悪魔と人間
俺とソロモンの間に割り込んだのは黒一色の影そのもののような悪魔。ほぼシルエットのそれの頭からは三本の捻じ曲がった角が生えている。
「アンタは……」
「ルキフゲ・ロフォカレだ」
俺の剣を受け止めたのは巨大なチャクラムだ。内側に柄もあるそれは投擲用の一般的なチャクラムとはかなり異なる。
「ルキフグスと我は呼んでいるが、それは我が使役する中でも最強の悪魔だ。公爵どころか、王の位を持つ悪魔すら超える」
そして……と、ソロモンは自身の指にはめられた真鍮と鉄の指輪を見せた。
「当然、その王の悪魔の相手もしてもらう」
ソロモンの背後に、六つの魔法陣が開き……そこから、六体の悪魔が現れた。
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富山湾から大量に出現した悪魔。それらは一斉に都市部に流れ出し、転移能力や移動能力を持つ者は他の地域へと飛んだ。
「助けッ、助けてッ!!」
「誰かッ、誰かァあああああッ!!」
「悪魔が居るのッ、悪魔がッ!」
そして、富山湾周辺に住まう住民を数匹の悪魔が狙っている。必死に逃げてはいるものの、殺戮の命令が出された悪魔は一瞬で無防備な命を刈り取ろうと迫り……結界に阻まれた。
「ッ、皆さん! 早く逃げて下さい!」
黒髪の女が叫ぶ。彼女の名前は菊池アザミ、公安に所属する異能者だ。暗部による調査により、数日以内には北陸でソロモンが復活することを知った国は北陸に可能な限りの人材を散らせていた。
「おーおー、早くも戦士が来たかぁ」
「しょうがねぇなぁ。強い奴から優先的にって話だからなぁ。さっさとぶっ殺しちまうかなぁ」
悪魔達はニヤニヤと笑いながら結界を破壊した。
「……悪魔を相手に一対多数の状況、覚えがあります」
アザミは両手に白い拳銃を構えた。
「ですが、今回は……備えがありますから」
最初に飛び掛かって来たのは馬の脚と頭を持つ人型の悪魔、オロバスだ。その速度は馬どころか車を超え、アザミの前まで到達することには新幹線ほどの速度まで加速していた。
「オラ死ね――――ッ」
白い拳銃から白い光を伴って放たれた銀の弾丸。それは正確にオロバスの脳天を捉え、貫いていった。
「先ず、一体」
アザミの横を倒れながら高速で転がっていくオロバスの心臓にもう一発の銀の弾丸が直撃し、オロバスは完全に絶命した。
「この白き銃のコピーに何日も掛けた甲斐がありましたね……」
アザミにとって初めての魔術的効果を持つ武器のコピー。その為に今までも鍛錬を積み続けてきたが、今回の銃で漸くそれが形になった。
「テメェ……少しはや――――ッ」
グリフォンの翼を持つ人型の牡牛、ハーゲンティ。その脳天を銀の弾丸が貫いた。
「残り、二体です」
その様子を見て流石に焦りの表情を見せる残り二体の悪魔。
「ッ、ハルファスよ! 貴様の能力で――――ッ」
腐った肉体を持つ老人のような悪魔の脳天を弾丸が貫き、そして残ったハトの姿をした悪魔に銃口が向けられ……
「終わりです」
その肉体が弾け飛んだ。
「ふぅ……何とか、なりましたね。武器の力は、やはり偉大です」
対悪魔専用の武装。それは完全に効果を発揮し、アザミ自身の武器の扱いと合わせて完全に四体の悪魔を対処した。
「他の場所にも、急いで行かな、い……」
背後。アザミの背後に、一体の悪魔が現れた。
「おやおや、救援に応えてやったというのに……全滅とは」
黒い馬に跨った獅子の体を持った人型の男。その獣の体を覆い隠すように貴族風の服を纏っている。
「ふぅむ。四体も悪魔を殺せるほどには見えないが……なるほど、異能」
ジロジロとアザミを観察する悪魔の名は、ヴィネ。伯爵と王、二つの位を持つ最上位の悪魔だ。
「異能とやらに私は詳しくないからね、良い機会だ。少し……調べさせて貰ってよろしいかな?」
アザミは明らかにさっきまでの悪魔とは格の違うその悪魔に後退りながら、聞いた。
「調べる、とは」
ヴィネはにこりと獅子の顔に笑みを浮かべた。
「先ずは生きたまま全身を調べ、精神を調べ、魂を調べ、そして殺してからまた全身を調べる。どうだね?」
「……断ります」
アザミは腹をくくり、白い拳銃を構えた。
「おやおや、これはこれは……とても、残念だ」
ヴィネの手に蛇の形をした杖が握られる。そして、その杖から魔力が溢れた。
「ッ!?」
瞬間、アザミの体にどこからか伸びてきた蔦が絡み付き、その体を大の字に拘束した。
「他人の自由意思を奪うというのは、大変望ましくないことだ。だが、私の探求より上に来ることは無いからね。仕方がない」
「ま、だ……ッ!」
アザミは拘束された状態の中でも白い銃を何とかヴィネに向け……そして発砲した。
「――――おやおや」
白い光が散ると共に放たれる銀の弾丸。それは、ヴィネに触れる寸前で火花を散らし、弾かれた。
「その程度の威力で私の体を覆う障壁を突破できると考えていたとは……心外と言わざるを得ない」
ヴィネがアザミに杖を向けると、アザミは苦しむように身をよじった。
「抵抗するんじゃない。私の探求を邪魔する者には灸をすえる必要があるからね。お前も余り苦しい思いをしたくは無いのだろう?」
ヴィネを睨みつけることしか、最早アザミには出来なかった。
「早速、調べさせて頂こうかね」
そして、アザミの体にヴィネが触れようとした時……赤紫色の斬撃が二人の間を横切った。
「――――突き刺すもの」
先端の鋭く尖った剣が、ヴィネの障壁を貫いて突き刺さった。
「ッ、おやおやこれは……ッ!」
ヴィネはその場から転移して逃れ、そして自分を突き刺した相手を見た。
「きっと、今日だ」
「……何を言っているのか不明瞭だ。もう少しまともに話せないのかね」
うわごとのように呟く男……竜殺しは、二本の剣を両手に構えた。
「世界滅亡の予言。それを覆せば、きっと俺の英雄譚は……俺は、終われるんだ」
竜殺しはヴィネに剣を向け、薄く笑みを浮かべた。
「あぁ……待ち遠しいな」
王級の悪魔と、一級のハンターの戦いが始まった。