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玻璃一族シリーズ

列と線

作者: 川里隼生

 色は匂へど 散りぬるを

 我が世たれぞ 常ならむ

 有為の奥山 今日越えて

 浅き夢見じ 酔ひもせず


 ——皆さんご存知の『いろは歌』をお聴きいただきました。日本語の四十七音が一文字ずつ、七五調の詩として美しく並べられています。ところがこの歌、ある怪談と共に語られることもあるのです。……いや、それよりも私の夫の話をしましょうか。


 あれは私が長女を産んだ頃だったので、もう二十年以上前になりますね。七島しちじま知沙ちさという人が相談の依頼に来ました。友人の上生かみう御瑛みえいという女性と喧嘩になり、現在は音信不通なのだそうです。二人は鉄道ファンの集会で知り合った仲で、最後に会った日は上生の家で鉄道談義をしていたと言います。


 七島が相談したいのは仲裁の取り持ちではありませんでした。二人がヒートアップしていき、先に怒りの頂点に達した上生。「もう絶交よ!」と言って、部屋にあったJR時刻表の香椎線のページを開き、半分に破って捨てたというのです。上生がなぜそのようなことをしたのか、七島には理解できないとのことでした。


 これには私の夫もしばらく悩んでいましたが、あるとき突然「わかった!」と叫び、私と娘を驚かせました。夫によると香椎線は上生と七島にとって、お互いを縛りつける呪いのようなものだったそうです。正確には一九九四年三月から、偶然にも呪いになってしまったと言うのです。


 では、ここで私は皆さんに挑戦します。ヒントはここまでに充分出ています。香椎線のページを半分だけ破り捨てることが、上生にとって七島との絶交を表す理由は何でしょう。


 ……夫の受け売りになりますが、解いていきましょう。夫が上生の意図に気づいた手がかりは、いろは歌の怪談でした。いろは歌を平仮名に直し、七文字ごとに改行すると、以下のようになります。


 いろはにほへと

 ちりぬるをわか

 よたれそつねな

 らむうゐのおく

 やまけふこえて

 あさきゆめみし

   ゑひもせす


 このとき、各行の最後の文字を取ると「咎無くて死す」という文が浮かび上がります。咎とは罰されるべき罪のこと。いろは歌は、罪もないのに死に追いやられた人の怨念が詰まった呪いの歌でもあるのかもしれません。


 いろは歌と同じような暗号が香椎線に隠されていないか、と夫は考えました。一九九四年三月に舞松原駅が開業して以降、香椎線には十六の駅があります。四十二文字の駅名を長方形になるよう並べますが、どうも関係ありそうな文字は出てきません。そこでいろは歌と同じように、平仮名に変換することにしました。


 香椎線は起点の西戸崎から海ノ中道、雁ノ巣、奈多、和白、香椎、香椎神宮、舞松原、土井、伊賀、長者原、酒殿、須恵、須恵中央、新原、終点の宇美という順に並んでいます。


 さいとざきうみのなかみ

 ちがんのすなたわじろか

 しいかしいじんぐうまい

 まつばらどいいがちょう

 じゃばるさかどすえすえ

 ちゅうおうしんばるうみ


 十一文字ごとに改行したとき、ちょうど六行に収まって空欄のないようになりました。最後の「みかいうえみ」は上生御瑛の、最初の「さちしまじち」は七島知沙のアナグラムとなります。二人の名前が入っていたから、上生は香椎線を重視したのです。


 七島は謎の答えを知らされると、すっきりしたような声でお礼の電話をかけてきました。初めから上生との関係修復を望んではいなかったようでした。現在、香椎線は途中の香椎駅で折り返し運転を行っており、西戸崎から宇美までを直通する列車は限られた本数しか走っていません。まるで、本当に香椎線が引き裂かれてしまったようです。

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