえ忘れかけ、
上司に声をかけることすらできなくなりそうだった。
今日は明らかにおかしい。
そう思った僕は、心療内科へ行くことにした。
「その日の朝、いつもと違ったことはありませんでしたか?」
「確か、左手の毛が少し濃くなったり、左手に力が入り続けていたりしました。」
「なるほど、これはもしかしてあれかもしれないな・・・」
その日の通院は終了した。
その結果は後程話すとのことで、
結果を知るにはしばらくの時間が必要だ。
その後の帰りにも、様々な異変の連続だった。
車の音がこちらに近づくたび、体が無意識に動いたり、
魅力のかけらすら感じなかった女どもを、
急に愛しの存在に見え始めたり、
あらゆる異変が体を襲い続けながら、自宅に戻った。
左手に生える灰色の毛は、さらに毛深さを増していた。
左手に入る力もさらに強まり、何やら体中から
欲があふれ出るような感覚に追われた。
今日の夜に、その欲をできる限り発散し続けた。