第4話 現実的な考え
「おおっ、これはうまそうだ!」
俺の目の前にはおいしそうなシチューとパン、そして黄金色に輝くエールがある。
今日得た情報をノアと一緒に整理していると、部屋のドアがノックされ、晩ご飯の時間となった。この宿の1階は食事処となっていて、宿に泊まっていない人でも料理が楽しめるようになっている。
今日の晩ご飯はゴロゴロとした野菜と肉がたっぷり入っているホワイトシチューと少し黒っぽいパン、そして別料金で銅貨5枚を支払ったエールという酒だ。やはり異世界の料理やお酒は興味がある。
「うん、うまい!」
木製の器に盛られた真っ白なシチューをスプーンを使って口元へと運ぶ。
最初に舌の上に広がったのは濃厚だがまろやかでクリーミーな舌触りだ。そしてミルクと野菜の優しい甘みと溶けだした肉の旨みがゆっくりと広がっていく。イモはホクホクと崩れながら、シチューと共に溶けていく。時間をかけてじっくりと煮込まれた肉はほろほろと繊維が崩れる柔らかさだった。
パンはそのまま食べると少し硬いが、シチューに浸すとしっとり柔らかくなる。たっぷりとシチューを浸して食べると、濃厚なシチューの旨さにパンの香ばしさが加わってさらにおいしく感じられた。
そしてこのエールという酒はビールとは違って麦の香りがとても強い。ビールのように冷えてなく、炭酸は少ないけれど、麦の香りをじっくりと楽しむならこちらの酒の方がいいまである。
「異世界に転生した時はどうなることかと思ったけれど、これなら料理の方は大丈夫そうだな」
海外によっては食文化が日本人である俺とまったく合わずに苦労したこともあるが、この異世界なら大丈夫だ。日本だと長い年月をかけて品種改良された肉や野菜を育てているのに、それと同じくらいおいしいのはすごいな。
しかもここはそれほど大きな街じゃないらしいから、大きな街の高級レストランなんかへ行ったらどんな料理が出てくるのか想像できない。この世界へ転生してきて、初めて希望や楽しみが出てきたぞ。
ちなみに昼にも聞いたが、ノアは料理などは食べられないらしい。今も俺の横にサイコロ状態でふわふわと浮いている中で俺だけがご飯を食べているのはちょっとだけ申し訳ない気持ちだ。
「ふ~む……。とりあえず冒険者という線はなしだな。魔物を倒したり、盗賊を討伐するような危険な依頼はたとえノアがいたとしても危険すぎる」
『はい、私も賛成します。私が変形した際の強度は実際の乗り物と同じで、故障しても自動で修復することが可能ですが、時間が必要となります』
「なるほど。その情報も大事だな」
晩ご飯を食べ終え、宿の部屋でノアと一緒に今後のことを話し合う。
現状考えていかなければならないことは目下の生活費の稼ぎ方と何の乗り物をとっていくかである。俺の方針としてはできる限り目立たないようにある程度の生活を送れ、命の危険がないような生活を送りたい。
……異世界に来たのに地味すぎるって? いいんだよ。人間ある程度年を取ると英雄に憧れたりハーレムを作ったりなんて考えなくなるものである。人間分相応でいいのだ。まあ、女の子とイチャイチャしたいという気持ちもなくはないが、まずは生活基盤を築いてからである。ふらふらと旅や旅行ばかりしているくせに我ながら現実的な考え方なのである。
「そうなるとやはり商業ギルドの方だな。ノアの能力に天職な仕事、それは荷物を運ぶ依頼だ!」
『さすがマスターです』
ノアが褒めてくれるが我ながらいいアイディアだと思う。どうやら荷物を運ぶ輸送の依頼も商業ギルドの依頼らしく、ギルドにあった依頼ボードにはここから離れた村や街まで荷物を運ぶ依頼が結構あった。
大手商会は独自で輸送のルートや人材を抱えているようだが、小さな商店や個人の場合は商業ギルドに依頼するらしい。この依頼であればお金を稼ぎつつ、新しい道のりを走ることができる。
日本の知識を売って商品にする手段も考えたが、時間がかかる上にひとつの街に留まらなければなさそうだ。それになんの後ろ盾もなく有用な知識を披露すれば、拉致監禁されて死ぬまで知識を搾り取られる可能性もある。まずは多くの乗り物を解放することに尽力しよう。
「商業ギルドには明日登録するとして、ノアの能力は何を解放するか迷うところだ」
もう一度ノアにポイントで変形が可能となるリストを出してもらい、次に何の乗り物を取得するか検討する。
少なくとも人力からは解放されたい……。
「今日マウンテンバイクで走った距離が11キロメートルで11ポイントか。一番早く取れそうな乗り物だと電動ボードで20ポイントだけど、あれってかなり危ないんだよな……。路面状況の良くないこの異世界だとなおさら危険だ。ここはやはり30ポイントの原付まで我慢するか」
最近話題になっていた電動キックボードだが、便利な反面事故が多く危険らしい。しかもタイヤが小さいから、大きな石につまずいたら盛大に転んでしまいそうだ。
こっちの世界だと医療施設もちゃんとしてなさそうだし、できる限り危険は排除したい。まあ、遊ぶ分には電動キックボードは面白そうだから、ポイントが余ったら乗ってみたいものだ。
「車だと数百ポイントが必要だから、マウンテンバイクで走るのは現実的じゃないな。あれ、そういえば乗り物の燃料はどうなるんだ?」




