表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/486

離戒の陣

 ぶわり、メイアの姿が朧に歪む。


「さぁ、どれが私か分かるかしら?」


 既に十分に広がっている薄い霧。その霧によってメイアの幻像が浮かび上がっていく。


「愚かだね。僕に幻の類いが効くとでも思ったのかな」


 ダンタリオンが腕を横に振るうと、夢幻の霧(ミラージュ・ミスト)がメイアの幻像と共に消え去った。


「いいえ? でも、試しすらしないのはもっと愚かでしょう?」


「確かにそうだね。だけど、何を試したって無駄さ」


 夜を具現化したような闇が体から滲み出しているメイア。夜の衣(ウティノクティス)は単純な強化に加え、吸血鬼として夜の闇の中と同じだけの能力を発揮することが出来る。


「『紅き血よ、高潔の刃を』」


 メイアの手に真紅の剣が生み出され、即座にその刃が振るわれる。


「あはは、良いね。良い力だ。良い魔術だ」


 ダンタリオンはその刃を避け、手を横に突き出した。すると、本が光ると共に銀色の剣が生み出された。


「えぇ、良い主から賜った力ですもの」


「そっか。ところで、君の弱点ってこれだよね?」


 銀の剣が閃き、メイアは顔を顰めた。銀は吸血鬼の苦手とする金属だ。当然、それだけでは脆すぎるが魔術によって作られたものなら別だ。


「『彷徨いの闇ヴァガリ・イグノラティア』」


 メイアは一旦距離を離し、続けて八つの闇を放った。無形のそれは空中を泳ぐように彷徨いながら、不規則な軌道でダンタリオンに向かって行く。


「悪くないけどさ……闇は光で滅すに限る。そうだろう?」


 本が光り、眩い光の槍たちが放たれて八つの闇に向かって行く。


「いいえ? 私は光を食らう闇があっても良いと思うけど」


 光の槍たちが全て一瞬の内に消え去った。


「『光喰らいアポッテ・ロポスキュリティ』」


 代わりにメイアの掲げた手の上に濃厚な闇が浮かび上がり、球状になった。


「さぁ、これでどうかしら」


 彷徨う八つの闇と漆黒の球体がダンタリオンに迫る。


「流石に触れる訳にはいかないからなぁ」


 闇に囲まれたダンタリオン。彼がニヤリと笑うと本が光り、そこを中心に闇が広がっていく。


「光で消せないなら、同じ闇で呑み込んでしまえば良いのさ」


「確かにそう、ねっ!」


 自慢げに言うダンタリオンの懐まで迫り、真紅の剣を振るうメイア。


「おっと、危ないなぁ」


 ダンタリオンは笑みを浮かべたまま剣を回避し、そしてメイアの腕を掴んだ。


「無駄よ」


 掴まれた腕は霧に変化し、ダンタリオンの手はすり抜けた。


「厄介だね。だけど、やりようはあるさ」


 本が光ると、霧となった腕を囲むように小規模な結界が展開された。


「ほら、こんな感じでね」


 結界は急速に収束していき、内側の霧ごと消滅した。


「それに、僕は既に君の技を全部知ってるんだ。それを踏まえて戦ってるかって言うと微妙だけど……これ以上僕に何か出来はしないってことは分かってるよ」


「だから、何かしら」


 メイアは失った腕を気にもせず、片腕で紅い剣を構えた。


「単純に詰みってことさ」


 本が光った。メイアの周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、それぞれから銀の鎖が放たれる。メイアは全身を霧に変え、鎖が体に触れないようにした。


「だからそれ、詰みだって」


 霧を囲うように結界が展開され、急速に閉じていく。それはメイアの腕を消滅させたときのように霧を呑み込んだまま収縮し、そして……消滅した。


「あ、死ぬ瞬間の思考ぐらい見とけば良かったかな」


 ダンタリオンは放置していた蘆屋の方を向く。


「ま、良いや」


 視線の先、蘆屋とその式神達は白色のオーラ……霊力を濃く纏っていた。


「さて、メイアちゃんが命を賭けて稼いだ時間を生かせるかな?」


 ダンタリオンが笑みを向けると、蘆屋も笑みを浮かべた。


「記憶を見たのに何も知らないんだね、悪魔」


 鬼熊のフジと犬神のイリンが同時に駆け抜けてくる。さっきまでとは比にならないスピードで迫る二体にダンタリオンは眉を顰めた。


「へぇ、速いね。確かにそれなら僕と戦えるかも知れない。でもさ……」


 ダンタリオンの体が蘆屋の目の前に転移する。


「本体を疎かにするのは頂けないね」


 突き出される拳。アオの転移によって蘆屋はそれを逃れるが、続けてダンタリオンはその転移先へと転移した。


「さぁ、終わ――――ッ!」


 アオの転移には再使用までの冷却時間が必要になる。そして、それを待たずに繰り出された拳は蘆屋を貫こうとして……紅い剣がそれを止めた。



「――――ふふふ、ごきげんよう」



 そこには、夜の衣を纏った無傷のメイアが立っていた。


「あれ、流石に殺したと思ったんだけど……あぁ、なるほどね」


 メイアの記憶を読み取り、ダンタリオンは何が起きたかを理解した。


「あはは、再生しなかったのはそういうことかぁ」


 メイアの消滅した右腕が再生しなかったのは、地面に零れた血から離れた場所で右腕が復元されていたからだ。メイアの全身が消滅した後、蝙蝠の姿となっていたメイアの右腕から全身が再生し、今ここに立っているのだ。


「ガァアアアアアアッッ!!」


「おっと」


 気を抜いていたダンタリオンの背後からフジが迫り、猛烈な勢いで黒い漆のような爪を振り下ろした。が、ダンタリオンはギリギリで反応して回避した。


「アォオオオオオンッッ!!」


「ちょっと、多いなぁ」


「『現身に碇、移し身を許さず』」


 続けて振るわれたイリンの爪も回避したダンタリオンを蘆屋は睨んだ。


「『離戒の陣』」


 ダンタリオンを中心に陰陽術の結界が広がった。効果は結界内での転移の禁止、対象は指定された相手のみだ。しかし、範囲は広くはなく脱出を防ぐ効果も無い。


「この範囲から逃がさないようにッ、良いねッ!?」


「分かったわッ!」


 メイアの体から何箇所も血が噴き出すと、宙を舞う血流は触手のように伸びてダンタリオンの体を囲い込んだ。


「便利だね、吸血鬼ッ!」


「逃がさないっ!」


 流石に自身に迫る危機を察したのか全力で跳躍し、血の触手たちから逃れた。そのまま本の魔術によって浮遊し、結界の外に逃れようとするダンタリオン。


「『転解氷呪』」


 だが、結界から逃れる寸前のダンタリオンの周囲にアオの能力で転移してきた札が纏わりつき、その札を起点にダンタリオンの全身が凍てついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ