自転車に乗ったら
これは学校の帰りに起きた、ちょっとした幸せです。
はっきり言うと、会いたくなかった。
今私の目の前には、幼馴染の鈴木怜夜がいる。
私はこっそり溜息をこぼした。
「しっかし久しぶりだよなー、美咲。」
成り行きで一緒に帰る事になってしまった。明日は『鈴木怜夜ファンクラブ』の皆さんが怖いな。
私達は幼馴染で、小学生の頃はとっても仲がよかった。
中学生になっても、ずっと仲良くしてられるって信じてた。それでも・・・それでも、無理だったんだ。
今隣で自転車をひきながら歩いてるこの男は、中学に入るとすごくモテはじめて。バスケの期待の新人エースで。
ごく普通の私はいつの間にか距離を置くようになっていた。
今じゃ『鈴木くん』だ。
「期待の新人エースが、部活はどうしたの?」
「ん、今日は自主連なんだよ。顧問がいなくてな」
「自主連なら、鈴木くんだって行かなきゃじゃん」
一瞬、自転車のカラカラという音が止まった。でもそれも本当に一瞬の事で、すぐに動いた。
「いや、俺はいっつも頑張ってっから大目に見てもらってんだよ」
「ふぅん、なんか用事あったの?」
「まぁ、どうでもいい事なんだけどな」
「そう、何?」
「叔父さんが来るからちょっと顔出せって」
「そっか」
周りには人はいない。ここは堤防だ。
すると隣に大きな動きがあった。怜夜が自転車に乗ったんだ。
「乗れよ、後ろ」
顎で自転車の後ろを差しながら言った。
「立て、と?」
「立て、と」
にっこり笑って言葉は返された。やっぱり格好良い──。
私は自転車に2人乗りさせてもらった。そして、怜夜は走り出した。
心地よい風が、頬を触っていく。
ふと、がっしりとした肩にかけられた自分の手をみた。ああ、そういえば、小学生の頃もやったな、2人乗り。
そっか、やっぱり、やっぱり私は──
「美咲、俺さお前の事好きだよ」
夕焼けに伸びた2人乗りの影は、また見れるだろうか。