第9話 魔物
「ゲギャ、ゲギャギャ!」
「うおっ、なんだあれは!」
『ゴブリンという魔物のようです。草むらに潜んで小動物などを狙っていたようですね』
ノアがハンドルを切って迂回した元の場所にいたのは濃い緑色の肌をした1メートルほどの小さな異形の生物だった。その右手には木でできた棍棒のような物を握っており、通り過ぎた俺たちの方を見ながら声を上げている。
醜悪な顔つきをしていて長い耳をしていた。日本のゲームとかで見るゴブリンそのままの姿だ。足はそれほど速くないらしく、原付のバックミラー越しに声を上げながら俺達を追ってくるゴブリンの姿が少しずつ離れていくのが見えた
「……あぶないところだった。助かったよ、ノア」
『いえ。私も気付くのが遅れてしまいました』
ノアがハンドルを切ってくれずにあのまままっすぐ進んでいれば、おそらく正面衝突していた。それほどスピードは出していなかったものの、あれほどの質量のあるやつとぶつかってしまったら、衝撃でノアから振り落とされていただろう。
若干色は濃かったが、肌の色が草原と同じ緑色で見えにくかった。
『ゴブリンは子供くらいの力しかありませんが、棍棒や石を使うので、毎年亡くなる者も少なくないようです』
「……そう言われると少し怖いな。原付だと草原は走りにくいし、一旦元の道に戻ろう」
『承知しました』
ハンドルを切って元の道の方へ戻る。一度通った道なのでポイントは入らないが、安全の方が大事だ。
近くに仲間がいるかもしれないし、草原の色に紛れてこちらを襲ってくると厄介である。高速で走っている原付の方に向かってくるくらいだから知能も高くないようだが、そういうやつの方がむしろ怖い……。
そしてマウンテンバイク以上に原付だと草原を走るのは難しい。一応異世界仕様となっていて、でこぼこした道でも走れる原付なのだが、この辺りの草は結構長くてタイヤが滑る感覚がする。俺が原付へ乗ることに慣れていないこともあるが、原付はあまり草原を走ることに適していないのだろう。
「ふう~なんとかトリアルの街が見えてきたか」
村を出てから約1時間。ようやくトリアルの街の壁が見えてきた。行きは自転車だったが、帰りは原付だったのでだいぶ早く楽に帰ってくることができた。街の人にノアを見られないよう、手前で降りてから街へと向かう。
それにしても落ち着いて考えてみると、さっきのは本当に危なかったな。最初に出会ったスライムはただ可愛いだけで危険はなかったが、さっきのゴブリンは明確な殺意を持ってこちらを襲ってきていた。前世では喧嘩すらしたことのない俺にとってはたとえ1メートルほどのゴブリンであっても脅威だ。
「やっぱり安全面から考えても車が欲しいところだ」
『そうですね。私自身に戦闘能力はないので、そちらの方が安心できそうです』
二輪の原付だと、どうしても事故った時が危険となる。当たり所が悪ければ大怪我をしてしまうだろう。もしも車があればあのゴブリンくらいの魔物ならぶつかっても怪我はしないはずだ。ノアは少し傷付くかもしれないけれど、自動で修復できると言っていたからな。
それと怖いのが石の投擲だ。あのゴブリンは俺が原付で走り去ったあとは俺に向かって石を投げてきた。それほど力が強くないようで俺にはまったく届かなかったが、正面から投げられていたら、原付のスピードもあるし結構怖い。
原付から転がり落ちても怪我が少なくなるよう厚着もしておこう。人間なんて死ぬときは一瞬だ。なにせ俺なんていつも通り寝ていたら知らぬ間に死んでいたくらいだからな、はは。……うん、自虐は悲しくなるだけなので止めておこう。
とにかく安全面に関してはもっといろいろと考えた方がよさそうだ。せっかく第二の人生を歩み出したわけだし、事故やゴブリン相手で死ぬなんてまっぴらごめんである。多少時間はかかってしまっても、命を大事に行動していくとしよう。
そのあとは無事に街まで辿り着き、商業ギルドへ報告をして報酬を受け取った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺がこの世界へやってきてから6日間が過ぎた。
ノアが原付に変形できるようになってからは初日と同じように近隣の村や街へ荷物を運ぶ依頼を商業ギルドで受け続けた。その甲斐もあって金貨は10枚ちょっと貯まった。依頼料がそれほど高くないのと、安全のため多少いい宿に泊まっているからお金はそれほど貯まっていない。他にも着替えや非常食など生活必需品も取り揃えてきたからな。
思ったよりものんびりとしているが、安全第一で行動することにした。2日目にゴブリンに遭遇してからはポイントが無駄になってしまうが、帰りも道を逸れずに帰るようにしている。あのあと商業ギルドの人に聞いたら、魔物は人が通る道を避けることが多いと聞いた。そりゃ魔物も人が脅威だからできるだけ避けるわけだ。
そのおかげもあって、ゴブリンやワイルドディアという魔物には数回遭遇したくらいだし、それほどスピードを出していないので無事に戦闘を避けられている。今日も無事に荷物を届けることができ、トリアルの街へ帰るところだ。
「ある程度お金も貯まってきたし、あの街付近の村はほとんど訪れたから新しい街へ拠点を移そうか?」
『はい、それがいいと思います』
新しい場所を走ってポイントを貯めるには拠点を移動しなければならない。ぼちぼち潮時である。
『っ!? マスター、止まってください!』




