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1 婚約解消を突然告げられました



「すまない…マリアンナ、お前の婚約がまたなくなってしまった…」

 いつもの威厳ある姿から想像できないほど意気消沈し、背中を丸めて申し訳なさそうな顔をしている父を見て、マリアンナは告げられた言葉よりもその姿に驚きを隠せなかった。そのせいで一瞬、内容がわからなかった。

「そんな!貴方、それは本当なのですか?マリーは、この子はもうすぐ十七歳だというのに!!」

 マリアンナが口を開くよりも先に、悲鳴に近い声色で父ーアイザックーに詰め寄る母、マルグレートがたまらず質問を矢継ぎ早に投げかける。いつもの母であればもっと冷静に、言葉を荒げることなく父に確認をすることができただろうがあまりに衝撃的な内容だったため感情を露わにした。

「本当に、本当なのですか?マリアンナとセリム様の婚約が、なくなったと?!」

「すまないマルグレート、マリアンナ…本当にすまない…私が至らないばかりに…」

「な、なぜなのですか…マリーに至らぬところがあったと?いいえ、そんなはずはありません、マリーは詩作こそあまり得意ではありませんが…刺繍の腕は私にも負けないくらいで…すばらしい淑女だというのに?なぜ?!」

 こんな急に、結婚まで一年もないのに、と嘆くが父はただただ首を横に振るだけで、その内容を撤回することはない。父は冗談を言うような人ではないので事実なのだ、とマリアンナは理解するが母は理解を拒むように何度も首を横に振っては、父に縋りついて泣いている。

「お母様…まずは落ち着いて、お父様のお話を聞きましょう?お父様が困ってしまっていますわ」

「ああ…!なんて良い子なのかしらマリー!この国一番の淑女は貴女よ…それなのに、どうして貴女ばかりが二度も婚約者を失うことになるなんて!」

 とうとう嗚咽さえ漏らして泣き出してしまった。

「マルグレート…」

 それを振り解くことができない父を見て、マリアンナはアイザックに視線を向ける。

 どんなに言葉を尽くしても今の状態の母はまともに話もできないだろう、そう考えると退出してもらうしかないが、一人で出て行くなんてできないしさせられない。そもそも父には母に出ていけ、など言えるはずもない。

「お父様…こんなにお辛そうなお母様に無理はさせられません…ですので、一度休んでいただきましょう?それではダメでしょうか」

「いやそうしよう…マルグレート…それで構わないか?」

 涙を湛えた瞳でアイザックを見やり、それでも母である自分も聞かねばと言い募ろうとしたが言葉にすることができない。

「ちゃんとあとで貴女にも話をする。信じてくれ」

「わ、わかりました…マリアンナ、ごめんなさい…お母様も一緒にいてあげられなくて…」

「大丈夫よ、お母様。すぐにヒラリーを呼んできてもらうわ。少し待っててね」

 マリアンナは部屋の外に出ていた父の侍従のダンに声をかけ、母の侍女か家令を呼ぶように指示をした。ダンも扉越しに母の嘆きが聞こえていたのか詳しい話をする必要はなく、母の部屋に控えていた母の侍女を連れてきてくれた。


 母を見送り、もう一度マリアンナは姿勢を正す。ひとりで聞くには苦しい内容であることは間違いないが、それでもきちんと向き合う必要がある。

「お父様、今回の婚約解消はどのような理由でしょうか。私に何か落ち度があったのですか…?セリム様の気に触るようなことをしてしまったのでしょうか」

 手紙のやり取りはしていたし、あまり得意ではないけれど刺繍をしたハンカチを贈ったりなどもしていた。返事はここ一年の間少なくなっていたけれどそれでも交流を怠ったことはなかった。

 そういった義務感からのやりとりが気に食わなかったのかしら。

「マリアンナ、お前は何一つ悪くない。マリーに落ち度などありはしない…」

「では何故?」

 アイザックはマリアンナを痛ましげに見た後、重々しく口を開いた。

「王命で、侯爵令息セリム・ペーデルは隣国であるカドフィール王国のウィズリー辺境伯令嬢と婚姻を結ぶことになったのだ…」

「カドフィール王国…先日、和平条約を結ぶことになった国ですわね…ああ…そういうことですか、お父様」

 苦々しく視線を伏せて、ただアイザックはそうだ、と言った。


 かの国が我がラバグルート王国に侵攻してきたのは四年前のことである。宣戦布告の通知が来てから数時間後に国境上に存在しているザルドーニュクス山脈を超えてペーデル侯爵領へと侵略を開始した。

 ザルドーニュクス山脈には国内最大の魔石鉱山が存在している。その入り口はペーデル侯爵領にあるので、そこを狙われたのだ。国境に位置するペーデル領には侯爵の私設の騎士団、王国の国境警備軍も駐在していたため、彼らが突然侵攻してきたカドフィール王国軍と対峙したと聞いている。

 警戒を怠ってはいなかったとはいえ、不意を突かれたために人も武器も不足していたために最初は押されていたが、ペーデル侯爵が兵部卿であるダグラス公爵に直談判をし、武器や人員の補充を訴えてゆっくりとだが確実にカドフィール軍を押し返して行った。

 その際、戦地を離れたペーデル侯爵に代わり、騎士団の指揮をしていたのがマリアンナの婚約者であるセリムだった。

 三年半に及ぶ戦いの末、半年ほど前にカドフィール王国側が降伏し、和平交渉へと入ったことはマリアンナも耳にしている。これなら次の社交シーズンには婚約者と久しぶりに会えるかもしれない、と期待もしていた。

 和平を結ぶにあたって一番の争点となったのはほとんど不意打ちのように侵攻されたことだ。ペーデル侯爵にとっては国土を、領地を守るのは領主であり貴族の役目であると理解しているものの何度もあってはたまらない。確実に相手が侵略などできないようにしなければ意味がない。

 そしてその考えには我が国の王も同意を示した。また、彼の国の侵略を未然に食い止めるためにも和平の証として婚姻を結び、両国を結びつける鎹にしたいと告げた。簡単に言ってしまえば人質である。

 カドフィール王国にはいま未婚の王族はおらず、いてもまだ二歳になったばかりの第一王子しかいなかった。そのために白羽の矢がたったのは王妹が嫁いだ辺境伯家の次女。その令嬢が輿入れすることで和平となる、と決まってしまったのだった。


「つまり…国のための政略結婚をセリム様がする必要がある、ということですね」

「ああ…そういうことになってしまった…」

「一つ質問なのですが、普通はこういった場合王家同士で結びつく、というのが定石では?」

「ううむ…すこし複雑なのだが、カドフィール王家には二歳になったばかりの王太子しか未婚の王族はいない。そのために王家と近しい血筋の王の姉の元にいる娘に白羽の矢がたったのだ。それがウィズリー辺境伯令嬢だった」

「なるほど…降嫁された王女の娘であれば、まだ面目が立つということですね…」

 ただの貴族の娘ではなく、王家と近しい血筋であり渦中にある辺境伯家の娘を和平を結んだといえ敵国に嫁がせる、というのは責任を取らせるという意味でも理解できる。

「そのとおりだ。しかし、血筋は王家に連なるといっても王家そのものではないので我が国の王族と…というのも難しい」

「それならば辺境伯家の御令嬢が山を隔てたペーデル侯爵家に嫁ぐことで抑止としての役目を期待している…ということですね…」

 王命が下されるなんて余程のことでなければ起きない。両家が仲をとりもち、ラバグルート側にも利益があることだ。伯爵家の令嬢の婚約をなかったことにするのも致し方ない。

「すまない…マリアンナ、どうか耐えてくれないか」

 マリアンナに願う姿勢をとっているが決定事項であり、それを覆せるような力はマリアンナにはない。しかもどういう意図があったのか包み隠さず話をしてくれた父の誠実さを考えればマリアンナは受け入れるしかない。

「婚約解消について、きちんとお話ししてくださりありがとうございます。残念ですけれど、このような事態ですから仕方ありませんね…」

 できるだけ心配させないように微笑みを浮かべた。

 


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