4 嵐はお茶会で
仕方ない、と諦めたのかアイザックは一度小さくため息をついてから、ブライアンへと視線を向けた。
「返事を私が書く。それを持ってブライアンは先に王都シュネーユールに戻り、ベルナルドにマリアンナの滞在を伝えなさい」
「承知しました、父上。明日の朝には出立します」
「お兄様、あまりゆっくりできないのね…」
「大丈夫だ、俺は頑丈だからな。それよりマリーが王都に来るのなら、また会えるだろう?」
「そうね、じゃあ私はヒラリーにお兄様の好きなシチューをお願いしてくるわ。ついでに王都行きの話もね」
子供の時のように笑うとマリアンナはパタパタと足音をたてて部屋から出ていった。それを微笑ましい気持ちで見守るブライアンとアイザックは、淑女らしくない仕草を咎めることができなかった。
「マリアンナは明るく振る舞っていますね」
「ああ…本当に気丈な、良い娘だ」
だからこそより心が痛む。
娘に婚約解消を明かした時、罵られることも覚悟していた。そうでなくても嘆き悲しみ、感情を露わにしたら寄り添い子供の頃のように抱きしめようと思っていたが、マリアンナは冷静だった。
時折、遠くを眺めてぼぅっとすることや、食事中も上の空になることはあるが、声をかければすぐにそういった様子を隠してしまう。だからとにかくマリアンナには時間が必要だと思い、ゆっくりと過ごさせてやることも考えていた。
少しずつ時間をかけて癒していこうと思っていたが、ゆっくりさせてあげられないようだ。
「陛下がお話がある、ということですが…良い話であることを祈りましょう、父上」
「うむ…」
そのあと、侍女頭のヒラリーにシュネーユール行きの話をすると屋敷中が大慌てになってしまった。マリアンナは社交シーズンに王都に行く時と同じようなものだろう、と考えていたが目的はテオドール二世陛下とのお茶会なのだから、いつもとはまったく違うと母に叱られてしまった。
「貴方のデビュタントの衣装はまだ完成していないし…ああ、どうしましょう…!ブライアンはまだいるのよね、それなら王都で馴染みの仕立て屋にドレスを緊急で仕立ててもらったほうがいいかしら…それともいまあるものを手直しのほうが…」
さすがに急すぎるわ、と慌てている。
「お母様、シュルツ伯爵夫人のお茶会に行った時のではだめなの?」
あれは今年の流行りを考えて作った1着だ。社交界のファッションに詳しい夫人が褒めてくださったものだから、特に失礼などはないと思う。
「あれは、そう…そうね、新しいものだし、ほかのお茶会には着ていない…。少しだけ手直しをしてもらうのであれば、そんなに時間はかからないかしら…。あれはタウンハウスに置いてきたんだったわね」
「はい。こちらではお茶会などはあまりありませんから」
「ええ…ええ…陛下とのお茶会に一度着たことのあるドレスなんてあまり気は進みませんが、一から作れと言われたらグレタのお針子たちも困ってしまうわね…。マリアンナはそれでいいかしら?」
「もちろんよお母様。グレタに任せればきっと素晴らしいドレスに仕立ててくれるわ」
グレタというのは母が少女のころから任せていた仕立て屋の女主人のことで、店はシュネーユールの一等地に構えている。彼女の仕立て屋が人気店になるよりも前からの付き合いがあるためにマルグレートとマリアンナのドレスも半分はグレタに仕立ててもらっている。もちろんもう半分はダスティン領内にある仕立て屋だ。
「それじゃあ、お母様はブライアンに持たせる手紙を書くから、ヒラリーはパメラのことを手伝ってきて」
「かしこまりました奥様。お嬢様、パメラは衣装室ですか?」
「パメラなら、ケラーに馬車の手配を頼みに行ったわ」
「なるほど…では、私は先に衣装室に行きましょう。パメラはそのまま衣装室にくるとおもいますが、万が一お嬢様の元に戻ってきたら衣装室に来るように伝えていただいてもよろしいですか?」
「もちろんよ。あ、それと厨房にお兄様の好きなシチューを作るように伝えてちょうだい」
ヒラリーに伝えなければならないことがもう一つあったことを忘れるところだった。ヒラリーはニコリと微笑むとブライアンぼっちゃまが来た時にすでに手配済みです、と言った。
さすがは凄腕の侍女だ。
二日ほど時間をかけて手配を終えて、マリアンナが伯爵領を出発したのは兄が訪れてから五日後であった。ここから馬車で街道を通り、四日程行けば王都へと到着する。
途中、王都の手前にあるホプキンス男爵領に滞在する際、ホプキンス男爵に挨拶するのも忘れない。普段であれば両親と共に立ち寄る場所に一人だけ、ということで緊張もあったが幼い頃より交流のある家なので立派になって、と褒められてしまった。
そうした寄り道をしながらもマリアンナは王都へと辿り着いた。
「お嬢様…お疲れではありませんか?」
「私は平気よ。パメラこそ大丈夫?」
「もちろんです。こちらのタウンハウスにこんなに早く戻ってくると思いませんでしたね」
「そうねえ、来年の社交シーズンまでは戻らないはずだったものね」
ラバグルート王国の貴族は4月から8月が社交シーズンで、王都シュネーユールが一番華やかで人がたくさんいる季節になる。領地を持つ貴族はそれ以外のシーズンは自分の領地へと戻るという生活をしている。いまは10月で、今年の社交シーズンが終わりマリアンナと両親は領地の館へと戻っていた。
ではこのタウンハウスには誰も住んでいないのかというと、今年はそうではない。
「マリー、おかえりなさい!まさかこんなに早く会えるなんて思わなかったわ」
「アデレイド義姉様!こんにちは、おひさしぶりですわ」
「アデレイド、あまり走るな。体に障るぞ。マリアンナ、おかえり。大変なことになったな」
にっこりと微笑みを浮かべてマリアンナを出迎えたのはダスティン伯爵家の長男夫妻であるベルナルドとアデレイドだ。
「ベルナルドお兄様もおひさしぶりです、まあ!オードリーもお迎えに来てくれたの?」
そしてもう一人、ベルナルドの腕に抱かれているのが彼らの長女であるオードリーだ。
オードリーは今年の社交シーズン中に生まれた。そのため出産を終えたばかりのアデレイドと共にシュネーユールにあるタウンハウスに残ることにした。そのほうが母子の健康に良いだろう、という判断だ。
そういった家族を思う判断ができるベルナルドのことをマリアンナは兄として尊敬している。
「あー」
「うふふ、ご機嫌ね。お昼寝はいいのかしら?」
「さっきまでお昼寝をしていたのよ。いまはミルクを飲んで、ちょっと起きていたいみたい」
マリーもオードリーに会いたかったでしょう?と言われるとその通りなので何も言えない。でも寝ていたのなら起こさないくらいの分別はついている。
「マリー、明日にはグレタがドレスを持ってきてくれるそうだ。到着したことを王城へ伝える手紙を出すつもりだが構わないか?」
「ええ、もちろんよ。これ以上国王陛下をお待たせするわけにもいかないもの」
ダスティン領と王都はそれほど遠くはなく、道中も穏やかで治安が良いためよっぽどのことがなければ問題なく辿り着けるはずだが、天候や馬の調子などを考えて王都に到着次第連絡をすることを父アイザックが国王陛下の親書への返事で伝えていた。
そこから陛下の日程などを考えて、実際のお茶会の日取りが決まる手筈になっている。
「まあまあベル、難しい話はサロンでしましょう?長旅で疲れているんだもの、お茶にしましょう」
「む…そうだな…」
「パメラ、荷物をよろしくね」
「かしこまりましたお嬢様」
勝手知ったる我がタウンハウスだ。パメラも案内など必要ないし、マリアンナが来る予定はわかっているので部屋も支度がされているだろう。
ベルナルドもそばに控えていた乳母にオードリーを任せ、三人でサロンへと向かった。
サロンのなかは美しい絵画や東方の国から贈られてきた花瓶などの装飾品が置かれており、社交シーズンになれば母がここでお茶会などを開くのに使われている。今日は三人で使うのだから贅沢なものだ。
マリアンナたちが席に座るとメイドたちがお茶を運んできた。
それを飲み、ようやく一息つくことができる。慣れた道のりとはいえ、四日間馬車に揺られていたのだから疲労も溜まっていたようだ。
「私たちが残っていてよかったわ…マリーが一人で国王陛下とお茶会に行く、と考えたらお義父さまもきっと心配で仕方なかったでしょうから」
「ブライアンが持ってきた手紙でも心配し通しだったから、父上には私がいようとあまり変わらないかもしれないぞ」
「まあベルがいるのといないのではまったく違うわ。ねえ、マリー?」
「お兄様とお義姉様がいると心強いわ」
お城で怖いことがある、なんて思ってはいないけれど緊張していないわけではない。一人では王へ手紙なんて出せない、などそういったところで困ることは必ずあっただろう。
「先ほども言ったが、まず陛下への返事を書いて、それから日程が決まるまでに時間が少しかかるだろう……。そう考えるとおそらく早くても半月ほどは先だというのが私の見立てだ」
陛下もお忙しい方だ。兄がそういうのならばそうなのだろう。そもそも自分の婚約解消に至った事由もまた陛下の忙しい原因の一つだと推測できる。
「となると…私とのお茶会も戦後処理なのかもしれませんね」
「そう、なのかもしれないが……あまり無機質な言い方をするんじゃない」
「はーい」
「ふふふ。それならマリアンナはしばらくこっちにいるのよね…もしよかったら私の話し相手になってね」
「もちろん、お義姉様」
「グレタ夫人には明日、午後きてもらうように伝えてあるが…マリーは大丈夫か?」
「もちろんよ、急に仕立ててほしいなんて無茶を言ってしまったしお礼をしなくちゃいけないわ」
「それは母上からも言付けを聞いているから心配ない」
「さすがはお母様だわ」
明日、ドレスを受け取ったあとは返事がくるのを待つだけだ。
それから十日後、マリアンナは王城へと向かう馬車に乗っていた。隣にはパメラが座り、正面にはベルナルドが座っている。
王城の敷地内に存在している大蔵省に出仕するためだ。同じ場所に向かうのだから一緒に行ったほうがいいだろう、ということで一緒に向かっている。
「マリアンナであれば心配ないと思うが…陛下の御前だ、粗相のないようにな…」
「わかっているわ。お茶会までの間にきっちりと礼儀作法の基本から復習したから大丈夫よ」
来年にはデビュタントを迎えるマリアンナなので、そういった淑女教育は修了しているし先生からもお墨付きをもらっているけれどそれは貴族同士の振る舞い方だ。王族と一緒にお茶会なんてことは一介の伯爵令嬢は想定していない。
なので兄にお願いをして、王家とも関わりのある家で教育係をしていた人を呼び、あらためて作法を教わっていた。
「マリーは本当に真面目だ…。しかし無理はしないように…なにかあれば私の執務室に来なさい。というよりも私の元に連絡が来るようになっている」
「お兄様ったら本当に心配性ね。でもそう言っていただけると助かるわ」
だって国王陛下がどんな話をするかなんて予想ができないからだ。
「事前にどのような話をするのか尋ねたのだが、陛下は教えてくださらなかった…父上なら聞いているのかもしれないが…」
「私の考えがなさすぎなのかもしれませんが、悪い話をされたりはしないと思いますし…大丈夫じゃないかしら」
「まあ…それはそうなのだが…。とにかく無理はするなよ、マリー」
「はいお兄様」
「パメラもマリアンナをよく見てやってくれ」
「心得ております、ベルナルド様」
兄と共に正面の玄関で馬車から降りる。ここでベルナルドとはお別れだ。マリアンナは待ち構えていた王城に勤めている女中に案内されるまま城内を歩く。
ローゼンネイ城は広大な敷地の中に王家の住まう宮殿と元は城塞として使われており、今は政の中心になっている議院が存在している。兄は議院のほうに存在している大蔵省へと向かった。マリアンナは宮殿を案内されていることになる。
宮殿は広く煌びやかで、マリアンナは少しくらくらしていた。これもし壊してしまったら屋敷を売っても弁償できないかも…。
「この宮殿で、デビュタントが行われるのね…」
来年来る予定になっているけれど、どうなるのかしら…。
「はい…拝謁の行われる謁見の間やデビュタントの際に使用されます大広間はこの廊下の奥にあります」
「ダスティン伯爵令嬢をお連れいたしました」
「ご苦労。ダスティン伯爵令嬢こちらへ、国王陛下がお待ちです」
「ここまで案内ありがとう。こちらに陛下がいらっしゃるのですか?」
こくりと頷いた侍従が重苦しい扉を開く。
扉の向こうは大きな窓から外の日差しが入り込むように作られた明るいサロンであった。
部屋の中央に置かれたテーブル。その向こうには威風堂々たる様でこちらを見やる男性が座っていた。
マリアンナが入ってきたことに気がつき立ち上がる。それに合わせてマリアンナはカーテシーで返す。
「其方がダスティン伯爵家の娘、マリアンナで相違ないか?」
「お初にお目にかかります。アイザック・ダスティン伯爵の長女、マリアンナでございます。この度はテオドール二世陛下のお目にかかれること、感謝申し上げます。」
「うむ…そう固くならずとも良い。ここは公式の場ではないゆえ、ゆっくりと過ごすといい。さあダスティン伯爵令嬢を席に案内せよ」
そばに仕えていた女中に促されるままテオドール二世陛下の正面の席に案内される。陛下の正面の席に座るなんて緊張して眩暈を感じてしまいそうだ。
「陛下の御前に失礼致します」
座るとすぐにテオドール二世陛下とマリアンナの前にお茶や色とりどりのお菓子や果物が並べられていく。ラバグルート王国の伝統の焼き菓子から王都で流行っているあたらしいケーキ、見たことのない果物などが所狭しと並べられていくのをマリアンナは目を輝かせながら見ている。
なんておいしそうなのかしら、伯爵家のシェフたちもすばらしいお菓子を提供してくれていると思うけれど、王宮に仕えている料理人たちはこの国の中でも至上の腕前の持ち主なのだということがよくわかる。
お菓子たちに目を奪われてしまったが、いま自分の目の前に国王陛下がいることを思い出して、姿勢を正す。はしたない表情をしてしまっていないだろうか…。
緊張しているのか、そうじゃないのかわからなくなってしまいながらお茶会は始まった。
マリアンナの緊張をほぐそうとしてくれているのかテオドール二世はよく話かけてくれた。その内容は季節の話であったり、王宮内の庭に咲く花であったり、王妃陛下の話であったりと多様であった。
一方的に話しかけるわけではなくマリアンナもそれに相槌を打ちながら、会話を広げていく。
そうして最初に出されたお茶がなくなろうとしているころに、テオドール二世はマリアンナに婚約者候補を紹介したい、と言い出した。
そうして話は王弟であるレオンハルトを紹介されたところへと繋がるのである。
テオドール二世の横に立ったレオンハルト王弟殿下も当然だが初めて顔を見た。艶やかな黒い髪は少しクセがあるようだ。こうして並んでみるとあまりテオドール二世陛下とは似ていないように見えるけれど、目元がよく似ていた。
「レオンハルトよ、彼女がダスティン伯爵の御令嬢だ」
「只今、ご紹介に預かりましたアイザック・ダスティンの娘、マリアンナと申します。」
「ああ…レオンハルトだ。ダスティン令嬢、急な話でおどろいただろう。陛下も急にそんなことを言っては彼女も戸惑うだろう。もう少し順序を追って説明をしたらどうだ」
「ふむ…確かにそれはその通りだったな…。すまない性急すぎたようだ」
「あ、お気遣いをありがとうございます…どうかご説明をおねがいします」
「其方のおかげでカドフィール王国との和平が成ったと言ってもいい。それなのにダスティン令嬢に何も褒賞がないのはおかしい、と王太后に言われてしまったのだ」
「お、王太后陛下ですか…?どうして私をそれほど気にかけてくださるのですか…?また恩人というのは…どういうことなのか見当もつかず…申し訳ありません」
数年前に隠居されて、温暖な気候の南の離宮で過ごしているとは聞いている。当然だがマリアンナは会ったことはない。
「ダスティン前伯爵は先王の友人であり、王太后陛下も前伯爵のことをよく知っていて世話になっていた、と言っていた。そんな相手の孫娘の婚姻を台無しにしてしまったことを悔いておられるようでな…」
「王太后陛下に気にかけていただけるなんて、身に余る光栄です」
「うむ、それで…ダスティン令嬢はペーデル侯爵家に嫁ぐ予定であった。それにかわる婚姻を用意することが一番良いのではないか、と王太后が申された」
「は、はあ…」
「ゆえにレオンハルトを紹介しようと決めたのだ」
そこがどうして繋がるのかわからない。
そもそも、マリアンナは自分自身の婚姻を自分では勝手に決められない。家のため、領地のためになる婚姻が何よりも優先される。相手が王弟殿下だとしても、勝手に是とは答えられないのだ。
「陛下……兄上、それではダスティン令嬢はわからないだろう…。そもそも、アイザックに話をしてから、と 言っていたではないか」
「まあ、アイザックには手紙を出しているぞ、そろそろ届く頃だろう」
「陛下、私の父には連絡を頂いているのですね…?それでは…その、殿下を前にして口にするのも申し訳ないのですが、私の一存ではお返事はできかねます…」
「ああ、それはもちろん承知の上だ。むしろ、兄…テオドール二世陛下が先走ったと言っていい。本来であれば、このような場で申し上げることではない。だから気にしなくていい」
「もちろん家のため、というダスティン伯爵令嬢の考えはわかる。父思いであり、家族思いであることは素晴らしい。しかし、当人同士の相性というものもあるだろう…だから、先に顔を合わせておいたほうがいいこともある、と余は考えた」
だからこうして引き合わせたのだ、と言う。
「あの、その…陛下ならびに殿下、差し出がましいとは思うのですが発言よろしいでしょうか」
「うむ、この場では余やレオンハルトの許可を得ずとも話して構わないぞ」
「はい、お許しをありがとうございます。あの、レオンハルト王弟殿下はすばらしい殿方だと思うますが、その身分が釣り合わないのではないか、と思います。」
伯爵といえば高位貴族のひとつではあるけれど、王弟殿下とはどう考えても釣り合わない。不相応な婚姻になってしまいかねないのはなかなか周囲にも認められづらいとマリアンナは聞いている。だいたい爵位が一つ上か一つ下くらいまでが限度だ。
「それほど気にする必要はないだろう…それに、レオンハルトはいずれ臣籍降下する予定だ」
「兄上、それは言ってもよいのか?」
「まだ発表していないが、今までの歴史から見ても皆予測しているだろう」
「は、あの…聞かなかったことにしたほうがよろしいでしょうか…」
「大丈夫だ、年が明ければ公表する予定だからな」
笑いながら伝えられても本当に大丈夫なのか、少し心配になる。
「身分はあまり考えずとも良い。まずはダスティン令嬢とレオンハルトの相性が一番の問題だ」
陛下からすれば身分は関係ないかもしれないけれど、マリアンナには関係ある。
「とにかく難しく考えず、レオンハルトと話をしてみると良い。余が其方を王宮に呼びつけたのはこの話をするためだ」
「そうだったのですね…。差し出がましいことを申し上げるようですが、私では王弟殿下に釣り合わないと思うのですが…」
身分も年齢も、容姿もなにもかもが釣り合わない。家族はみんな口を揃えて愛らしい、この国一番のかわいらしさだ、と褒め称えてくれるがそれが家族による贔屓目だというのはマリアンナにだってわかる。
その点、殿下は上背もあり、顔立ちも整っている。想像だが舞踏会などでは御令嬢の視線を独占しているのではないだろうか。
「何を言うか、むしろレオンハルトのほうが見劣りするかもしれん!」
「兄上、あまりダスティン伯爵令嬢をからかってはいけない。申し訳ない…」
「い、いえ…そんな…、」
王弟殿下のほうを見ることができず、マリアンナは体を縮こませたままだ。どう反応するのが正解なのだろうか。
何を言ったらいいか、付け焼き刃のマナーではわからない。おふたりとも寛大な様子を見せているので、よっぽどのことをやらかさない限りはお咎めを受けることはないと思われるがそれでも考えれば考えるほど何も言えなくなってしまう。
そうしているうちに扉が少し慌ただしく開き、男性が室内に入ってきた。服装からしておそらく文官の一人だろう。その姿を見とめるとテオドール二世陛下は少し不機嫌そうな顔をする。
「陛下、ご歓談中申し訳ございません。お耳に入れたいことが、」
テーブルを隔てた向こうでは何も声は聞こえてこないし聞き耳をたてるようなこともしない。
「余が呼びつけたというのに少し席を外す…。代わりと言ってはなんだがレオンハルト、ダスティン伯爵令嬢を宮廷の庭に案内するといい。この時期なら、東の庭の花の盛りだ」
東の庭の話は先ほど聞いていたので、もし可能ならば庭を見てみたかったのでうれしいけれど、ここでレオンハルト殿下と一緒に行って良いものだろうか。婚約を受け入れられるか、と考え出すと一緒に行かない方がいいと思うが、国王陛下の申し出を断るのも問題がありそうだ。それにこれは急に席を立たねばならなくなった陛下の心遣いでもある。
「せっかくここまで来ていただいたのにお茶会だけではもったいない。花はお嫌いですか?」
「いえ…花は好きですし、お庭を拝見させていただけるのでしたらぜひ見てみたいと思いますわ」
「それでは、御令嬢」
すっとマリアンナの横に立ち、手を差し伸べられる。ここまで来て手を無視するなんてことはできない。そのほうがよっぽど失礼だ。
覚悟を決めてマリアンナはレオンハルト殿下の手を取った。
「殿下、よろしくお願いいたします」
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