おまけ話「ミルクと茶茶茶」
「うわー♪ぎゅうっと濃ーい。何ンやろ?よお知っとお味なんやけど」
「ははは。そおです。カスタードクリームみたいでしょお?」
「そおや!甘さ控えめなプリンやコレ。
スパイスが利いとるからオトナプリンやな」
営業時間終了して。ジェラード店の調理場では新フレーバーを製造中。
そんなタイミング良く店を訪ねて来た似古も、味見に参加している。
これ好きやあ♪とシアワセそーにスプーンを口にする姿は子供ぽいのに。
ブルーアッシュに染めた長髪に、細く整った輪郭。
そして長いまつ毛に縁取られた切れ長の目は艶ぽくて、見た目はホスト系。
しかも愛想が良くて。話相手するのも上手いとなると。
この駅前通りはもちろん。仕事依頼を受けるお客にもファンは多い。
「似古さんに、そおんなユルユル顔して貰えるとなあ。
大成功やてコッチまで嬉しなるわあ」
エプロン姿の育と活は顔を見合わせて笑う。
「何ンかいつもより、じわーって味わい深い気ぃする」
「そおなんです」
活の目がキラリ。
「暑い夏はさっぱりすっきり感が大事やけど。
気温下がって来ると。ずっしり感出して、味も重めにしとるンです」
「そおそお。
秋はなあ、芋栗柿で季節感を味ぉて貰えるようにして。
冬はシチュエーションが大事。食後の団欒で食べて貰うイメージや。
寒いのにわざわざ冷たいモン食べる時て、限られてるからなあ」
育の説明を聞いて、似古はフムと思案顔。
「育さんの言う通りやワ。
オレのお気に入り、ほうじ茶ラテなんやけど。
鬼島のじいちゃんトコで食事させて貰うとな、こお煮物山盛りーとか。
土鍋に汁物が湯気立ててたっぷり作ってあって。
食べ終わると、汗かいて腹いっぱいになってまうねん。
みんなはずうっと呑んどおけど。オレ呑めへんし。
縁側行ってジェラード食べるんや。
芳ばしいほうじ茶と、濃ぉて甘ーいミルクがなあ。ほぉて落ち着くんやあ」
似古のしみじみとした感想に、育も活も益々盛り上がる。
「そお言うて貰えると嬉しいわあ」
「うん。狙い通りや。
さっき味見して貰うた新作は、エッグノックのイメージで。
元は寒い冬に飲むホットミルクのアレンジなんです」
「へええ。確かになあ。
温ったかい部屋でお喋りしながら、みんなで食べたあなる味や。
団欒の味なんやなあ」
にっこりと、似古はキレイな笑顔になったけれど。
切れ長の瞳から、さっきの無邪気なコドモぽさは消えていた。
調理場の裏口がノックされて、鬼島百架が顔を覗かせる。
元々身体は大きい方だけれど。
部活と叔父の工務店手伝いで、成長期男子はガッツリ筋肉が付いて。
ジェラードメーカーやたくさんの器具がある調理場が急に狭く感じるほど。
「似古さん。百樹さんがそろそろ行くて言うてますよ」
「もお、そんな時間?
育さん活さんご馳走様。今度の日曜オレ手伝いに来ますんで。
望くん、部活で居らんもんね」
「ほんまに良えの?助かるわあ」
「オレここの手伝いすんの、めっちゃ好きなんで。
さっき言われた、持ち手ンとこ直して。保冷BOX10個用意して来ますー」
よろしくなあと育と活に送り出されて。
似古と鬼島は並んで歩き出す。
「持ち手、何ンかマズかったんですか?」
似古が持っているのは、活から依頼を受けて作った簡易保冷BOX。
その見本を確認して貰うために、ジェラード店へ行っていたところ。
似古の手から保冷BOXを受け取って、百架が尋ねる。
「マズイ言うか。もうひと工夫必要なんや。
これレンタルやん?
活さんのイメージとしては。
暖房効いた家で食べる為に、ジェラード買うて帰るカンジ。
気温下がって来たら、暑い時期みたいに店頭ですぐ食べるンちゃうしな。
そーゆー時に。ドライアイス代だけで、このBOX貸し出して。
返却されたらスタンプ1個。スタンプ5個溜まったらドライアイス1回無料。
このサイクルで回して行けたら。寒うなってもお客さん来てくれそおやんな」
「冬には冬の売り方、言うコトですか」
「そお。
ただレンタルやと清潔さが気になるやん?
持ち手をな、取替可能にして。お客さんが気にせんで済むよおにしたいて」
「へえ」
「活さんはなあ。ほんま細かいトコ気ぃ付くよな。
目線がお客さんに近うて。色々考えとおワ。すごいよなあ」
同意を求めるように、似古が顔を向けると。
鬼島はその前からじっと似古を見つめていた。
話の内容よりも。驚いたり納得したり似古の表情が変わるのを眩しそうに見ている。
だから。
似古の方が口ごもってしまって、顔を逸らして。話を終らそうとするけれど。
「まあたぶん。百ちゃんがお金掛けんと工夫してくれるやろ」
「そおですね。百樹さんそーゆーン上手やし。
今、このBOXカラなんやったら。似古さん用のアイス買えば良かった…」
「この間じいちゃんがデカイクーラーBOXいっぱい買うてくれたで。
オレが呑めへんから。その替わりなんやて。
ほら冷凍食品まとめ買いする時のBOXやから。20個くらい有ったんちゃうか?
オレひとりで食べ切れへんワー」
BOXを開けた時のじいちゃんのドヤ顔を思い出して、似古はプププと笑いが零れ。
そんな似古を、いつも不愛想な顔を緩めて百架が見つめる。
身近なネタを振られると、こんな風にお喋りが延々続いてしまう。
そうなってしまう程、2人の生活は重なっているから。
工務店の上の部屋で百樹と似古は暮らしているけれど。
しょっちゅう鬼島祖父宅で食事したり泊まったり。
百樹が診療船に同行したり、島の小規模工事に駆り出されることが増えると。
似古ひとりでも祖父宅を訪ねるようになっていて。
似古が居るだけで食卓は賑わうし。飼い猫2匹も大歓迎で擦り寄るし。
もうすっかり家族の一員なのに。
似古と百架の間にだけ、いつまでも微妙な空間が残っている。
まるで敬愛する主人の後ろにぴたりと着いて歩く飼い犬みたいに。
「活さんはホンマすごいよなあ。
ゼロからやり直して。身体もキモチもしっかり立ち直って。
そんで今ではお店の経営回しとって。もうすっかり一人前で頑張っとる。
やっぱ元々頭も良えし、性格も良えし。ちゃあんとした家で育っとおモンなあ」
オレとは全然ちゃう。
遠くへ視線を漂わせるヒンヤリとした似古の表情が、そう呟いているようで。
百架は腕を伸ばすと、そっと似古の腰に回した。
「そこ、段差あります」
「え?あ、ごめん」
「オレはずっと似古さんの傍に居ります。
似古さんが成りたいジブンに成るまでずっと居るンで。
何ン言うか、似古さんのペースで良エんやと思います」
身体はぴったりと近いくせに。
脂汗浮かべながら視線を逸らしている百架の横顔を、似古はじっと見る。
「オレのペースて。そんなんいつになるか判らへんで」
「はい。せやから。いつになってもエエよおに。ずうっと傍に居りますンで」
「これから将来を選んで行く若者が、ナニあほなコト言うとおん?
オレみたいなンに迷うとらんで。しっかり現実的に生きて行かんと。
じいちゃんも百ちゃんも。ああ見えて百架くんのコト認めとるんやで」
遠慮していた百架の指に力が入る。
作業着越しでも、百架の手の温度が伝わって来て。
似古はぎゅうっと強く目を瞑る。もう百架の顔を見たくなかったから。
きっと、いつものように。
自分が何を言っても、否定しても突き放しても。
まっすぐに自分を見つめて「そンでも傍にいます」と言うに決ってるから。
夕暮れ時で。
百樹の工務店はメイン通りから奥へ入った所にあるから。もう人通りも無い。
「ホンマにあほやなあ。
甘々や。世の中ナメ過ぎちゃうか。そんなんで上手く生きてけへんで」
百架の逞しい腕に逆らえるとは思えないし。
もう何百回繰り返したか判らないやりとりを、また言葉にするのも飽きたし。
深ーいタメ息を付くと。
似古は目を瞑ったまま顔を百架に向ける。唇もうっすら開いたままで。
「えっと、あの。キス…してエエですか?」
「あかん言うたらせえへ」
んの?と言う語尾はキスで塞がれた。
始めの頃は緊張してぎこちなかった百架からのキスも、今ではそれなりで。
唇と、身体に回された腕や手から感じる百架の熱は、身体の奥まで伝わるし。
すっかりふんわり心地良くなっていて。もう何も考えたくなくなってしまう。
(濃ーいジェラードみたいや。
苦い抹茶もほうじ茶も、どんなフレーバーも。
濃厚ミルクと合わさったら。程良おに抑えられて、せやのに味は引立って。
苦しいて苦いンばっかりやった昔のコトも。
こおんな甘あて優しいて強いミルクと一緒やったら。
もおペロリて舐めてまう気ぃするなあ…もお大丈夫な気ぃするなあ…)
「百架くん」
「あ、は。はい」
しまったやり過ぎてもた、と強張る百架に。
なまめかしい笑みを浮かべながら似古は尋ねる。
「百ちゃんの出張見送ったら。今晩こっち泊まる?」
「えっ!!」
夕暮れでも判る程、百架の顔がまっ赤に噴火して汗が噴き出る。
「オレの好きなジェラード買い置きしてあるンや。
百ちゃんが出張中は、じいちゃんトコでご飯するやろし。
買い置き分はもお我慢せんと食べてまお思うんや。一緒に食べへん?」
「食べます。似古さんが出してくれるモンやったら。全部頂きます」
「うん。一緒に食べたら冬でも冷たいんでも、何ンかぬくなりそおやあ」
ふふふと微笑む似古の頬はほんのり染まっていて。
細められた瞳は艶っぽくてきらめいていて。
百架は視線も意識も吸い込まれてしまって。もうその場から動けなかった。
動けるよーになってからのコトは。
まあ何ンと言うか。新作ジェラードより甘く濃厚だったと言うコトで。




