第15話 久しぶりの味
「街から近いから魔物に襲われたらすぐに街の門まで逃げよう」
『はい、マスター』
この場所はニフランの街から数百メートル離れた何もない場所だ。街の近くには魔物がそこまで寄ってこないそうだが、用心はしておく。
寝袋は購入しておいたので、今日はこのキッチンカーの中で一夜を過ごす。
宿代の節約というのもあるが、一度車内で野営ができるかを確認するためだ。今のところは拠点となる街から日帰りで往復可能な場所を選んでいたが、今後は野営をして遠くの街まで行く機会があるかもしれない。その練習というわけだ。それと深夜に燃料や水などが補給されることを確認する目的がある。
「とりあえずまずは腹ごしらえだ。この異世界へ来てから初めてまともな料理ができるな」
『マスターは料理が得意なのですか?』
「自炊もしてきたし、人並みくらいにはできるつもりだぞ」
学生時代からずっと自炊をしてきたし、キャンプなどもしてきたから人並み以上に料理はできるはずだ。
まずはホワイトミルブルという牛型の魔物の肉を薄切りにする。この魔物の乳は濃厚なミルクとなっているので、飲んだらとてもおいしかった。気性も大人しく、飼育することも可能らしいので、完全に俺の世界の牛みたいな魔物だ。
そしてコンロを点火してフライパンで薄く切った肉を焼いていく。肉の焼けるいい匂いがキッチンカーの中に広がっていった。肉が焼けたら上から焼き肉のタレをかけて完成だ。生野菜にマヨネーズをかけてパンと一緒に作業台へ置く。椅子もあるのはありがたい。
「うん、こういうのでいいんだよ!」
焼き肉のタレの甘しょっぱい醤油の味とうっすらと感じるリンゴやニンニクにゴマの風味が加わった定番の味。独り暮らしを始めた時には肉だも野菜でも焼き肉のタレで炒めて食べていたものだ。
この異世界だと生で食べられるくらい鮮度の良い野菜は少し高めだったけれど、シャキシャキとした歯触りにみずみずしい野菜の味、それをまろやかに包み込むマヨネーズ。
大袈裟かもしれないが、薄めの塩味に慣れてしまうとこういった慣れた味がとてつもなくうまく感じてしまうから不思議だ。
「いやあ~うまかった。……ただ、贅沢を言えばパンではなくてアツアツの真っ白なご飯と一緒に食べたかったな」
『そういえば市場でも探しておりましたね。米とはどういった食材なのですか?』
「そうか、ノアは俺の世界の食材なんかはあまり知らないんだよな。米は俺の国の主食でこれくらいの小さくて白いものなんだけれど、水を加えて炊くことで少し膨らむんだ。米自体はほんのりと甘いくらいでそこまで味はないけれど、味の濃いものと一緒に食べるとすごくおいしいんだよ」
『なるほど。データに追加しておきます』
今まで訪れた街の市場でも探してはいるのだが、まだ見つかっていない。1週間もするとご飯の味が恋しくなってしまうのは日本人なら当然なのかもしれない。これからも新しい街を訪れたら米は探してみるとしよう。
「ふ~む。これからのことだけれど、まずはこの街に少し滞在してお金を貯めようと思う」
『はい。お金を貯めて装備や緊急時の食料などを集めるのもよいかもしれません』
さすがノアだ。俺が言いたいことをよく分かっている。
現在の手持ちは金貨10枚を切ってしまった。これだとなにか不測の事態が起きた時に心もとない。そして魔物などに襲われた際に少し不安だ。逃げることはできるが、逃げ道を塞がれたら詰んでしまう。
「前にオオカミ型の魔物に襲われていた時のように魔物に襲撃された時が怖いからな。その度にチケットを使っていたらあっという間になくなってしまう。そうならないためにノアの変形以外に自衛手段を手に入れよう」
ノアがキッチンカーに変形できるようになったから、最悪の場合は魔物に突っ込むという手段も取れるが、ノアが自分をどれだけ修復できるのかまだわからないし、できる限りその手段はとりたくない。
かといって俺が冒険者のように剣を持って冒険者と戦うのは無理だ。だが、この異世界には魔道具という魔法が使えない人でも魔法のような力を使える道具が存在する。そういった魔道具を緊急時のために持っておきたい。魔道具は高価な物なので、そのためにもお金は稼いでおきたいところだ。
「この街には屋台街があった。商業ギルドで聞いた話によると、商業ギルドに登録していれば場所を借りて屋台で営業することができるらしい。このキッチンカーを屋台ということにして、料理を販売しようと思う」
キッチンカーの元々の用途はそのためだからな。キッチンカーをどう見られるかが少しだけ不安だが、魔道具の屋台といえばそう見えなくもないだろう。
あまり目立ちたくはないが、うまくいけば商業ギルドで荷物を運ぶよりも大金を稼ぐことができるはずだ。思えば荷物を運ぶ依頼は多少危険があったし、これまでに原付を目撃されていた可能性もあるからそういった危険度でいうとこちらも同じくらいかもしれない。
前回戦車の戦闘を見られた時のようになにかあればすぐにこの街を離れるとしよう。




