全員、計画通りに。
佐渡島で起きた事件は解決された。話を聞く限り、公爵級の悪魔相手に相当良いところまで行ったようで、本の秘密にさえ気付けていれば二人だけで倒せていたかも知れない。
「……何というか、アレだな」
昨日の出来事を思い返し、微妙な気分になる。向こうでは俺もそうやって敵の秘密や弱点を探りながら戦っていたんだが、今は殆ど力押しだ。まぁ、力押しでどうにかなる相手しかいないと言えばそれまでなんだが。
そういえば、こっちに帰って来てから傷すら負っていないかも知れない。犀川のラボで血を採った時くらいか?
「まぁ、良いことだ」
平穏な暮らしを望むなら自分より強い相手なんて居ない方が良いに決まってる。強者との戦いを望むなんて、俺がして良いことじゃない。
それに、人類滅亡の危機みたいに告げられたソロモンの復活だが、公爵級を相手に善戦した蘆屋とメイアを見ると、案外俺が居なくてもこの世界はどうにでもなる気がしてきた。あの忍者とかなら、多分ダンタリオンにも普通に勝てるはずだ。
「……帰るか」
北陸付近のソロモンの手勢は殆ど処理できたらしく、今の俺にはやることが無かった。故にこうして外で手掛かりが無いか調査していたのだが、無駄な気がしてきたので帰ることにした。
丁度、日も暮れたところだからな。
「ケーキでも買って行ってやるか」
アイツらが帰ってきた時に喜ぶかも知れない。ステラに関しては流石に飯を食うことは出来ないが……まぁ、今回の件が片付いたら本格的に肉体型の端末でも作るか。ホムンクルスを作る要領でやれば、まぁいけるだろう。
「……ッ」
溢れ、俺の体を突き抜けて行った魔力の波動。これは、いや、一つじゃない。幾つもの悪魔の気配が、混ざっている。
「始まったか」
ケーキは、明日だな。
『マスター、始まりました』
『ボス、この気配……分かるだろ?』
『主様、ソロモンが復活したかと思われます』
どうやら、使い魔達も気付いたらしい。まぁ、全員情報収集用に調整してあるので当然と言えば当然だが。
『全員、計画通りに。行ってくる』
俺は気配と魔力が起こった方を向き、その位置を確かめた。
『ご武運を』
『あぁ、任せたぜ』
『どうか、ご無事に帰ってきてくださいませ』
混乱が広がっていく街の中、俺は虚空から仮面を装着し、飛んだ。
♢
陸から見える富山湾。そこには、逆向きの教会が宙に浮いていた。更に、教会の周囲には数十体の悪魔が浮遊している。その内の幾らかは公爵級だろう。
「まだ、誰も居ないか」
富山湾の付近に居るのは俺と悪魔。そして、教会の中に潜んでいるであろうソロモンだけだ。周辺に住んでいた民間人は必死に逃げている。
『――――来たか』
声が響いた。嗄れた声だ。
「アンタがソロモンか?」
『如何にも。そして、貴様が老日勇か』
ソロモンか、こいつが。
「あぁ。紀元前の人間に会う機会があるとは思わなかった」
ソロモンは三千年くらい前の人間らしいが、少なくとも地球の純人でそれだけ昔の人間と会うことがあるとはな。
『一つ、提案がある』
「何だ」
悪魔達はこちらを見つめたまま動かない。ソロモンの制御下にあることは間違いないだろう。
『教会の中へ入って来い。そこから先は我の領域だ。当然、我に有利な領域ではあるがな』
「……どう考えても俺にメリットが無いんだが」
『ここで我と貴様が本気で戦えば人間と都市に対する被害は抑えきれぬ。だが、我が用意した領域の内側で戦えば別だ』
「それは、そうかも知れないな」
『それに……貴様は自分の身元を隠そうとしているのだろう? 我が領域に入れば外からは一切観測できない。その上、魔力の痕跡を残すことも無い訳だ』
「確かに、そうだな」
ここでは出せない全力が出せると考えれば良いかも知れない。
「だが、アンタの領域に頼らずとも俺が自分で結界を構築すれば良い話だ」
『結界を構築する以上、貴様の魔力は観測されるだろう。そして、その結界の規模が大きく、効果が強い程貴様の情報は熱心に探られるだろうな』
「……確かに、そうかも知れないな」
まぁ、良いか。
「じゃあ、それで良い」
『ほう。本当に良いんだな?』
試すような口振りで聞いてくるソロモンに、俺は頷く。
「あぁ」
最悪、聖剣でどうにでもなるだろう。
「――――戦闘術式、展開」
俺の体内に刻まれた魔術達が起動するのと同時に、俺は教会に向けて駆け出し……その途中で油断していた三体の公爵の首を落とした。
「じゃあ、行くか」
悪魔達が慌てて戦闘態勢に入るのを尻目に、俺は逆向きの教会の中に入り込んだ。
そこは真っ暗な空間だった。どこまでも広がっていると錯覚するようなだだっ広い空間。俺の戦闘術式によってこの空間の詳細が脳内に伝わってくる。
「当たり前だが、初手で殺す気だったのか」
真空状態で極低温と極高温を交互に繰り返している意味不明で危険な空間だ。しかし、戦闘術式を展開している俺にとっては無意味だ。
「次はそれか?」
俺の周囲から一斉に魔術が放たれる。顕在型のものは勿論、俺に直接効果を及ぼすものもある。
「この魔力、ソロモンか」
俺は魔術の波を背理の城塞の障壁によって全て受け切っていく。特に問題は無さそうだな。
「――――少し、驚いたぞ」
暗闇の中、さっきよりも明瞭に声が聞こえる。嗄れた声ではあるが、明確に肉声であると言えるような声だ。
「小手調べとはいえ、その障壁……まだ余裕があるな」
「そこか」
特殊な暗黒の空間に適応した俺の肉体はソロモンの姿を明瞭に映し出した。白髪を伸ばし、少し皺の入った老年の男だった。その手に嵌められた指輪は真鍮と鉄で作られた例の指輪なのだろう。
「生身で出てきて大丈夫か?」
ソロモンの懐まで一瞬で迫り、剣を振り下ろそうとした瞬間、俺の戦闘術式の精密感知範囲内に何かが割り込んできた。