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透明はカラフル  作者: おきついたち


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3/8

3.カラフル

どこから出して来たのか、アウトドア用折り畳みテーブルがあって。

具材がローストビーフとか蒸し鶏とか。豪華なサンドイッチが並び。

大きなクーラーボックスからはヨーグルトや新鮮なスムージー。

猿島は手挽きミルでコーヒーを準備中。ミニガスコンロでお湯も沸かす。

言葉にならないツッコミで、健文の頭の中は大騒動。

(え?え?え?

部活棟の裏で?いきなりピクニック?

このアウトドア用品、最近人気のメーカーやんか。

食材もやけど。何から何までめっちゃお高いモンが並んどるんやけど?)


望も大きな目をぱちくりさせて驚いていたけれど。

隣に座る雉場がぐいぐい皿を押すから、黙って食べるしかない。

「エエなっ♪羽比良が帰って来たンも嬉しーし。

みんなでメシ食べるンも楽しーし。

鬼島じいちゃんの茶色メシもボリュームあって好きやけど。

こーゆーオシャレでカラフルなんも旨いよなっ」

雉場は、飼い主の膝から降りない猫みたいに。栄に甘えてくっついてすり寄って。

料理を皿に取って貰ったり。栄が口に運ぶストローに噛みついたり。

普通なら、人前でイチャつくな~と不快な構図になるトコロだけど。

雉場はそれはもう幸せ丸出しな笑顔で。それが溢れて。

ボロい部室棟の日陰を、幸せのイルミネーションでキラキラにしてしまう勢い。

(ホンマに雉場先輩はカレシさんのこと好きなんやなあ)

そう納得させられてしまう。


猿橋と犬塚は、いつものコトやと全然気にしてないし。

むっつり鬼島も食欲に負けて。腹減っとるンでいただきますと食べ始めたし。

健文もそろりと手を伸ばしてサンドイッチを食べてみる。

美味しかった。彩りも食感も専門店のこだわりを感じるメニュー。

次々とパクつきながら犬塚が話し出す。

「これモールのフードコートに新しく入った店やんな?

いっつも行列で食べたコト無かったんやけど。人気なん判るワー。旨っ」

「駅前通りに昔からのパン屋あるやん?

あそこでわざわざサンドイッチ用のパン焼いて貰うて作っとおんやで」

「へええ。よお知っとおなあ」

「タロジロが何ンでも話してくれんで」

「シャベリやもんなあ」

そんな犬塚と猿橋の会話を聞きながら。

健文はこの短時間に目まぐるしく起こったコトを思い返す。



暗く沈んでいた駅前通りに、組合の人達と現れたのがこの栄先輩。

関西圏で急成長しているホームセンターやモール経営会社の跡取り息子。

あの時点でもう、監視カメラや犯行車の追跡で犯人は確定出来ていて。

モールに入っていた店が、追い出されたコトを恨んでの嫌がらせ。

しかもモール内の警備は強固だからと、関係店がある駅前通りで暴れたらしい。

もちろん突然の解約理由は正当な内容で。

多種の店舗が並ぶフードコートは品質・品格・雰囲気を保つ営業が必要なのに。

違反行為が続いて、隣接店舗からもお客からもクレームだらけ。

「その程度の店やからな。こんな低レベルの仕返ししたんやろ」

そう軽蔑の声で栄は呟いて。

組合関係者に深々と頭を下げていた。

採用審査ン時に見抜けんかったウチの責任です、と。

その後は駆け付けたモールの責任者に任せて、学校に戻るコトになったけれど。

柄シャツ男2人と栄の会話は、健文の耳にも届いた。

「メンドーな奴らと繋がってへんか、念の為ジロウに確認させときますワ」

「コソコソ探らんと。会社の名前使うて、父さんにも報告しいや」

「え?せやけど。チンピラの逆恨み程度で…」

「チンピラが1年近く内側に居ったんや。

金受け取ったか、何ンか利用するつもりで手引きしたヤツが上に居るンやろ」

「そーゆーヤツが内側に見つかったら見つかったで。

またメンドーなことになりますケド?」

「そこは」

栄のキツネ目に苛つきが灯るので。健文はぞおっと背筋が寒くなった。

「何ンとか上手くせえ」

「はは。羽比良さんトコ居ると、退屈せんワー」

にやにやと笑いながら、柄シャツ男の1人はふいっと姿を消し。

もう1人は運転手になって、栄と鬼島と望に健文4人を学校へ送ってくれた。

そしたら。

部活棟近くで待ち構えていた雉場が飛び出して来て、栄に抱き着くし。

その時タロウから持たされた大荷物は、このピクニック一式で。

いつの間にかハンドボール同好会高等部メンバーでテーブルを囲む状況になっていた。



雉場が望の顔を覗き込む。

「ぼーちゃんトコのアイス、しばらく食べられへんのか?」

「ん…ヒビ入ったガラス危ないし。修理すんのも時間掛かるやろから…たぶん」

「えええー!ガッカリやあ。オレ毎日でも食べたいンにー」

ぷううっと頬膨らませた雉場は、駄々をこねて腕を振り回す。

雉場は果物がスキ。今だってテーブルには数種類のスムージーが並ぶし。

鬼島の家でも、じいちゃんにリンゴを剥いて貰ったり。

葡萄で紫色に染まった手のままで猫を撫でようとしてシャーと怒られたり。

そんな感じだから。瀬戸内果物をたっぷり使ったジェラードは、雉場のお気に入り。

でもそれは鬼島から見ると。

寂しがりの雉場が、いつも近くで誰かの存在を感じたいからと思えてた。

目の前でじいちゃんが雉場の為にウサギリンゴを作ってくれる。

ジェラード店で、育の明るい笑顔に迎えられ。いつもの仲間とパクつく。

誰かと一緒に居る為に。果物が好きだと言ってるだけ。

それでも。どんな代わりのコトをしても。やっぱり寂しさは満たされなくて。

もう雉場は栄のそばに居るしか無くて。

鬼島も猿橋も犬塚も。感情全開ではしゃぐ雉場を見ると何も言えなくなる。


「みどり、もお充分なんか?」

「うんっ腹ぱんぱんや」

「この後、体育館で練習やろ?迎えに行くんで。終わったら部室で待っとき」

「一緒に帰ってエエんか?」

「ん。今晩はウチ泊まり」

「やったあああ!」

がばあっと腕を広げて雉場は栄に抱き着く。

「栄先輩、ご馳走様でした。後片付けはオレらでやりますンで」

「ああ、頼むワ」

猿橋がペコっと頭を下げると。

栄は、制服を握りしめる雉場をくっつけたまま校舎へ向かう。

2人の背中を呆然と見送っていた健文と望に、犬塚が笑い掛けた。

「らぶらぶやろー。ビビった?」

「あ、や。はあ。何ンや雛みたいに懐いとるンですね」

つい健文の本音がこぼれると。猿橋が会話に入って来る。

「ははは。まあなパっと見、雉場が一方的にくっついとるみたいやけどな。

栄先輩も責任感じとるンか、付き合い始めてからはマジモードやねんで。

どんな時も何が有っても。いつも雉場ンこと見てくれとお」

「せやな。

雉場が学校辞めて付いて行くて決めたら。

きっと先輩が何んとかなるようにしてくれるハズや」

「そおそお。オレらには思い付かんよーなやり方で雉場を守ってくれるワ」

かちゃかちゃと食器を片付けながら鬼島もぼそっと言う。

「ハンド続けとったら。また会える」

「そやなー」

不思議な、でも強いつながりを感じて。健文は羨ましくなる。

「何ンか良えですね。先輩らあの関係」

「おう。おまえらも弱小同好会でも、しっかり楽しみや!」

犬塚がにかっと笑った。


自然と、望と健文は目線が合う。

「オレらもエエ関係でやって行くもんな」

ちょっと照れながら言う望の笑顔はすごく可愛いけれど。

健文の心中はモヤモヤ(エエ関係て?どおゆう関係を言うンやろ)。

そう訊きたいトコロだけど、まだ時期尚早。警戒されるワケには行かない。

健文は自分に言い聞かせながら、ぎこちない誤魔化し笑いを浮かべるのが精一杯。

とりあえず並んで歩いて、ゴミ袋を置き場へ持って行こうとしたら。

建物の陰に2人の姿が見えてしまった。


栄がそれはそれは大切そうに雉場の頬を包み。優しく深いキス。

つま先立ちの雉場も、目元を紅く染め。栄の制服をぎゅっと掴んで離さない。

ココが学校だと忘れてしまいそうなくらい、2人の周りは甘い空気。


映画のワンシーンみたいで、健文は声も無く見惚れてしまう。

望にぐいっと腕を引っ張られて我に返り。コソコソと来た道を戻る。

「ふああああ。びっくったあ。あんな堂々と」

「ほんまモンのキスて、キレイやなあ。オレもびっくりした」

「ほんま、て?」

「オレ、遊びのんしかしたコト無いし」

「えっ!したコト有るんっ?ぼーくん、カノジョ居るん?」

つい動揺して健文は大きな声が出てしまう。

まさか童顔でモンチッチな望にカノジョが居るとは。カケラも思って無かった。

いやでも望の可愛い顔立ちは、年上ウケとかするかも知れない。

健文の頭の中ではぐわんぐわんと大銅鑼が鳴り響いて眩暈がする。

(と、友達から始めるとか。エエ関係作るとか。何ンにも始まってへんのに。

ぼーくんとの関係、もおソレ以前に終わっとったんか…)

そんな健文の真っ暗闇な心境に気付かないで、望は口を尖らかせてブツブツ言う。

「島でオレと同い年なん、女子ばっかやったんや。

何ンか女子のんが、そーゆーん積極的でなあ。

試しにキスしよて1人言うたら、みんなして順番にして来るんや。練習台やで」

「いやでも。嫌な奴とはせえへんやろ?

みんな、ぼーくんのコト好きなんやろ?」

本命カノジョでは無いことを確認したくて、つい健文がツッコむと。

望はむすーーっとした顔で、健文を睨む。

「下手とかイマイチとか言われて。全然スキとか関係無いワっ」

「そんでも。オレなんか恋愛経験ゼロやし。遊びでも何ンでも羨まし…」

「オレかてほんまのキスとか、知らんし」

2人してごにょごにょ言い淀んでると。

何んとなく目線が交差して。

健文は、望の口元をじっと見てしまう。日焼肌に、薄い唇とちらりと覗く白い歯。

(キスしたら…ちょおっと乾いてそおな唇やなあ。でも温ったかそおや)

「なに、見とるねん」

真っ赤に照れた望が唸るように呟いた時。

背中から猿橋の声が届く。

「おおーい。部活始めるでー。

体育館使える貴重な練習日や。早よ準備しいやー」

「あ、はい!」

「すぐっ行きます」

さっと駆け出した望の後ろ姿を追いかけながら。

健文の頭の中は妄想が果てしなく巡る。

あの手を握って、背中から腕を回して抱き締めたら。シアワセで胸が詰まりそうだ。

(オレやっぱり、ぼーくんのコト好きやなあ。

何から何まで気になるし。可愛いなあて見てまうし。触れたい、て願うてまう)

なぜか涙が盛り上がって来て、健文はシャツの袖口でごしごし擦った。




いつもなら、部活の後は歩って帰って。交差点の所で手を振って別れるけれど。

健文は自転車押すのを止めて、望をじっと見つめる。

「なあ。ちょおっとだけ店寄ってもエエ?

工事の予定とか、少しでも状況知っときたいんや。

せやからて別に…何ンか出来るワケちゃうけど…」

夕暮れの薄暗さと街灯の光が重なる中で、望の表情はボヤける。

「そう言うてくれるンが、健文の出来るコトやろ。ありがと。心強いワ」

自転車のハンドルを握る健文の手に、望の手が重ねられる。ほかほかと温かい。

(ももももし、自転車無かったらっ手ぇ繋げたかも知れんのにいいい!!)

頭の中が渦巻く健文に、望の大きな瞳が近づいて来て。ちゅっと唇が触れた。

「っふへっ!!」

「何ンや、そのクシャミみたいな悲鳴。

ほんまの為の練習やから、そんな気にせんでエエで」

「いや!あの!ほんまでエエから。練習ちゃうから!

オレ、ぼーくんのコト好きなんや。好きなコとするンやから、ほんまのキスや」

「ん。そおなったらエエな」

「オレ、マジやで」

健文の空気読み能力でも、望の真意がイマイチ判らず。ちょっと焦った声になると。

「ん。そおやないかなて思うとった」

くしゃくしゃっと思い切り望の顔が崩れて、嬉しそうな笑顔になる。

もう健文の頭からは湯気が立ち昇り、心臓は夕暮れ空へ羽ばたいて行ってしまった。



それから。

なるべくゆっくり歩いて、望の店に向かう。

いつもなら2人の間に自転車を挟んだ位置で歩くけれど。今は2人の外側へ。

一気に色んな距離が近くなった気がする。


店のガラスはボードで補強してあって、シェードが半分降りていたけど。

店内は明るいし、作業音が聞こえる。

望と健文は顔を見合わせてから、身を屈めてシェードの下をくぐる。

「ただいま。育ちゃん活ちゃん?何しとん?」

望の怪訝な声に、テーブルで電卓片手に話し込んでいた育と活が顔を上げる。

「おかえり!ぼーちゃん!ちょお聞いて!

朝な、組合の人らあと話しとったスーツの人な。何ンかエライ人やってん。

ほら、インター近くに大きなモールあるやん?そこの支店長さんで。

それでな今度の週末、イベントスペースで出店せえへんかて誘うて貰うたんや。

どうせ修理で店開けられへんし。せっかくやし、やってみよかなて」

「えー?ジェラードやで?並べて売るモンちゃうやん」

「フードトラック使わせて貰えるんや。電気代場所代込みの利用料も1/3にしてくれるて」

「えええ?条件良過ぎや。怪し過ぎるやろ」

思わず望は顔をしかめるけれど。育の隣から、活が少し寂しい表情で説明する。

「ウチの店が一番被害大きかったんや。

新店舗やしSNSで店名上がっとったせいで、狙われたんちゃうかて。

ウチ以外の店は、掃除終わって午後から通常営業出来たけど。

正面ガラスの入替は多分2週間は掛かるやろ。店閉めとったら、お客さんも離れてまうし。

そんで組合長さんが色々交渉してくれたんや」

「そおやで!」

育がぱあっと晴れやかな笑顔で、イスを蹴飛ばす勢いで立ち上がる。

「凹んどる場合ちゃう!ちゃんとカラフルで美味しいジェラード有りますよおて。

お客さんつなぎ留めんとなっ。店開け続けるコトに意味有るねん。

上手く行くかどおかは二の次や。手間掛けただけで終わるかも知れんけど。

じっとしとったらアカン。出来る限りのコトせんとなっ」

「育ちゃん…」

「育姉…」

経費や品質管理のコトが気掛かりなのか、活はまだ心配顔だけれど。

望の頬は火照って瞳がキラキラして来た。それを見ると健文も黙ってられない。

「あのっ週末やしっ。学校休みやしオレにも何ンか手伝わせてくださいっ」

「ありがとー!みんなで頑張ろなっ」

育にくしゃくしゃとクセ毛を混ぜられて、望は笑う。

そして、くしゃくしゃのクセ毛と笑顔のまま望は健文を見る。

だから健文もにこっと思い切り笑みを返す。一緒にがんばろな、と言う意味と。

(あーやっぱ、ぼーくんカワエエなあ。大好きや)と言うキモチを込めて。





当日早朝、健文は自転車で直接モールへ向かう。

一応スタッフ扱いで、従業員用駐輪場に自転車を置かせて貰えた。

そして初めて、貸し出されたフードトラックや機材を見て。目がまん丸になる。

かなり立派なトラック。レンタル用でも、よく手入れされていて内側はピカピカ。

中2階の位置になる館内イベントスペースから、外デッキに出てすぐの好位置だし。

フードトラックは店のイメージカラーそのものなラッピング。

カラフルなジェラードのミニ看板を掲げて、本日の10種類フレーバーを紹介。

「うわー!すごっ本格的やなあ。これホンマに犬塚が描いたん?」

思わず健文が声を上げると。トラックの後ろから望が顔を出した。

いつもの店のTシャツにバンダナでクセ毛を押さえてて。これが似合ってて可愛い。

(うわーうわーうわー!!)健文は跳び上がりそうになる。

「ずいぶん早うに来てくれたんやなあ。1日長いで?大丈夫かあ?

「あ、うん。全然平気や。緊張して寝てられんかったし」

「きんちょお?何ンでやあ」

あははははと楽しむようにリラックスしてる望を見て、健文はほっとする。


臨時営業が決まってから、色々ドタバタだったから。


先ずは。

駅前通りのイヤガラセを心配していたクラスの連中が動いてくれた。

イラストが得意と言う犬塚がポスターを作って。

シェードが降りた店頭に「モールで臨時営業します。是非来てください」と貼り出し。

フードトラックを準備する様子とかもSNSに上げたし。

ハンドボール部員は「これも部活」と順番に手伝いに入ることにして。

どうしても人手が足りない1日は。

あの、立ってるだけで客を呼べる男。似古さんも参戦してくれることになったし。

そして何より有難かったのは連休3日とも気温高めの晴天予報で、ジェラード日和。

だからミルクやナッツと言った人気商品以外に、今回限定のフレーバーも並べてみる。

とっておきの瀬戸内果実を使った贅沢なジェラードは赤字覚悟。

育も活も、何度も配合を調整しながらマシンを回して。

健文は、望に教えて貰いながらジェラードに添える小さなクッキーを一緒に焼いた。

形が崩れないように、壊れないように、焦げないように。2人で汗を浮かべながら。



(お客さん、ようけ来て欲しいなあ…)

晴天の連休なんて、家族で遠出するもんやし。モールに来る客なんて居るやろか。

そんなネガ思考が頭の中を渦巻く。

「ぼーくん」

「ん?」

「お客さん待つて、結構シンドイキモチになるんやなあ」

「まあなあ。ほいTシャツ。あっちの従業員ロッカー使えるで」

「いや。ココで着替えてまう」

シャツを脱いで、Tシャツを被ろうとした健文の胸元に望がピタっと耳を当てた。

「うわおおおおっ」

「ほんまや、めっちゃ大きい音しとお」

望はいつものくしゃっとした笑顔になるけれど、健文は真っ赤になって汗が噴き出す。

「まあ。育ちゃんが言うとった通り。

とりあえずは、店が活きとおコト伝えられたらエエんやし。

暇なら暇で。健文と一緒に居れるだけで楽しーやんな」

「う、うん…」

「健文は気配り出来るし、結構エエ顔しとるンやから。笑顔でお客さん迎えてや」

殺し文句の連続で、健文はもう脳ミソ沸騰してネガ思考は蒸発。

その上に、望は両手で健文の口元を引っ張り上げて、笑い顔を作ろうとするから。

もう我慢出来ずに。健文は目の前に在る望の唇に小さくキスさせて貰う。

「うん!コレでパワーアップやっ。がんばるでー」

「何ンやその『ついで』っぽいんはっ」

2人でどむどむと身体をドツき合わせて、声を出して笑う。

もう何ンでも恋、じゃなかった「来い」のキブンだ。



森林浴で小鳥のさえずりに包まれるような音楽が流れて、開店時間。


唐突に子供の笑い声が耳に飛び込んで来て。

フードトラック近くのベンチを拭き掃除していた健文は顔を上げる。

「うわああ!すごおい。アイス屋さんが小さあなっとる。かわいー!」

「やったあチョコナッツあるで。早よお食べたいー」

小学生ぽい子達がジェラード目掛けて真っすぐ走ってくる。

後を追って来た父親が子供を1人ずつ抱え上げて、フレーバーを選ばせる。

「ウチのコらあは、ご褒美がこの店のアイスになっとって。

漢字テスト90点やった、お手伝いした言うて。アイス食べるン楽しみで」

「そおやでーオレ苦手なリコーダーめっちゃ練習したんに。

お店開いてへんからガッカリやったんやあ。今日はご褒美3回分食べんでっ」

「あかんあかん。お腹壊すやろ。今日は1個や。明後日またご近所誘って来よな」

そんな家族連れを筆頭に。

駅前通り店に通ってくれていた常連さん達が次々やって来る。



「あらまあ。賑やかやねえ。良かったねえ」

トラックの中を覗き込んで来たのは、エプロン姿のパン屋のおばさん。

「私は下のフードコートに納品に来たンやけど。

組合長さんらあも来とるンや。後で見に行くて言うとったで」

「そおですか。ご心配お掛けします」

育がトラックを降りてお礼を言いに行くと。パン屋のおばさんは育の肩をぽんと叩く。

「あんな辛い出来事あって、立ち直れるやろかて思うとったけど。

えらいなあ。よお踏ん張った。

育さんの店が狙われたンは目立ち過ぎたからやて、嫌味も耳に入っとったやろ。

でもそんな僻み事は聞かんでエエからな。

こんだけお客さんに来て貰える店なんや。自信持ちや。全部上手く行くからな」

温かい言葉に、ぽろっと育の目から涙が零れる。

「わ、わたし…。

フリだけで。ほんまはどんどん自信無くなっとって。

店持てたンは嬉しいけど。島出て、ギリギリの生活で。弟2人にも無理させて。

でも笑って誤魔化すしか出来へんで。店壊れたンは、自分勝手したせいかて思えて」

長女で店長で、いつだって先頭に立って進むしかなくて。

不安や疲れを誰にも見せるワケに行かなくて。でも。

ちょうど母親くらいの年齢なパン屋のおばさんに、優しく認めて貰えると。

さすがの育も、溜め込んでいた色んなキモチが涙と一緒に溢れてしまった。

「あらあらあら」

慌ててパン屋さんが自分のエプロンで育の顔をごしごし拭く。

小さく肩を震わせてる育の背中に、活が声を掛ける。

「育姉、化粧直してき?ココはオレやっとくし」

「え?」

我に返って育は顔を上げるけれど、涙とエプロンで擦った化粧はハゲハゲ。

「せやけど」

「大丈夫や。ひとりずつやったら接客出来るし。任せてくれ」

いつも俯いて申し訳無さそうな表情の活が。

しっかりと育を見つめて、ぎこちないけど笑顔を作る。

「オレも。この店のスタッフや」


(わあ。あの活さんが笑おとおの、初めて見た)

雑巾片手にびっくりしてる健文の横をすり抜けて、望もトラックに上がる。

「オレも盛り付けすンな。健文フレーバー案内してくれ」

「あ、うん」

急いで掃除道具をしまって、手を消毒して。

以前、似古がしていた案内役を思い出しながら健文はメニューボードを手にする。


「あら八朔ブレンドが有るワ。初めて見るフレーバーや、これは味見せんと。

なあ楠さん」

「へ?」

メニューを覗いて来た女性の声に、健文は固まってしまう。

鬼島の母親と自分の母親と、他2人若い女性。たぶん職場の看護師。

「おはよ。開店から頑張っとるねえ。

夜勤明けでな、人気のサンドイッチで朝ご飯しよ思うて皆で来たんや。

ふふふふ。デザートに新作フレーバーなんてツイとるわあ」

「そ、そおなんです。この八朔のヤツと南高梅のんは今回限定です」

覚えたばかりのフレーバー説明はまだスラスラとは言えなくて。

健文の母親はわざとらしく呆れ顔を作る。

「ちょお健文。ヤツとか言わんで、ちゃんとフレーバーって言いや。

オシャレ感台無しやんか。大事な友達の役に立てるよお、しっかりやりや」

「う…うん」

「夕飯はウチで食べるやろ?ガッツリおかずにしとくんで、頑張り」

健文はじっと母親を見た。

何んとなく「もお全部判ったから」と母親が言ってるように思えて。ほっとして。

ぐっとメニューボードを握ると。

後はただ、しっかり役に立つことだけを思って働きまくった。



そんな風に一心にドタバタしてると。昼過ぎにクラスの連中がぞろぞろ登場。

「おおお。すげー犬塚のイラストよお映えとおやん」

「写真撮ってくれーインスタ上げよおで」

「オレもオレも」

わあわあ大騒ぎ。

「SNS見とったら結構売れとおみたいやから。コレ作って来たで」

ブルーベリーヨーグルトのジェラードをパクつきながら、犬塚が薄い袋を渡す。

それは、空っぽのカップが困り顔で「完売しましたゴメンネ」と謝っているシール。

トラック横の大きなメニューボードにぴたりと貼り付けられるサイズにしてある。

シールを受け取って、望は顔を輝かす。

「わあエエな。ありがと。めっちゃ助かる。限定の2種類がよお出とって」

「限定品?」

「えーそれは気になンなあ。オレ喰う!」

「オレもオレも」

健文もシールを見て感心する。

「すごいなー。むっちゃイラスト上手いやん」

「もっと褒めたってー。マジにやっとるし、投稿とかもしとるンや。

兄ちゃんは身体動かすンが好きやろ。兄弟正反対やねん」

「そやな。色々やなあ」

「そーそー。色々やからエエんや。

それぞれ得意なん持ち寄ったらなあ。こーやって何ンとかなるやんなあ」

トラックの前では、めちゃ旨ーっ!こんなん食べたコト無いワあ!と賑やかで。

その盛り上がりに誘われて、また順番待ちの列が出来始めてて。

「ははは。あいつらもエエ宣伝係や。ほらメニュー案内せんと」

「うん、ありがとおな」



そんなこんなで。

とうとう何種類かのフレーバーが売切れて、犬塚作のシールを貼るコト事態に。

思わず望と健文は顔を見合わす。

「お客さん来るンかて心配しとったのになあ」

「ん。こんなンなるなんて、思うて無かった」

「ええええ!売切れええ?」

子供みたいな泣きべそ声が響いて振り返ると。雉場と栄だった。

雉場は大きなキリンのバルーンアートを抱えながら、栄にしがみつく。

「食べたかったンにー!」

「みどりがなかなか起きへんからやろ」

「羽比良が起こしてくれへんからやっ」

むくれる雉場の頭をなでながら、栄は育に声を掛ける。

「調子良さそうですね」

「あ、はいっ。お陰様で。ほんまにこんな良エ機会頂けて感謝してます」

もちろん育は栄より年上だけど。思わず敬語になって頭を下げてしまう。

駅前通りで会った時は、栄は学生服だったけれど。

今目の前の、上質なシャツ姿は年齢とは関係無い品格が有るし。

このモール経営会社の跡取りと知ってしまうと。育も緊張の汗が滲む。

「このデッキの他3店舗は今日限りで、明日明後日は店入替です。

どの店も過去にそれなりに売上作ったトコなんで。その店目当てのお客が入ります。

幅広く名前売ってください。

ここはインターすぐの立地なんで、駐車ナンバーは隣接2県も多いんです。

名前知って貰うた後は、販売範囲を広げるコトも考えた方がエエでしょう。

通販システムの開発やったらお手伝い出来ますし。後で集客データお渡しします」

「え、えええと」

数字とか経営分析とかが苦手な育は狼狽えるけれど。

その後ろでは活が真剣な顔で聞き入っているし。

栄の話を聞いて、健文も納得してしまう。

広いデッキの4隅にフードトラックがあって。ジェラード以外は試食付販売系。

試食だけだから、食事客を奪い合うことは無いし。

ジビエ加工品店で焼ソーセージを味見した客が、爽やかジェラードで口直ししたり。

自然とお客が流れている気がする。

(もしかして。

ジェラードが売れ易い状況をセッティングしてくれたんやろか…)

そんな推測が健文の頭をよぎる。

「あーあ。売切れるンやったら、風船後にしとくんやったあ」

キリンを抱き締めて雉場はぶつくさ。

「風船配っとるんですか?」

「そおやで。休みン日にはイベントスペースで何ンか有るねん。

この3連休はなあ。今日が風船動物園で、明日が水族館やろ、明後日は植物園や。

毎日来ても飽きへんで♪」

まだ残っているフレーバーから、栄は雉場がスキそうなのを選んで注文。

カップを受け取った雉場はニコニコ顔で、すぐに機嫌は元通り。

「まあ、そおいうコトなんで。

今日の結果を元に後2日どんな準備するんか、よお考えてください。

気ぃ付いとったかも知れませんけど。休日の客層は3世代家族連れが多いんです。

大阪や神戸で働いとお息子や娘が、孫連れて祖父母ン家遊びに来る言う図です。

孫世代が好みそおなフレーバーは切らさん方がエエ思いますよ」

栄にとって雉場は恋人なだけじゃなく、コドモともマゴとも思ってるのか。

甘ーいバニラキャラメルと、粒ラムネ入りのソーダが雉場のカップに盛ってあった。




無事閉店時間を迎え、ほぼ空っぽになったトラックで店に戻る。

疲労困憊で、健文も自転車は駐輪場に置いてトラックに乗せて貰った。

狭い車内で望とくっついて座って手を重ねて。

長い1日を最後まで同じ想いで過ごしていた。


店に戻ると、似古がひょこっと顔を出した。

「おかえりい。お疲れさん。SNS見とったけど、良え感じやったなあ」

「ありがとうございます。

デッキの出店は16時迄なんで何ンとか間に合うんですけど。

ほとんど完売して貰うたから。量も種類も…色々考えが足りんかったです」

いつもほとんど話さない活が、自分から積極的に応えている。

よほどこの1日が、活にとって大きなリスタートになったみたいで。

「そおなんやー。

そしたら明日はマダム好みのフレーバーも準備したってな。

仕事行く先々で、オレも手伝い行くんでジェラード食べに来てなーて宣伝したし」

似古は笑顔だけど。

育達は冷や汗浮かべて顔を見合わせる。

ガラス修理で店を閉めていたから在庫はあるけれど。

限定フレーバーは売切れてしまったし。どんなラインナップにすれば良いのやら。

とりあえず営業、のつもりが。

今は、来てくれるお客の期待に応えたいと思ってしまう。


「宅急便預かっとるで」

似古の後ろから、鬼島の叔父が大きな箱を持って入って来た。

「果物やったんで。今日受け取った方がエエか思うて」

「すみません。ありがとうございます」

近くにいた健文が受け取ろうとすると。めちゃめちゃ重くて肩が抜けそう。

「うわっ重っ」

「育ちゃん!果樹園からや」

「え?」

望の大きな声に、育が跳び上がって。急いで箱を開ける。

ほんとは開ける前から予想は付いていた。清々しい柑橘の香りが箱から漏れていたから。

そして予想以上にピカピカで鮮やかな果物の上にある走り書きメモを見ると。

涙を堪えた顔で、育は活にそのメモを渡す。

「活ちゃん、ほら。島のみんなも応援してくれとるで」

震える手でメモを受け取った活は黙ってメモを見つめ。唇を噛んでいる。

「…育姉。この島レモン使うて明日の限定フレーバーにしよ。俺すぐ取り掛かるワ」

「わかった。任せるな」

育と活の気合の入り様が気になって、健文はコソっと望に尋ねる。

「ぼーくん、果樹園てご両親の?」

「んー正確には。今は同業さんの土地や。

活ちゃんが巻き込まれた事故の賠償金用意すんのに、ウチの土地買うて貰うて。

せやから父さん達は変わらず果樹園で仕事しとおけど。持ち主はそこのおじさんや」

「え…同じ仕事しとおのに。自分のモンちゃうん?ソレて寂しいよおな…」

「ん。家族みんなでコッチ来るんも考えたけど。

どの樹も、何十年も世話してきたコドモみたいなもんやから。

父さん達は途中で放り出せへん言うて。それに」

望は、少し遠くを見るような。島の両親を思い出す表情になる。

「よかったかも。

父さん達が残ってくれたお陰で、こおやってまだ島と繋がっとお。

いつか。しっかりやり直した結果を持ち帰れるかも知れん」

「そおなんや…」

「オレ、健文の自転車みたいなん買おかな」

「ロードバイク興味有るん?」

「あーゆー細い自転車がしまなみ海道走っとおの、よお見掛けたんや。

一緒に自転車で島行こ。オレ案内するし、ウチ泊まればエエし」

「えええ!それ最高っ!」

青い空と海。白い雲。果樹園の緑や、果物の色。

健文の頭の中で、キラキラとカラフルなイメージが飛び交う。

そして何より。くしゃくしゃっと崩れた望の笑顔が目の前で虹色で眩しい。


みんなが揃ってるトコで、キスする訳にも行かないので。

望と健文はこっそり指をからめて。ぎゅっと手をつないだ。




そんな感じで。

連日の大忙しと手応えと。ちょっと先のお楽しみが詰まった3日間が終わった。


「これバイト代?」

冷蔵庫にマグネットで貼り付けてある、10枚綴りのチケットを見て母親が笑う。

過去の日付になってる「使用期限」に「ぜんぶむきげん」とマジックで上書きされてる。

「そお。エエやろーいつでも好きなだけジェラード食べれるで。母さんも使うて」

「恥ずかしいて、よお使うわんワ」

「でも今度の新フレーバーはめちゃ旨やで。絶対食べた方がエエて。

今な、食べてみたいフレーバーのアンケートとか。色んな企画もしとるんや。

鬼島先輩のお母さんからリクエスト貰うたワイン味とか人気で。定番化する言うてた」

「へええ。何ンか楽しそおやなあ」

「うん。毎日めちゃ楽しい。学校も部活も、店の手伝いさせて貰えんのも」

「のぞむくんと一緒やから?」

母親のツッコミに、健文は口にしていたペットボトルのコーラを噴出してしまう。

「げほっごほごほっっつ」

「いややわあ、もお。床まで濡れとおで」

「急に、そんな」

ベタベタに濡れたTシャツも気になるけれど。

母親がどーゆーつもりで言ったのか、健文は探りの目線になってしまう。

「スキなんやろ?吉野原さんトコの末っ子くん。

いつ言い出すかて心の準備しとるのに、あんた何ンも言わんし」

「知っとったん…?」

「母親やで?気付くワそれくらい。

子供ン時から、女の子からチョコ貰うたり手紙届いとっても。全然興味無さ気やし。

たまーに一緒にTV観たら。

アイドルの可愛い系な男の子ばっかり目で追っとるンやもん」

「それで判ってまうモンなんや…」

「知られたあ無かったん?」

母親から真っ直ぐな視線を受けて、健文は気後れしてしまう。

コーラでベタつく服も顔も格好付かないし。もう素直に言うしか無い。

「そらあ…。

神戸住んどお時は、ただでさえ父さんのコトで厳しい目で見られとったから。

オレがゲイやて知られたら。オレんコトだけや無うて。

親が親やからそんなんなるンやて、また何ンもかも一緒くたにして悪う言われるやろ」

「ほんま、そおや」

母親は席を立って、タオルを健文に渡しながらタメ息を付く。

「何んでか、悪いイメージて残ってまうんよなあ。

それは、その人ん中に残る言うよりも。

見る側ん中に思い込みとして残っとるんや。

毎日悩んで考えて生活しとったら、人は変って行くモンやのに。

ごめんな、健文。

私、末っ子くんに失礼なコト言うて貰うた。

ご家族の過去の出来事と勝手に混ぜこぜにして、末っ子くんまで悪者にしてもた」

安定した母子関係を維持したくて。

深い会話は避けている母親が。今まで聞いたことが無いような落ち込んだ声。

健文の方が慌ててしまう。

「あ、うん。もおエエんや。

ちょお行き違いみたいなん有ったけど。仲直り出来たし。

ソレが有ったから。思い切って告れたよおなモンやし。

その、それより。

いま母さんがオレとぼーくんのこと認めてくれたんが。うん。嬉しーワ」

「健文はほんま、可愛い系なコ好きやなてしみじみ思うたわ」

「あ、バレとる」

はははと顔を見合わせて笑う。

空気に合わせた作り笑いじゃなくて。ほっとして気が緩んで。

お互いを丸ごと受け入れ合った笑い。もうそれで十分だった。


ふうっと一呼吸置くと母親は話を続ける。


「先週、久しぶりに父さんからメールあってな。

帰ってエエやろか?また家族に戻れるやろか?て訊いてきた」

「え!ほんなら、やっとあの伯父さんらあと縁切る気ぃになったん?」

「私が訊きたいワ。

帰りたい、ゆー気が有るンやったら『ただいま』て帰って来ればええねん。

何ンでこっちに訊くねん?こっちが『アカン』言うたら帰って来おへんの?

こっちに決めさせんと!自分がどおしたいか考え!

ほんまに帰って来たいんやったらっ、何んもかも捨てて走って来たらエエんやっ」

母親の勢いに圧倒されて、ベトベトを拭くのも忘れて健文は硬直。

「優柔不断ゆーか、遠慮しいゆーか、周り気にし過ぎゆーか!

ほんまにもお、あの人はっ」

怒ってるのか泣きたいのか複雑な表情で母親は頭を抱える。

(それ言うたら…。

母さんも同んなじや。帰って来て欲しいンやったら意地張らんと、言えばエエのに)

でもその言葉をそのまま言うワケにはいかないので。

健文は軽ーくツッコむ。

「せやけど。引越のコトまだ伝えてへんやろ。

父さん、神戸の雰囲気考えて決心付かんのかも知れんで?

あそこ帰ったら。また昔のしがらみやヒトの目に囲まれて居辛いし。

母さんやオレへの影響も考えてまうやろ。

今は引越て、ここはイチからやり直せる場所やで、て言うたったら?」

目が覚めたような表情で、母親はじっと健文を見つめる。

「やり直せるやろか?」

「その気が有るンなら出来るに決まっとる」

「今の職場、連休も申請出来るねん」

「うん」

「私、父さんに会いに行ってみよかな。直接キモチ聞いてみよかなあ」

「うん。エエんちゃう?」

目元にじわっと涙を滲ませながら、母親は微笑んだ。

(母さんのこんな顔初めて見たワ)健文はちょっとドキっとした。




昼休み。

部活棟の裏で、望と健文は並んで座ってボール磨きをする。

モールでの臨時営業から、ほんとに色々トントン拍子。

店舗の修理は保険と、駅前通りの共済会からも援助があってナントカなったし。

それがきっかけになって、駅前通りの他店舗と付き合いも出来て。

たい焼き屋とは餡子。珈琲焙煎店とはエスプレッソ。花屋とは紅茶ジャスミンフレーバー。

そんな新製品に活が積極的に取り組んで。コラボシリーズは今では駅前通りの名物。

通販商品はまだ開発中だけど。

月に1回のモール出張営業も安定人気で、必ず来てくれるお客も居るほど。

活は顔を上げて、明るい方へ歩き出した。


だから雉場が教室までやって来て、踏ん反り返って言うのも当然で。

「羽比良のお陰やろー。恩返しや思うて部活戻るんやでっ」

どちらかと言うと、ソレは有難いお誘い。

望は猿橋達にぺこりとクセ毛を下げてお願いした。

「ハンド好きです。部活戻らせてください」

だからこうして教室でも休み時間でも、望と健文は一緒に居る。


「ほんならお母さん、カナダまで会いに行くんや。むっちゃ行動的やなー」

「ほんまは仲良えからなあ。

母さんが中国に旅行した時にガイドしたんが、父さんで。

お互い一目惚れして、父さん何ンも持たずに母さん追いかけて日本来たて。

子供ン時からミミタコで聞かされとったしなあ。

まあそれだけに、一度こじれてまうと。お互い素直になれへんかった言うか」

「へええ。ドラマやなあ」

「うーん、けどオレにはそれよりもなあ」

ちらと視線を上げて、緊張をにじませながら健文は望を見つめる。

「その。母さん留守ン時、あの、ウチ泊まりに来おへんか?」

望の大きくて潤んだ瞳がじいいっと見返すから。

自分のスケベ心が見透かされそーで、健文の額に汗が浮かんでしまう。

「ほらウチ母子家庭長かったンで。オレ料理とか出来るしっ。

こないだクッキー焼いた時、楽しかったやん。

あん時みたいに、一緒にカレーとか作ってゲームしてDVDでも観…」

望がキスで健文のイイワケ台詞を塞いで。

そして頬を染めた顔でくしゃっと笑う。

「オレ島出る時、一番仲良かった子ぉとエッチに挑戦したんやけど」

「えっっっつ!!」

「途中でアカンよーになって、最後まで出来へんかってん。

やっぱ、ほんまのキモチや無かったからやと思うんやけど。

健文となら。出来そーな気ぃするワ」

あああああ!もおおおお!!ぼーくん、めっちゃ可愛い!!

そんな雄叫びをぐうっと飲み込んで、健文はボールを放っぽって望の手を握りしめた。

「うんっ!オレとほんまの恋しよおっ。

ぼーくん大好きや!!」

「健文、手ぇ洗剤だらけや」

「うわっごめんっ」

2人して額をくっつけて、思い切り笑う。


望の背中越しに真昼の日差しが差し込んで来て。洗い場の蛇口に光が反射して。

ボールに付いた洗剤の泡が虹色に早変わり。

目の前に、大好きなコの笑顔が在れば。

世界はこんなにカラフルでキレイなんやーと。健文は眩しさに目を細めた。

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