聖女の祝福、なぜか雑草だけ元気にする
祝福をかければ花が咲く。作物が実る。傷がふさがる。
聖女というのは、そういうものだと教わってきた。
――なのに。
「……また、雑草だけ」
私が手をかざした花壇は、いつも通りだった。
白い花が少しだけ元気になる。葉が少しだけしっかりする。けれど「奇跡」と呼べるほどではない。
その代わり、石畳の隙間から顔を出していた細い草が、ぐんっと伸びた。
待ってました、と言わんばかりに。
草は背を伸ばし、葉を広げ、先には小さな黄色い花までつける。
神官たちが、そろって微妙な顔をした。
「……リリィ。今日の祈りはここまでだ」
神官長の声は落ち着いている。けれど、少し疲れているのが分かった。
私は慌てて手を引っ込め、頭を下げた。
「申し訳ありません……」
口が勝手に動いた。謝らないと落ち着かない。
神官長はため息をついて言った。
「君が悪いと言っているわけじゃない。ただ……今の王国は余裕がない」
神殿の外には人が並んでいる。負傷兵と、その家族。祈りを求める目。
私はどうしても、正面から見られなかった。
「戦況が厳しい。回復の祝福が必要だ。君の祝福は……向かない」
「……はい」
分かっている。
私は回復がほとんどできない。
私の祝福がよく効くのは、草だ。
花でも作物でもなく――雑草と呼ばれる草。
神官長は少し言葉を探してから、続けた。
「君には別の場所で生きてもらう。辺境の村に手紙を出してある。宿も紹介してある」
「……追放、でしょうか」
小さく聞くと、神官長は首を振った。
「罰じゃない。合わないだけだ。……ここにいると、君がつらい」
その言い方が優しくて、私は返事が遅れた。
「ありがとうございます」
深く頭を下げて、私は神殿を出た。
庭を出る前に、もう一度だけ石畳の隙間の草を見る。
私の祝福を受けた草は、朝日を受けて元気に揺れていた。
――ごめんね。
口に出しそうになって、飲み込む。
謝ってばかりの聖女は、もう終わりにしたい。
私は荷物を抱え、神殿の外へ出た。
私の祝福が役に立つ場所を探しに。
⸻
辺境の村は、王都よりずっと静かだった。
道は石畳ではなく土。家は低く、煙突から細い煙が上がっている。
風は冷たいけれど、空が広い。
「……ここが、私の新しい場所」
私は宿の戸を叩いた。
出てきたのは十代半ばくらいの女の子だった。髪を後ろでまとめ、頬が少し赤い。
目が明るくて、笑うと場があたたかくなるタイプ。
「いらっしゃい! 旅の人? ……あ、もしかして、リリィさん?」
「はい。神殿から紹介状を――」
「わあ! 本当に来たんだ! 私はミナ。宿の手伝いしてるよ。入って入って!」
勢いがすごい。
私は押されるように中へ入った。
宿の中は木の匂いとスープの匂いが混ざっていた。暖炉の火がぱちぱち鳴る。
その音だけで、肩の力が少し抜けた。
「部屋は二階ね。荷物、持つよ!」
「いえ、大丈夫です」
「遠慮しない! 聖女さまって、遠慮するって聞いた!」
「……“さま”はやめてください」
「じゃあ、リリィさん!」
ミナはにっこり笑って、荷物を半分持ってくれた。
二階の部屋は小さかった。窓がひとつと、ベッドと、机。
神殿の部屋よりずっと狭いのに、息がしやすい。
「ここでいい? あとね、仕事は――」
ミナが言いかけたところで、下から声がした。
「ミナ! いるか!」
「うわ、ロウだ!」
ミナが顔をしかめる。
「ロウ?」
「村の庭師……っていうか、畑の人。口はきついけど、困ってると助けてくれる。たぶん!」
たぶん、が気になる。
私は苦笑して一階に降りた。
カウンターの前に立っていたのは背の高い老人だった。髪は白いが背筋は伸びている。
手は土で汚れていて、目だけが鋭い。
「お前が神殿から来た聖女か」
「はい。リリィと申します」
「手は?」
「……手?」
「祝福の手だ。見せろ」
私は戸惑いながら両手を差し出した。
ロウはじっと見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「細いな。畑仕事は無理だ」
「……そう、ですよね」
反射で謝りそうになって、こらえた。
「だが、手が細い奴ほど草は見分けられる。無理に抜くと全部同じに見えるからな」
「……え?」
「畑が荒れてる。見に来い。手伝いじゃない。覚えるためだ」
命令みたいな口調。
ミナが後ろで小声で言う。
「ロウ、こういう言い方しかできないの」
私は小さくうなずいた。
「……分かりました。行きます」
⸻
ロウの畑は村の外れにあった。
畑というより、畑だった場所。
土は固く、あちこち草が伸び放題で、作物らしいものはほとんど見えない。
「……土がやせてますね」
思わず言うと、ロウが横目で見た。
「見る目はある。雨が少なくて、いい土が流れた。肥料も足りん。人手も足りん」
「どうして、ここまで……?」
「村は忙しい。冬は薪、夏は水。畑だけに時間を割けない」
ロウは土をひとつまみして指で揉んだ。
「それで、みんな草を嫌う。草があると作物が育たないと思ってるからな。根こそぎ抜く。……そのせいで土がもっと弱る」
「草って、土の敵じゃないんですか?」
「種類による。抜く草もある。残す草もある。ほら」
ロウが指差したのは、畑の隅にひっそり生えている草だった。葉が丸く、地面に沿って広がっている。
「それは根が深い。土をほぐす。あれを全部抜くと、土は固くなる」
「……そんなの、知りませんでした」
しゃがむと膝が痛い。王都ではこんな姿勢、しない。
ロウが言った。
「草取りをしたいなら、腰を壊す前にやめろ」
「……」
謝りそうになって、やめた。
「覚えろ。見分けろ。それだけだ」
言い方はきついけど、教えてくれている。
私は草を見つめた。
雑草とまとめて呼んでいたものが、こんなに違うなんて。
ロウが言う。
「お前は祝福ができるんだろ。土を良くできるなら、やれ」
「……私の祝福は、草にしか効かなくて」
「草に効くなら十分だ。やれ」
短い。逃げ道がない。
私は手をかざし、祈りの言葉を心の中で唱えた。
光がふわっと広がる。
けれど――。
作物は変わらない。芽の弱いものは弱いまま。
私は気持ちが落ちた。
「……やっぱり」
そのとき、畑の隅の草がざわっと動いた。
葉が大きくなる。色が濃くなる。香りが立つ。根が太くなる。
土が少し持ち上がったように見えた。
「……また、草だけ……」
私が小さく言うと、ロウがいきなり畑の隅へ走った。
「え、ちょっと――!」
私は慌てて追いかけた。
ロウは草を一本、そっと摘んだ。匂いを嗅いで、葉を指で軽く潰す。
「……おい」
低い声。
「これは薬草だ。しかも上物」
「え……?」
「葉の艶、香り、茎の太さ。これだけ育てるのに普通は時間がいる。……お前、今ここで育てたな」
「私が……?」
「祝福で育ったんだろ。言葉の細かい違いはどうでもいい。問題は――」
ロウが私を見る。
「これは売れる。飲める。塗れる。冬の咳に効く。手荒れにも効く。腹にも効く」
私は言葉が出なかった。
「……これ、雑草じゃないんですか」
「だから言っただろ。草だ。役に立つ草」
ロウは何本か摘んで束ねた。
「村の連中は草を嫌う。畑の敵だと思ってる。だが草は資源だ。見ない目が宝を捨ててるだけだ」
その言葉で、胸が少し軽くなった。
「……私の祝福、役に立つんですね」
「役に立たないのは、お前じゃない。使い方が分からないだけだ」
ぶっきらぼうなのに、まっすぐだった。
私は草の匂いを嗅いだ。
少し苦い。でも落ち着く香り。
――私の祝福は、ここで使えるかもしれない。
そう思えた。
⸻
それから、村の暮らしが少しずつ変わった。
ロウは草を乾燥させ始めた。小屋の軒下に縄を張り、薬草を吊るす。
私は手伝いながら草の名前を覚えた。
「これは喉。これは腹。これは傷」
「……全部同じ草に見えます」
「見分けろ。覚えろ。嗅げ。触れ」
厳しい。でも、だんだん分かるようになるのが楽しかった。
ミナは宿で噂を広げた。
「ねえねえ、聞いた? 裏の畑の草、すっごく効くんだって!」
広め方は軽い。
でもその軽さが、村にはちょうどよかった。
最初に来たのは、咳の止まらない老人だった。
「薬草なんて、怪しいと思ったけどよ……夜、寝られなくてな」
ロウが煎じた草茶を渡すと、老人は半信半疑で飲んだ。
翌日、また来た。
「……寝られた。咳が軽い」
それだけ言って、代金代わりに卵を置いていった。
次は、手荒れで指が割れている母親。
草を潰して作った軟膏を塗ると、数日で赤みが引いた。
「……痛くない」
母親がぽつりと言って、目を潤ませた。
家畜の腹具合にも効いた。
草を少し混ぜた餌をやると、元気が戻る。
小さな困りごとが、ひとつずつ軽くなる。
私はそのたびに、胸があたたかくなった。
謝りたくなる癖はまだあるけれど、代わりに言う言葉を覚えた。
「よかった」
それだけでいい。
畑の土も少しずつ変わった。
根が深い草が土をほぐし、枯れた草が肥えになり、土が柔らかくなる。
ロウが「草を全部抜くな」と村人に言うと、最初は皆が嫌な顔をした。
「草が増えると畑が――」
「増えたら抜く。残す草は残す。全部を嫌うから土が弱る」
ロウの言い方はきついけれど、だんだん受け入れられていく。
ミナが笑って言った。
「雑草って、悪者じゃなかったんだね!」
「“雑草”って言うな」
「でも分かりやすいじゃん!」
「分かりやすいのが、いちばん危ない」
私はそのやり取りを聞いて、くすっと笑った。
笑う回数が増えた。
それが自分でも不思議だった。
⸻
嵐が来たのは、そんな日常が少し形になりかけた夜だった。
夕方から風が強くなり、雨が叩きつけるように降り始めた。
宿の窓がガタガタ鳴る。
「やばいね……」
ミナが不安そうに外を見る。
ロウが言った。
「斜面が崩れるかもしれん。畑の上の土が流れたら、今年は終わりだ」
私は息をのんだ。
そのとき、宿の扉が勢いよく開いた。
「助けてくれ! 子どもが……熱が……!」
村人が抱えてきたのは小さな男の子だった。顔が真っ赤で、息が荒い。
母親が泣きながら言う。
「薬が……ないんです……!」
ロウが舌打ちした。
「この雨だ。採りに行けん」
私は男の子の額に触れた。熱い。
王都なら回復の祝福を――。
でも私は、それができない。
「私が回復できたら」
そう言いかけたとき、ロウが先に言った。
「今ここに必要なのは、今できることだ」
私を見て、はっきり。
「お前は草を育てられる。なら、それで助けろ」
「……でも、この雨で……」
「雨だからこそだ。草は水で伸びる。お前の祝福があれば間に合う」
間に合う。
その言葉で、迷いが減った。
「……行きます」
「外は危ないぞ!」
止める声があった。でも私は首を振った。
「大丈夫です。……間に合わせます」
外套を羽織って、雨の中へ飛び出した。
雨は冷たく、風が強い。
足元の泥が滑る。息が苦しい。
それでも走った。
畑の隅――薬草が育った場所へ。
「お願い……!」
私は膝をつき、手をかざした。祈りの言葉を唱える。
雨で声が流されそうでも、止めない。
光が広がる。
草が動いた。
葉が増える。香りが強くなる。茎が太くなる。
地面の下で根が伸びていく感じがした。
斜面のほうにも草が広がっていく。
根張りの強い草が土をつかみ、泥の流れが少しずつ弱くなる。
「……よし」
私は息を切らしながら草を摘んだ。
雨に濡れているのに、葉はしっかりしている。
抱えるようにして宿へ戻った。
宿の中はざわついていた。
ロウが火を起こし、鍋をかけている。
「来たか」
「……これを!」
私が草を差し出すと、ロウは頷いた。
素早く草を刻み、煎じ始める。香りが立つ。
ミナが布を用意し、母親が男の子を抱きしめる。
私は隣で、祈った。
しばらくして、男の子の呼吸が少し落ち着いた。
目がうっすら開く。
「……おかあ……」
母親が泣きながら笑った。
「よかった……よかった……!」
私は大きく息を吐いた。力が抜けた。
「……間に合った」
謝る言葉じゃなくて、そう言えた。
ロウが短く言う。
「そうだ」
その一言が、すごく嬉しかった。
外の雨はまだ強い。
でも斜面は持ちこたえている。草が土をつかんでいるからだ。
雑草と呼ばれていた草が、村を守っている。
私は濡れた髪を拭きながら笑った。
「……草なのに」
ミナが言う。
「草だからだよ!」
ロウがぶっきらぼうに付け足す。
「草を見下すから負ける。草は強い」
私はうなずいた。
⸻
翌朝、雨は止んだ。
空はすっきりしていて、畑の草が朝日に光っている。
斜面も持ちこたえていた。土は少し流れたが、大事にはならなかった。
私は畑の隅に立って草を見つめた。
昨日育った薬草は、雨上がりの空気の中で香っている。
「いい匂いだな」
ロウが隣に立つ。
「……村、守れました」
「守ったのは草だ。お前は草を増やした。それで十分だ」
相変わらず言い方は渋い。でも、まっすぐだった。
そこへミナが走ってきた。手に木の板を持っている。
「できた!」
「……何が?」
ミナは板を掲げた。
『雑草薬草園 リリィ監修』
「待って!」
私は思わず叫んだ。
「“雑草”って書いちゃうの!?」
「分かりやすいじゃん!」
「ロウが怒るよ!」
「もう怒ってる!」
ロウが横から言う。
「……まあいい。見下されてたものが、ここでは誇りだ」
ミナがにやっと笑った。
「でしょ? 看板って大事!」
私はため息をついたふりをして、結局笑った。
「……もう、好きにしてください」
「やった!」
ミナは畑の入口に看板を立てた。
そのとき、村の道のほうから一人の男が歩いてきた。
王都の神殿の服。神殿の使いだ。
私は少し緊張した。でも逃げなかった。
「リリィ聖女」
「……リリィです」
使いは少し困った顔で言った。
「王都の神殿から近況を聞きたい、と。……戻る気はあるか」
押しつける言い方ではない。ただ確認する声。
私は畑を見た。
草が揺れている。土が少し柔らかくなっている。
宿の方からミナの笑い声が聞こえる。
私はゆっくり首を振った。
「ここには、私ができることがあります」
そう言ってから、少し言い直した。
「……ここには、私が居ていい日常があります」
使いは目を細めた。
「……そうか。なら、それでいい」
軽く頭を下げて、去っていった。
ロウが言う。
「看板、恥ずかしいなら外すか」
「……外さないでください」
私は小さく言った。
「“雑草”って書いてあるから、来やすい人がいる気がします」
ミナが嬉しそうに言う。
「そう! “雑草”って書いてあると気が楽になる!」
「……それ、分かります」
ロウが鼻を鳴らした。
「結局、分かりやすいのが勝つのか」
「勝ち負けじゃなくて、暮らしです」
私が言うと、ロウは少しだけ口元をゆるめた。
私は畑の隅へ行って手をかざす。祈りの言葉を唱える。
光が広がり、草がまた元気になる。葉がつやつやして、香りが立つ。
「……豊作って、草なのに」
私が言うと、ロウがすぐ返す。
「草だからだ」
ミナが笑う。
「今日も豊作だね!」
私も笑った。
ここには派手な奇跡はない。
でも草が育つ。草が人を助ける。草が土を守る。
そして私は、謝る代わりに言える。
「よかった」
その言葉が、この村の朝の光の中で、ちゃんと私の居場所になっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
このお話は、
「役に立たないと思っていたものが、暮らしの中でちゃんと誰かを助ける」
そんな気持ちを込めて書きました。
派手な回復や戦闘じゃなくても、草茶ひとつ、軟膏ひとつ、土を守る根っこひとつで、明日が少し楽になることがある。
その“地味だけど確かな強さ”を、リリィの祝福に託しています。
ロウのぶっきらぼうさは、優しさの言い換えです。
ミナの軽さは、村を前に進める明るさです。
どちらも「こういう人が隣にいたら助かるな」と思いながら書きました。
もしよければ感想をもらえると、とても励みになります!




