おまけ話「瀬戸内ブルー」
るんるん♪と音符を振りまきながら、健文はタブレットの画像を望に向けた。
今日は健文の母親が昼出勤で帰宅は夜遅い。だから望を招いて2人で夕飯。
健文の父親直伝のピリ辛麻婆豆腐をハフハフ食べて。
望が持って来たバニラヨーグルトのジェラードですっきりしたトコロ。
お腹いっぱいでリビングのソファにもたれたまま、望は健文の肩に頭を乗せる。
「この3台がオレのお薦めや。
スペックも値段も。初めて買うンに間違いは無い思うで」
タブレットを覗き込んでから。望はちょっと唇を尖らせる。
「コレえ?健文のんと全然ちゃうやん。
ハンドルがぐるんて巻いてへんし。ペダルもママチャリみたいや。
あんまカッコ良お無いなあ」
「まあ、そお見えるかも知れんけど。
この3台の推しドコロは、この値段にしてはフレームがめちゃ良えんや。
ブレーキパッドとか、細かいパーツは安いのン使うとるけど。
そーゆーんはオレが交換するから。性能はもっと良おなる。
そんで慣れたら、ドロップハンドルにしたりビンディングペダルにしよおや。
パーツ交換に金掛ける価値があるフレームやで」
「すぐ慣れるで。こないだ健文のに乗せて貰うたけど、全然平気やったし」
「そお。ちょおっと乗るならな。
でも長時間乗っとるとな、辛なるンは首とケツなんや。
肩落として首まっすぐに出来るフラットハンドル姿勢と違うて。
ロードバイクは、肩前に出して頭上げ続けなあかん。首回りめっちゃ凝るで。
部活で鍛えとるからな。体力や筋力は心配要らんけど。
そーゆー自転車独特のシンドイトコて慣れるしかないんや。
身体無理せんで、最初は余裕持って楽しめるよーにしよおや」
普段の健文とは違う、熱のこもった語りっぷり。望はマジマジと見てしまう。
気配り派の健文は、喋るより聞く方が多いし。
相手を説き伏せようとする話し方は滅多にしない。
いつも望のキモチを確認しながら。優しい目で覗き込みながら頷いてるのに。
「健文はほんまに自転車スキなんやな」
「う。ごめん語り過ぎやンな。押し付けになってもた?」
望の言葉に、健文はギクリ。
「そーゆー健文、あんま見いへんから。珍しなあて」
「せやかて…めっちゃアガっとって…」
反省と照れと嬉しさがMIXした顔で、健文はじーっと望を見返す。
それは望の心臓がドキっとするくらい熱い眼差し。
「その。前も言うたけど。
オレ結構周りの目ぇ気にする性格なんで。
友達言うても、深あに仲良うするコトとか無かったし。
こんな風にな。ゼロから一緒に何ンかを計画するとか初めてなんや。
始まる前からワクワクしとってな。。
夏休みなったら、リアルにずうっと一緒やろ。
そんで休み終わって新学期なっても。そん時のコトを一緒に振り返れるやん。
ぼーくんと。ええと、大好きなコぉと。
これからは2人で時間を作って行くンやなあて思うと。
もお、ほんま幸せ過ぎて。
めっちゃ心臓ドキドキしとるし。じっとしとれんでぐわーってペダル回したいワ」
自分のデレ顔が恥ずかしくて。
健文は両手で顔を覆うと、ソファにひっくり返ってジタバタ。
それを見て、望はくしゃっと顔を崩して大笑い。
「何んやソレ。港釣のハマチみたいにビチビチしとるーっ」
どうん!と。ひっくり返っている健文の上に、望もダイブ。
「うわわわわ。アカンてヤバイて。無理無理無理っ」
何が?と望が訊く前に。
健文は、目の前に来た望の頬を包んでキス。
一瞬、望の肩がピクリと揺れたけれど。
そのままゆっくり力を抜いて、健文の胸元に身体全部を預けると。
健文の腕がそろりと降りて来て優しく背中を撫でる。
胸元と背中、両方から健文の体温を感じて。望はうっとり夢心地。
もちろん唇からは一番敏感に健文の熱が伝わってくる。
ずっとそうして居たいけれど。
小さくタメ息を溢しながら、健文は腕を緩める。
「あああもーヤバい。ギリギリやあ。後10分で母さん帰って来てまう~」
付き合ってるコトは母親も知ってるけれど。
さすがにドア開けて目にするのがこの光景なのは、マズイ。
そう判ってはいるけれど。
心臓はドキドキだし。頭はふわふわだし。アソコはぐぐっと滾ってるし。
緩めた腕も、まだ望から離せない。
望も望で。溶けかけたジェラードみたいに、健文にぺったり乗っかって。
ほんわり高揚して気持ち良さそうな表情。
(うわあ。トロけた顔めっちゃ可愛ええええ)健文の顔もベタベタに溶ける。
でも。
ちょっと気合を入れて顔を元に戻して、望の耳元にささやく。
「な、なあ。ぼーくん?
その、あの。するとしたらな、上と下どっちが…今はオレが下やけど…」
「うえした?」
「やっ!ごめっ!!やっぱ今の無しっ。まだ早いもんなっ。
ぼーくんのコト、ホンキやから。ぼーくんしか有り得えへんから。ゆっくり大事に」
「そっかー。男同士やから選べるンか」
「うっ!ちょ、ちょお待って。そんな見んとって」
望は身体を起こして、まじまじと健文の股間を見つめて。そろりと触れた。
「わーーーーー!!」
「こんなん挿れたら、ケツ痛あて自転車乗れンかもな」
今する話題やなかったと。健文は真っ赤になったり真っ青になったり。
その様子を見降ろして。望はくしゃくしゃっと思い切り笑う。
「あははははは!ほんま健文はオレんコト好きやねんなあ。
ええで、オレはどっちでも。健文が上手にやってや」
「そらあもお。めっちゃ頑張ります」
「一緒にいっぱい楽しい時間作ろおなあ」
もうすっかり夏休み気分で、望も健文を抱き締めた。
「島行ったらなあ、海で泳ぐやろ。釣りするやろ。
果樹園も歩こ、めっちゃ広いンやでー果物運ぶトロッコ見せたる。
島の友達みんなビックリするワ。
オレがこんな優しーいカレシ連れて来るなんて思うとらんやろ」
望の、大きくて潤んだ瞳には懐かしい故郷の景色が映っていて。
くっつけた肌から、海風や果樹園の香りが伝わって来る。
「ぼーくん」
「ん?」
「オレな。カレシ欲しいとか思うとったけど。
誰かを好きになるて、カレシが出来たとかで終わるモンちゃうんやな。全然足りん。
明日も明後日も夏休みも新学期も。とにかくずうっと先まで。
ぼーくんと一緒に居ることしか考えられんくなってもた」
あまりにも理想と言うか夢想ぽいセリフ。
色々と経験してきた望は、むすっとした顔に変ってしまう。
「けど。ヒトの気持ちは変るコトもあるで」
「んー…でも。
果樹園の宅急便みたいに、ホンマの気持ちは無くならんかったし。
オレの親みたいに、遠回りして元んとこに帰って来たりするし。
多分、どんなことあっても。遠おても。千切れたとしても。
ずっと変わらへん気持ちも在ると思うんや」
「気ぃ長いハナシやなあ」
「うん。こんなキモチになるやなんて。想像もしてへんかった」
もうそろそろ時間切れだから。最後は誤魔化すよーなオチになったけれど。
お互い顔もキモチもほかほかだし離したくないし。胸がいっぱいで言葉が出て来ない。
だからゆっくり目をつむって、本日最後のキス。
瞼の裏には。
望の瞳のように光を映しさざめく海。その上を渡る長いサイクリングロード。
2人一緒にペダルを回せば、そのまま透き通る空まで続いている。




