一級特殊狩猟者
竜殺しと悪魔が争い続ける氷見市。街は原型を残さず破壊され、地形を変える程の戦闘が繰り広げられている。
「ふぅ、はぁ……」
そして、そこからかなり離れた場所にボロボロの黒い布を持った女、アザミが居た。その目の前には一人の男が立っている。
「助かりました、佐渡さん」
「いやいや、当然のことをしただけさ。それより……流石に俺も行かないとね」
アザミが向かい合うのは青髪の男。空のように透き通った青色の目が後ろを見た。
「お願いします」
「任せてよ。流石に一級が二人なら王級の悪魔でも余裕でしょ」
一級特殊狩猟者、佐渡海梦は荒れ狂う戦場へと飛び立った。
竜殺しへと飛来する瓦礫。それは標的に届く前に砕け散った。
「調子はどうかな? 竜殺し」
「君は……蒼か」
竜殺しのような翼は持たない佐渡だが、全身から青いオーラを放って宙に浮いている。
「そうそう、王級の悪魔が居るって救援要請が出てたから最速で駆け付けた訳だけど……」
その王級の悪魔とやらはどこに行ったのかと周辺を見渡す佐渡。
「あっれ、もしかして俺が来たから逃げられたとか? 流石に一級二人を相手に戦ってはくれないかぁ」
「……違う、後ろだ」
振り向く竜殺しと佐渡。そこから迫るは巨大な瓦礫の塊。全体に魔力を帯び、結合力と強度を強化するような魔術が付与されている。
「ハハッ、俺達を相手にこの程度の不意打ちでどうにか出来るとでも思ってるのかな?」
佐渡は竜殺しの前に出ると、瓦礫が触れるより早くその拳を突き出した。
「『蒼拳波』」
突き出された拳から青い波動が放たれ、瓦礫の塊を一撃で破壊した。
「ふぅむ。話には聞いていたが君も中々に強いらしい」
佐渡の背後に黒い馬に跨った獅子の獣人が現れる。佐渡は返事すらせずに最速で拳を振るうが、その悪魔は佐渡の拳も、同時に放たれる波動も受けることなく転移で逃れた。
「転移能力ね。面倒臭い能力だけどさ……」
佐渡はそう言って青いオーラを纏う両手を合わせた。その周囲から魔法陣が幾つも開き、佐渡に向けて魔術が放たれようとするが、その前に魔法陣は青いオーラと混ざって滲み、消滅した。
「俺の結界なら簡単に防げるよ」
佐渡の青いオーラが広がると、広範囲の結界が形成された。青い紋様が走る八角形が集まって球体を成したような形の結界は一度老日に破られたあの結界よりも遥かに強度が高く、大抵の術では破壊できないだろう。
「ふぅむ、面白い。興味深いぞ……その魔力」
佐渡の操る青いオーラ。その正体は魔力だ。特異魔力と呼ばれるような固有の性質がある魔力。佐渡は生まれつき通常の魔力と闘気が使えない代わりにこの蒼の魔力を操ることが出来た。魔力と闘気の二つの性質を併せ持ったようなこの魔力は他の魔力に浸透し、触れるだけで術を乱す効果を持つ。
「へぇ、分かるんだ。流石は悪魔、確かに俺の力は――――」
竜殺しは佐渡の口を塞ぎ、溜息を吐いた。
「態々敵に自分の力を話してやる必要も無いだろう」
「まぁ、そりゃそうだけど……良いや。さっさとやっちゃおうか」
そう言って佐渡は拳を振るい、青い波動をヴィネに向けて放った。
「一級二人を相手にするのは分が悪い。そうは思わないかね?」
ヴィネは自身の前に障壁を展開し、その波動を防いだ。
「ハハッ、思うね! 勝ち目なんて無いよ!」
「そうかも知れんな。このままでは……そう、このままではな」
ヴィネの眼前まで一瞬で距離を詰めて拳を振るう佐渡。同時にヴィネが杖を振るうと、指先から佐渡の全身をどろどろの金属が包み、佐渡は空中で銀色の像となり停止した。
「足掻いたって無駄だからさ! 諦めた、ら……」
青い魔力によって自身を包む金属を吹き飛ばす佐渡。そして距離を離していたヴィネに殴りかかろうとして……動きを止め、眉を顰めた。
「不味いぞ、蒼。来るぞ……」
竜殺しは虚空を睨み、そこに剣を向けた。
「二体目が」
空間が歪み、開く。そこから現れたのはグリフォンの翼を持った牡牛。どこか神聖さすら感じるような外見だが、放たれる魔力から感じるのは邪悪さのみだ。
「モォォオオオオ……」
牡牛が鳴くと、みるみるうちにその体が変化し、人型へと変わった。背からグリフォンの翼を生やし、頭から牛の角を生やす上裸の男だ。
「――――我が名は、ザガン」
筋骨隆々の肉体。その内側に満ちるのは膨大な魔力だ。
「王にして総統。我が強壮たる肉体に抗ってみよ、人間」
二体目の王の悪魔が、二人の前に現れた。
「おやおや、さっきまでの威勢は消えてしまったかな。仲間を呼ぶのが人間の特権だと思っているのであれば、それは間違いだ」
「結界内での転移は、出来ない筈なんだけどなぁ……」
佐渡の言葉をヴィネは鼻で笑った。
「この結界が防ぐのは結界内での転移であって、結界内への転移は防げない。それだけのことだろう?」
二体の悪魔、どちらも王級。竜殺しは二体を見比べ、そして決めた。
「『竜激剣』」
竜殺しは一瞬でヴィネの眼前まで距離を詰め、血のように赤い闘気が溢れる大剣を振り下ろした。
「無駄だ、人間」
だが、目の前に居た筈のヴィネはいつの間にかザガンと入れ替わっており、ザガンは素手で竜殺しの大剣を受け止めた。
「脆い方から殺そうとしたのだろうが、そう簡単に行くほど悪魔というものは易しくないぞ」
「どうやら、お前の方が強そうだな」
竜殺しの言葉にザガンはフッと笑った。
「物を砕き操るヴィネは群を葬るのには向いているが、確かに個のぶつかり合いであれば我の方が優れているであろうよ」
「そうか。一応、期待しておこう」
竜殺しはザガンの手を大剣から振り払い、一歩距離を取った。
「ほう、何をだ?」
竜殺しの目が黄金色に変色し、ザガンを深く観察する。
「俺を殺せることを」
「クハハッ! 吠えたな人間!」
ザガンは笑みを浮かべ、手を空に向けた。すると、そこに無骨な大剣が現れた。
「さぁ、戦うぞ。人間」
「あぁ」
竜殺しとザガン。お互いの大剣が激突し、空間を歪ませるほどの衝撃が氷見市を駆け抜けた。
そして、残った佐渡とヴィネもまた、向かい合っていた。
「確かに最初は焦ったけどね……冷静に考えれば、この状況はまだこっちの方が有利だ」
「ふぅむ、有利とな?」
佐渡は笑みを浮かべ、頷いた。
「そう、有利。君の能力はあれでしょ? 建造物を破壊したり、それを操ったり。だけど、俺の結界の内側じゃ操れる瓦礫の量も限られてる。そして、この状況で結界を破壊するのも難しい……どうかな? 俺達の方が有利だと思わない?」
「確かに、そうかも知れないな。だが、それは飽くまでこの現状で判断できる情報だけでの話でしかない。見えていないものを含めれば……それは容易に覆る」
ヴィネの魔力が不自然に揺れた。嫌な予感がした佐渡は直ぐに殴り掛かったが、遅かった。
「――――私は非効率的なものが嫌いでね」
黒馬の姿がどこかに消え、獅子の体に黒い金属の鎧が纏われていた。
「この姿は非常にエネルギー効率の悪い、欠陥形態だ。だが、一時的な戦闘能力は悪くない」
蛇の頭が柄となったぐねぐねと曲がる刀身の剣を佐渡に向け、ヴィネは薄く笑みを浮かべた。
「んー、しょうがないかぁ。向こうも心配だし……」
だが、佐渡はそれを見ても焦る様子は無く、上の空のようにぶつぶつと呟いて青い魔力を自身の体に納めた。
「『蒼天化』」
佐渡の体から、青く透き通った魔力が溢れた。僅かに光を帯びているそれは、空気中の魔力をチリチリと溶かし、呑み込んでいる。
「短期決戦と行こうか」
二体の王と、二人の狩人。強者しかそこには居なかった。