表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去に書いた小説

「食べたりしないって約束してね」赤頭巾ちゃんを口説くオオカミさんの話

作者: 生肉こむぎ

 へぇ、そうなのかい。迷子かぁ。赤頭巾ちゃんっていうんだね。かわいい名前だね。ふうん、おばあちゃんのお見舞いに? ああ、だからこんな所まで、珍しいお花を摘みに来てたんだね。大変だねぇ。うんうん、確かに。

 

 ここはちょっと道が分かりづらいよな。市の予算を使って遊歩道を修繕するべきだと思うよ、俺も。

 

 ところでさ、赤頭巾ちゃん。


 俺はね。だいぶ前から君のことを知ってたんだ。

 え、急にどうしたんだって顔だね。うん、分かってる。唐突だったよね。

 俺は狼。狼のルギ。ずっと君のことを見てたんだ。

 

 あっ、怖がらないで。

 別に、美味しそうなお肉だー食ってやろう……って思って見てた訳じゃなくてね、ただ、人間のお嬢さんが森の中にやってくるのが珍しいなって思って、樹木の橋から川に落っこちるんじゃないかなとか、ハチに刺されたり、ムカデや肉食アリに襲われたらどうしよう、って心配してただけだよ。

 

(人間の頭についた、狼のような獣の耳が、照れを隠すようにピクピクと動いた)

 

 あとは、君がなんて可愛いキノコ! って言いながら、毒キノコを触ろうとしたから、心配でついてきたんだよ。ほら、覚えてない? 真っ赤な毒キノコ。白くてまんまるのお月様みたいな斑点がいくつもあるキノコだよ。

 

 あの時は猟師のヤツが止めてくれたから良かったけど、本当に危なかったんだよ?


(彼がこちらを悲しそうに眉をさげて、――でも、うらめしそうに睨んでくる)

 

 でも、んー、ほんとに、……はぁ。

 いや、赤頭巾ちゃんは、可愛いなぁって思ってね。はぁ。お手々がちいさくって、ほっぺたがふくふくしてて、目が朝日を浴びた湖みたいにきらきらしてて、綺麗だなぁって……ずっと思ってたんだよ。

 

 え、褒めすぎ? 褒めても何も出ない? いや……べつに、そういうつもりで言ってないよ。

 

 あのね。赤頭巾ちゃん。そろそろお別れだけど……。この橋を渡りきる前に、ひとつだけ聞いてくれる?


(なんだろうと思い、歩みを止めたら、彼が手を取ってきた)

 

 俺は君に恋しているらしいんだ。え、どこかの人形劇とか、三文小説とか、風呂屋でやってる恋愛演劇みたいなセリフだねって? 陳腐かな。でも、しょうがないだろう、君のことが、気になるんだもん。

 

 俺、今まで狼族の雌に恋したことがないんだけど、ああ、これが恋なのかって、君を見てたら思ったよ。笑顔がほんとうにまぶしい。愛らしい。あいくるしいって言葉は君のためにあるんだろうなって思ったよ。

 ああ、頭がおかしくなりそうだ。君を見てるとめまいがするし、じっとしていられない。

 

 びっくりしちゃった? びっくりするよね。

 え? 君も俺のこと嫌いじゃない? 自分のことなんかをかわいいって言って”おもしろい”から? それって褒めてる? ほめてないよな。

 

 え?

 そうかなぁ、俺は赤頭巾ちゃんのほうが可愛いと思うよ。

 ウン。他の村娘や村の女を見たことがあるけど、……うーん、全然ピンとこなかったなぁ。

 

 ねぇ、赤頭巾ちゃんは俺の見た目、どう思う?

 イケメンって? はは、獣耳があるのをどう思うのかって聞いたんだけど、その様子だとぜんぜん気になってないみたいだね。うれしいな。

 

 特別に尻尾を触らせてあげてもいいよ。握ったら駄目だけど。

 あ、今日じゃないよ、また今度。……ね?

 

(橋を渡りきった。彼は尻尾を左右に揺らしている。楽しそうで、リズミカルだ)

 

 

 ねえ、赤頭巾ちゃんの家、ときどき遊びに行っても良い? えっ、狼族の男を家に上げたら、お母さんが失神する? んー、じゃあ君と二人きりに……いや、それは確かに急かもね。

 

 じゃあ、ときどき、森においでよ。

 花畑とか、あまぁい蜜を出す桃色の花とか、綺麗な小川とか、宝石みたいな緑色の光るキノコとか、美味しい食べれる果物とか、キノコとか、それから俺が燻製にしたソーセージとか、牛の干し肉とか……。

 

 え? 家の中で二人きりになるのはまずい? そうなの? なんで? え、俺が狼だから食べられたくない? 安心してよ、満月の夜以外なら、人を襲ったりしないし。赤頭巾ちゃんのことを大好きだから、赤頭巾ちゃんに無理矢理抱きついたり、つがおうとしたりしないよ。

 

 ……あ、あと、小屋でカステラを焼くくらいしか思いつかないんだけど。そうだ、家の中に入るのがイヤなら、小屋のなかで俺がカステラを焼くから、君は春のそよ風でも感じながら、歌でも歌っててよ。

 そしたらすぐに、俺が焼きたてふわふわのカステラを持ってくるからさ。

 

(卵は貴重品であり、高級品だ。甘い物も、王妃さまや奥方様、お姫様や豪商の娘でもない村娘はめったに食べることができないので、すこし気になって彼を見つめた)


 

 まぁ、君がカステラに興味がなくても、俺は狼族にしたらお喋りだからね、君を退屈させたりはしないと……思うな。

 

 あっ、君はもしかして、聞くより話すほうが好き?

 じゃあ、良かった。

 俺は人の話を聞くのが大好きなんだ。

 

 

 うん。……うん、うん。じゃあ、そういうことで。

 

 俺、鼻が利くから、君が来たら、1キロ先でも気づくから。え? ああ、風にのせて、君のいい香りが……焼き立てのパンみたいな、美味しそうな匂いが……届くんだよ。

 

 また会おうね、赤頭巾ちゃん。引き止めてごめんね。

 可愛い赤頭巾ちゃん。

 

 え。……ふふ、……はははは、本当に?

 

 うん。分かった。じゃあ、とれたての卵を使った美味しいカステラを用意して、紅茶を淹れて、待ってるね。

 可愛いお嬢さん、また明日。花畑で、会おう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ