第10話 【閑話】帝国の焦燥と、新たなる防衛都市への進出
第10話 【閑話】帝国の焦燥と、新たなる防衛都市への進出
【閑話】
ルミナス王国の北方に位置する巨大な軍事国家、ガランド帝国。
その帝都の奥深く、重厚な黒曜石で造られた軍務省の秘密会議室は、重苦しく、そしてひどく焦燥に満ちた空気に包まれていた。
円卓の上座に座るのは、帝国の諜報と裏工作を統括する冷酷な将軍、ヴァレリウス。その対面に青ざめた顔で平伏しているのは、交易都市セルリアの裏社会を牛耳る「三叉槍商会」の最後の一角、黒狼商会の会長であるガルムであった。
「……ガルム。貴様、もう一度言ってみろ。我が帝国が三年の歳月と莫大な国家予算を投じて構築した、セルリアへの密輸ルートが『完全に機能停止』しただと?」
ヴァレリウス将軍の低く這うような声が、会議室の冷たい空気をさらに凍りつかせる。
「は、はい……っ! 申し訳ございません、将軍閣下! しかし、どうにも理解が及ばないのです。我々が密輸ルートとして利用していた『嘆きの谷』や北部の獣道が、突如として出現した『白く輝く異常な石畳の道』に分断されてしまったのです!」
ガルムは脂汗をダラダラと流しながら、震える声で弁明を続けた。
帝国の計画は完璧だった。ルミナス王国の経済の心臓部であるセルリアに、黒狼商会を通じて違法な魔導兵器や麻薬を大量に流入させ、内部から崩壊させる。そのために、国境警備の目を掻い潜る険しい山岳地帯に秘密の輸送路を開拓していたのだ。
しかし、その輸送路は今、完全に死に体となっていた。
「その石畳の道には、王都の最高位魔術師ですら展開不可能な、広域かつ恒久的な『不可視の防壁』が張り巡らされております。我が商会の密輸部隊が道に足を踏み入れようとした瞬間、謎の重力場に押し潰され、全員が身動き一つとれずに捕縛されました。さらに恐ろしいのは……」
「まだあるというのか!」
「は、はい……。その防壁は、魔物を自動的に捕獲する機能まで備えているようでして。我々が護衛や陽動として利用していたワイバーンや凶悪な魔獣たちが、次々と麻痺させられ、見えない糸でどこかへ回収されていくのです。……まるで、魔物の生態系そのものを根こそぎ刈り取るかのような、悪魔の所業です……!」
ヴァレリウス将軍は、ギリッと奥歯を噛み締めた。
この世界において、魔物・モンスターは人々の命を脅かす脅威であると同時に、兵器や素材となる重要な資源でもある存在として描かれる。その資源を、国境地帯から根こそぎ奪い取っていく謎の組織。
「『安全第一商会』……と言ったか。たかが一介の新興商会が、なぜこれほどまでの技術と力を持っている? 我々が送り込んだ凄腕の暗殺部隊はどうした! 全員、闇魔法の達人だったはずだぞ!」
「そ、それが……全滅いたしました」
ガルムの言葉に、ヴァレリウスは言葉を失った。
「全滅だと? 抵抗されたのか?」
「いえ……抵抗どころか、彼らは商会の本部に近づくことすらできませんでした。暗殺部隊が足を踏み入れようとした路地の死角に、なぜか『致死量の毒ガスが充満した落とし穴』がピンポイントで設置されており、別働隊が屋根から侵入しようとすれば、そこには『雷撃を放つ魔導トラップ』が寸分の狂いもなく作動したのです。……まるで、我々の行動を『未来から見てすべて知っていた』かのような、完璧すぎる迎撃でした……」
ガルムの顔は、未知の恐怖によって完全に引き攣っていた。
彼らは知る由もない。その新興商会の代表であるトウヤが、時間を操る禁術『リトライ』の力を持っていることを。
万が一、暗殺部隊が拠点の結界を抜けるようなイレギュラーが発生したとしても、トウヤは死の直前に時間を巻き戻し、彼らの侵入経路、人数、使用する魔法のすべてを把握した上で、最も効率的で残酷なトラップを事前に仕掛けておくことができるのだ。悪党どもの緻密な計画など、リトライの力の前では「答えの分かっているテスト」に過ぎない。
「……馬鹿な。我が帝国の叡智を集めた裏工作が、たった一つの商会に、これほど無惨に叩き潰されるなど……!」
ヴァレリウス将軍は、怒りよりも深い戦慄を覚えていた。
「将軍閣下。もはや、裏からの工作は不可能です。黒狼商会も、王都から派遣されたアルベルトという財務官の執拗な監査により、資金源を絶たれつつあります。このままでは、セルリアでの帝国の足場は完全に消滅いたします……!」
「ええい、黙れ! こうなれば手段は選ばん。裏工作が通用しないのであれば、表から叩き潰すまでだ。国境の防衛都市『アイギス』を武力で制圧し、ルミナス王国の物流の喉元を直接押さえる! 正規軍の準備を進めろ!」
帝国の焦燥は頂点に達していた。
一人の商人が敷いたインフラと、彼がもたらした完璧な物流網が、巨大な軍事国家の長年の計画を水泡に帰し、彼らを狂気的な強硬手段へと追い詰めていたのである。
――それから数日後。交易都市セルリアの中央にそびえ立つ『安全第一商会』の要塞本部。
「なるほど。黒狼商会の動きがピタリと止まったと思ったら、背後にいたガランド帝国が直接軍事行動に出る兆候がある、と」
最高級のソファに深く腰を掛けたトウヤは、手元の魔導通信機から送られてきた暗号化された報告書を読み上げながら、静かに息を吐いた。
執務室には、共同経営者として実務を取り仕切るレオン、王都の財務官であり今はトウヤの強力な政治的後援者となっているアルベルト、そして獣人の青年リグが顔を揃えていた。
「ええ。王都の諜報部からの極秘情報です」
アルベルトが真剣な表情で地図を指し示す。
「ガランド帝国の正規軍が、国境付近で不穏な集結を始めています。標的は間違いなく、セルリアの北方に位置する国境の防衛都市『アイギス』でしょう。あそこが落ちれば、帝国はセルリアまで一気に大軍を進めることが可能になります」
「防衛都市アイギス……。王国の盾と呼ばれる堅牢な街ですが、昨今の王都の腐敗により、防衛予算は極端に削られ、守備隊は慢性的な物資不足に陥っていると聞きます」
リグが、集計した周辺都市の経済データを参照しながら補足した。
トウヤはコーヒーを一口啜り、ゲームのようなステータスが存在する異世界へ「商人」として転移した身でありながら、国家間の戦争という巨大なトラブルに直面している現状を冷静に分析した。
「俺の目指す『スローライフ』にとって、戦争による物流の停滞と市場の破壊は最も忌むべき事態だ。帝国軍がセルリアに攻め込んでくれば、せっかく築き上げたスーパーマーケットも、安全な街道も台無しになってしまう」
彼は本当の強さは仲間との絆から生まれるという信念を持っていた。だからこそ、自分の居場所と仲間たちを守るための環境づくりには一切の妥協をしない。
「決まりだ。帝国が動く前に、俺たちが防衛都市アイギスを『完全な安全圏』に作り変える。アイギスまでの物流ルートを開拓し、守備隊を俺たちの商会の『顧客』……いや、『防衛部門の提携先』として丸抱えするんだ」
「ま、丸抱えだと!? トウヤ、一国の国境守備隊を一つの商会が養うなど、前代未聞だぞ!」
レオンが驚愕に目を見開くが、トウヤはニヤリと笑った。
「前代未聞のインフラを作るのが俺たちの仕事だろう? リグ、アイギスまでの距離と地形データは?」
「は、はい! セルリアから北へ馬車で約五日。道中は湿地帯と、帝国から流れてきた魔物が巣食う荒野が続きます」
「五日か。魔導輸送車の速度と、俺の『超広域舗装』の魔法を全開にすれば、半日で開通できるな。アルベルトさんはセルリアの行政と黒狼商会の残務処理を頼む。俺とゴランさん、ミア、それに護衛のシルフィで、ただちにアイギスへ向かう!」
かくして、漆黒の魔導輸送車・一番機は、次なる市場にして最大の防衛拠点となる国境の街アイギスへ向けて、セルリアの北門を猛然と飛び出した。
車内では、ドワーフの技師ゴランが興奮気味に魔導エンジンの出力を調整していた。
「ガハハハ! ボス、帝国軍が相手たぁ大きく出たもんじゃねえか! 俺様が打ち上げたこのミスリル装甲なら、帝国の魔導砲の直撃だって弾き返してやるぜ!」
「頼もしいね。でも、できれば撃たれる前に防壁を作ってしまいたい。シルフィ、上空の警戒を頼む。ミアは後方レーダー(魔導探知機)の監視だ」
「承知いたしました、トウヤ様。エルフの誇りにかけて、空からの脅威はすべて撃ち落とします」
「は、はいっ! レーダー、今のところ異常ありません!」
トラックが湿地帯へと突入すると同時に、トウヤは窓から腕を突き出し、規格外の魔力を大地へと流し込んだ。
「『土魔法・超広域舗装』! 同時に『水魔法・排水陣』『光魔法・不可視の防壁』!」
足元の泥濘が凄まじい勢いで乾燥し、瞬く間に白く強固な石畳へと変貌していく。さらに、周囲に立ち込めていた有毒な瘴気や魔物の気配は、展開される結界によって完全に弾き飛ばされた。
時間を操る力と仲間との絆を武器に、最高の日常を手に入れるため、トウヤは一切の手加減なしでインフラを構築していく。
数時間後、荒野を切り裂くように真っ直ぐ伸びたハイウェイの先に、巨大だがどこか古びた防壁に囲まれた都市、アイギスが見えてきた。
しかし、その城門の前に広がる光景は、極めて凄惨なものだった。
「ボス! 前方に戦闘の痕跡だ! いや、現在進行形でドンパチやってやがる!」
ゴランの叫びと共に、トウヤはトラックを急停車させた。
城門の前で、銀色の鎧に身を包んだ数十人の王国騎士たちが、血まみれになりながら円陣を組んで戦っていた。彼らを包囲しているのは、帝国軍の紋章を付けた漆黒の鎧の兵士たちと、彼らが使役する巨大な装甲魔獣の群れだった。
帝国の先遣隊による、威力偵察と補給路の寸断工作であることは明白だった。
「くっ……! 陣形を崩すな! ここを抜かれれば、街の民が蹂躙されるぞ!」
円陣の中心で、一際目立つ白銀の長剣を振るう女性騎士が叫んでいた。彼女の美しい金髪は泥と血に汚れ、息は絶え絶えだったが、その瞳には決して折れない強靭な意志が宿っていた。彼女こそが、王都から見捨てられた国境の街を死に物狂いで守る守備隊長、エララであった。
「隊長! もう魔力が……傷薬も底を尽きました!」
「諦めるな! 私たちが王国の盾だ!」
エララの悲痛な叫びも虚しく、巨大な装甲魔獣の一体が彼女に向けて強烈な爪を振り下ろそうとした。
「そこまでだ」
静かだが、戦場の喧騒を切り裂くほどに澄んだ声が響いた。
次の瞬間、エララたちの目の前に、凄まじい速度で突っ込んできた巨大な「黒い鉄の塊」――魔導輸送車が、装甲魔獣をボーリングのピンのように撥ね飛ばした。
ドゴォォォォォンッ!!
数十トンの質量と時速100キロの運動エネルギーをまともに食らった魔獣は、悲鳴を上げる間もなく宙を舞い、帝国の兵士たちを巻き込んで数百メートル先へと吹き飛んでいった。
「な、なんだあれは……!?」
エララと騎士たちが呆然とする中、トラックのドアが開き、トウヤが涼しい顔で降り立った。
「怪我はないかい、騎士の皆さん。俺は『安全第一商会』の商人、トウヤ。ちょっとばかり、この街に商談に来たんだが……どうやらお取り込み中のようだね」
「し、商人だと……? そのような鉄の馬車で……いや、今はそれどころではない! 逃げろ、商人! 奴らは帝国の先遣隊だ!」
エララが警告を発するが、トウヤは全く動じない。
「帝国軍ね。俺の造る新しい物流拠点を荒らそうとする迷惑な客だ」
トウヤは右手を天に掲げた。彼に眠るすべての属性魔法とスキルを万遍なく使いこなせる規格外の才能 が、戦場に圧倒的な力として顕現する。
「『土魔法・絶対城壁』」
ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォォッ!!!
大地が激しく鳴動し、帝国軍とエララたちの間に、高さ数十メートル、厚さ十メートルに及ぶ漆黒の岩盤が、まるで巨大な刃のようにせり上がった。それはただの壁ではない。トウヤの魔力によって極限まで圧縮された、物理攻撃も魔法も通さない難攻不落の絶対防壁である。
「なっ……!? なんだこの巨大な壁は! 魔法使いの部隊が何十人いても、こんな規模の魔法は不可能だぞ!」
分断された帝国軍の兵士たちがパニックに陥る。
さらにトウヤは、冷酷な目で壁の向こう側の敵陣を睨んだ。
「俺の商圏を脅かす害虫は、ここで駆除させてもらう。……『超重力領域』、最大出力」
ドォォォォォォンッ!!
壁の向こう側から、帝国兵と魔獣たちが自らの体重に耐えきれずに地面に叩きつけられ、骨が砕ける無惨な音が響き渡った。殺しはしないが、二度と武器を握れないほどに徹底的に無力化する。それが安全第一を掲げる商人の「防衛」であった。
数秒の間に、帝国の脅威は完全に排除された。
静寂が戻った城門の前で、エララと騎士たちは、目の前で起きた神話のような光景に言葉を失い、ただへたり込むことしかできなかった。
トウヤはアイテムボックスから最高級のポーションを取り出し、傷ついた騎士たちに配り始めた。
「さあ、これで傷を治してくれ。ミア、シルフィ、手当てを手伝ってあげて」
「はいっ! 皆さん、痛いところはありませんか?」
ミアが優しく声をかけながらポーションを振りかけると、騎士たちの致命傷すらも瞬く間に塞がっていく。
エララは震える足で立ち上がり、トウヤの前に進み出た。
「あなたは……一体何者なのですか。このような神の如き力を持つ者が、なぜただの商人などと……」
「商売には、何よりも『安全な環境』が必要だからね。エララ隊長、単刀直入に言おう。王都はあんたたちを見捨てた。物資も増援も来ないこの街は、遠からず帝国に飲み込まれる」
トウヤの冷酷な事実の指摘に、エララは悔しそうに唇を噛んだ。
「……分かっています。それでも、私たちは民を守るために戦うしかないのです」
「なら、俺と契約しないか?」
トウヤは、最高に人当たりの良い商人の笑みを浮かべて手を差し出した。
「俺の『安全第一商会』が、この街の城壁を今のように絶対に破られない仕様に改築する。そして、今日開通させたばかりの俺の街道を使って、最新の武具と無尽蔵の食料・物資を供給しよう。俺の仲間であるドワーフのゴランさんが打った装備があれば、帝国の兵士など子供扱いできる」
「そ、そんな莫大な支援を……!? 私たちには、払える金など……」
「代金は金貨じゃない。あんたたち国境守備隊が、俺の商会の『専属の防衛部門』として、この街と物流ルートを管理・警備してくれればいい。本当の強さは仲間との絆から生まれる ってのが俺のモットーでね。優秀な騎士たちを見殺しにするのは、商人として最大の損失なんだ」
王都から見捨てられ、絶望の淵にあったエララにとって、トウヤの提案はまさに天から降り注いだ一筋の光であった。彼の背後にある圧倒的な武力と、すでに完成している白く輝く街道を見れば、それが決して虚言ではないことが分かる。
エララは剣を地面に置き、トウヤの前に深々と騎士の礼をとった。
「……私たちの命、そしてこのアイギスの街の未来を、あなたに委ねます。トウヤ会長。私、エララ・ヴァンガードと国境守備隊は、これより『安全第一商会』の剣となり、盾となることを誓いましょう」
新たな仲間、そして強靭な「軍事力」という地盤を獲得した瞬間だった。
トウヤは頷き、アイギスの古びた街並みを見上げた。
「よし。それじゃあ早速、この防衛都市アイギスを、帝国軍が束になっても傷一つつけられない『究極の要塞市場』にリノベーションしようか。忙しくなるぞ」
ゲームのようなステータスが存在する異世界へ転移した商人 による、世界を巻き込む規格外のインフラ拡張。その勢いは、軍事国家の野望すらも物理的にすり潰しながら、さらなる高みへと加速していくのであった。
【現在のステータス状況】
名前:トウヤ
年齢:18
職業:商人 / 冒険者(ランクA)※帝国先遣隊の無力化と防衛貢献により特例昇格
レベル:21 (帝国部隊の制圧により大幅上昇)
体力:100/100
魔力:88,000/100,000 (絶対城壁・超重力領域・ハイウェイ構築により消費・自動回復中)
固有スキル:『リトライ(発動可能)』
魔法適性:全属性(火・水・風・土・光・闇・時空・無)
取得スキル:鑑定、算術、交渉術、全魔法創造、全武具習熟、気配遮断、錬金、空間把握
【仲間・後援者の状況】
・ミア(獣人の少女):セルリアから同行。手当てなどを献身的に行い、騎士たちからも感謝される。
・レオン(人間の商人):セルリア支部にて留守番。アイギスへの物資供給ラインの計算に追われている。
・ゴラン(ドワーフの技師):アイギスに到着早々、守備隊の武器の酷さに激怒し、全装備の打ち直しを宣言。
・ガロン(ドワーフの老鉱夫):テラス鉱山から大量の鉄鉱石を魔導輸送車で出荷中。
・アルベルト(人間の文官):セルリアにて、アイギスへの私的な物資支援を法的に正当化する書類を偽造(構築)中。
・シルフィ(エルフの護衛):上空警戒を担当。トウヤの魔法の規模に感覚が麻痺し始めている。
・リグ(獣人の青年):セルリアにて各店舗の経理を統括。
・エララ(人間の騎士):【新規加入(武力・防衛責任者)】アイギス国境守備隊の隊長。王都に見捨てられた恩義とトウヤの力に惚れ込み、商会の「防衛部門」として完全帰順。
・インフラ状況:アステリア〜セルリア〜アイギス間「絶対安全街道」開通。アイギス絶対防壁構築開始。
・資金:金貨1480枚(ポーション等の消費により微減したが、強固な防衛拠点を獲得)
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