第10話 緊急事態
「くっ!」
ノアの声に反応して原付を急停車する。だいぶ前のめりになりつつも、怪我をすることなく原付を止めた。
『右前方に人影あり。魔物と戦闘中のようです!』
「なんだって!?」
目を凝らしてノアの言う方向を見る。確かに俺の視界には何かが動いているところが確認できた。
ノアの視力は俺よりもよく、これまで何度も俺より先に魔物の姿を視認してくれた。
「この辺りには強い魔物はいないはずなのに……」
『2台の馬車が10体以上のオオカミ型の魔物の群れに襲われております。位置的にトルメンの森から引き連れてきたのかもしれません』
ここから少し離れた場所にあるトルメンの森。街で集めた情報によると、街付近に強い魔物はいないが森はその限りではない。森には独自の生態系があり、弱肉強食の中で生き残った魔物がうようよいるらしい。
俺も森の近くには絶対に近寄らないと決めていた。
「……ノア、状況はわかるか?」
ここから街までまだ少し距離がある。今から最速で衛兵を呼びに行ったとしても30分以上はかかってしまうだろう。
『状況はよくなさそうです。馬車の後ろには負傷者も複数名いるようで、その者たちをかばいながら護衛の者が前に出て戦っております。対するオオカミ型の魔物は数が多く、連携が取れているように見えます』
「ぐっ」
『……この世界では自身の身を最優先で守る必要があります。魔物たちがこちらへ気付かないうちに早く街まで避難することを推奨します』
どうする?
もちろん俺ひとりが行ったところで、足手まといになるだけだ。護身用のナイフと魔物が嫌がる刺激臭を出す煙玉のようなものしかない。戦闘が始まっている状況で役になど立たないだろう。ノアは俺の安全を最優先に考えてそう提案してくれたに違いない。
だが、今の俺にはひとつだけオオカミ型の魔物の群れを撃退できる手段がある。とはいえそれは限られた手段であり、本当に自身がピンチの時にしか使うつもりはなかったのだが――
「ええい、知ったことか! ノア、お試しチケットの戦車を使う! 彼らを助けるぞ!」
限られた手段だが、今ここで使わなければ俺はきっと一生後悔する!
『承知しました。お試しチケット【戦車】を使用します』
「おおっ!」
今もまたがっていた原付に変形したノアが光り輝き、巨大化しながら俺を包み込んでいく。どうやら変形は俺が乗ったままでも可能らしい。
「うおおおお!」
気付くと俺は狭い室内の窮屈な椅子に座っていた。操縦席は2つあり、俺はその右側に座っているらしい。
周囲は冷たい金属の壁に囲まれ、微かな機械油と新車のような独特の匂いが混ざり合っている。周囲には無骨な計器類や謎のメーターなどが赤や緑に光っている。正面には複数のモニターがあり、この戦車の周囲を映し出しているようだ。
そして目の前には戦車の操縦桿があり、足元にはペダルがある。まさに戦車の操縦席といった内部の様子に俺のテンションは上がりまくりだ!
「おっと、興奮している場合じゃない! というか、俺は戦車の操縦なんてできないぞ!」
『こちらで操作します。馬車に近付きながら援護射撃を行います。状況をモニターに映し出しますので、ご覧ください』
「ああ、すべて任せる!」
モニターが切り替わり、護衛の者が馬車を守りながらオオカミ型の魔物と戦っている状況が拡大して映し出された。
それと同時に戦車が動き始める。ゴゴゴゴッという車とは異なるキャタピラの音が車内にも鳴り響き、これまた車とは異なる振動がシート全体に広がった。ノアの乗り物は道を走りやすくなっている影響か、思ったよりも振動が少ない。
『マスター、戦車の能力は自動砲弾装填です。自動で砲弾が補充されるようで、すぐに発射するこが可能です』
「おおっ、すごい! すぐに援護射撃を開始! くれぐれも人には当てないように頼む!」
『お任せください』
そうか、本来であれば戦車の砲弾は弾を補充していかないと駄目だよな。砲弾の数は無限なのかわからないが、とにかく今は襲われている人たちを援護だ。
モニターがさらに切り替わり、中心に照準のようなものが現れ、その位置が微調整される。
『マスター、いきます!』
「ああ! 撃てー!」
俺の号令と同時に車体が大きく揺れ、巨大な爆音が戦車内に鳴り響いた。




