ダンタリオン
軽薄な笑みを浮かべるダンタリオンが本を開くと、ページに刻まれた文字が光った。
「さぁ、これで逃げられないよ」
発動する魔術。彼らを囲むように広い結界が展開された。中から外に出ることを禁じ、外からは気配を隠す高度な結界だ。
「『式神召喚』」
蘆屋はその結界を見て冷や汗を垂らしつつも、用意していた式符を放り投げた。
「『恨み砕く犬神、イリン。移し乱す送り雀、アオ。圧し殺す鬼熊、フジ』」
白い毛並みに黒い斑模様の虎や獅子ほどの大きさの犬、チチチと鳴く青い雀、直立歩行する二メートル超えの熊。三種類の式神は蘆屋を守るように現れ、ダンタリオンを睨んだ。
「いやぁ、権能が効かない上に式神かぁ。まぁ、でもさ」
ダンタリオンがニヤリと笑い、右手に持っていた本をパタリと閉じた。
「純粋なステータスの差が大きすぎるんだ」
ダンタリオンの体から、大量の魔力が溢れた。
「ッ、これは……!」
「結構やばいね、この魔力……!」
冷や汗を垂らす二人に、ダンタリオンは余裕の笑みを見せた。
「別に能力なんて無くても関係ないのさ」
ダンタリオンが両手を広げると本が宙に浮かび上がり、独りでに開いた。本のページに刻まれた文字が光ると、その背後に無数の魔法陣が浮かんでいく。
「さぁ、始めようか」
魔法陣達から一斉に魔術が放たれる。炎に氷に風に、様々な魔術が二人に襲い掛かる。
「『張りて守りて、四方の三角』」
言いながら蘆屋は手印を結ぶ。その横でメイアが体を霧に変え、その場から姿を消した。
「『錐領護結界』」
四角錐の形に張られた結界。そこに直撃する魔術の数々、結界は耐えきれずにものの数秒で崩壊したが、既に蘆屋は式神ごと結界の中から消えていた。
「あはは、良いねぇ。一撃で終わったらつまらないしさ」
送り雀のアオによって転移され、攻撃を逃れていた蘆屋。霧となって逃げ、攻撃を避けたメイア。それを見てダンタリオンは嬉しそうに笑う。
「イリンは僕の護衛ッ! フジは攻撃ッ、アオはサポートッ!」
蘆屋の前に立つ犬神。ダンタリオンへと駆けて行く鬼熊、転移によってその姿を晦ます送り雀。蘆屋は指示を出しつつもその手で新たに印を結んでいる。
「グォオオオォッ! 死ねぃッ!」
「あはは、怖いねぇ」
猛烈な勢いでダンタリオンに襲い掛かった鬼熊のフジ。押しただけで猿を殺せると言われるその腕の一振りをダンタリオンは片手で受け止めた。
「えぇ、怯えたまま死ねば良いんじゃないかしら」
背後から現れたメイア。同時に放たれる紅い血の刃。ダンタリオンはフジの手を離し、ひらりと血の刃を躱した。
「ひどいなぁ、女の子がそんなこと言うもんじゃないよ?」
「軽薄な貴方に何を言われても響かないわ」
未だ余裕を崩さないダンタリオンに、今度は十以上の血の刃が同時に放たれた。
「仕方ないなぁ」
ダンタリオンの本に刻まれた文字が光り、ダンタリオンを守るように紫色のバリアが展開された。紅い血の刃は全て球状のバリアに弾かれてしまう。
「これを使うと詰まらないから、好きじゃないんだけどさ」
肩を竦めて言うダンタリオンのバリアにフジの拳が衝突し、ピシリと罅が入った。
「ッ、おっと……そうかそうか。霊力か」
ダンタリオンは一瞬だけ軽薄な笑みを消し、静かに呟いた。
「あはは、霊力まではこのバリアにも耐性が無かったみたいだね。それはちょっと、考えてなかったなぁ」
続けて振るわれるフジの拳が中空で停止する。その腕に魔法陣から伸びた鎖が繋がっているからだ。
「んー、本気で殺そっかな」
ダンタリオンの姿が掻き消える。蘆屋の背後まで一瞬で移動したダンタリオンはその拳を躊躇なく突き出した。
「チチチッ!」
「面倒臭いなぁ」
送り雀が鳴くと、蘆屋の体が転移され、拳は空を切った。
「アォオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!」
主を殺そうとした男を前に怒り狂い、巨大化するイリン。その鋭い爪の一振りを避けようとしたダンタリオンだが、爪は代わりに彼よりも的が大きいバリアを破壊した。だが、ダンタリオンは構わずカウンターの拳を叩き込む。
「ぐぬぉッ!」
「先ずはいっぴ……チッ、面倒臭いな」
仰け反るイリンに止めを刺そうとするダンタリオンだが、アオの能力によってイリンは転移で攻撃から逃れた。
「グリモワ。手加減とか無しで殺しちゃって良いよ」
ダンタリオンがそう言うと、宙に浮かぶ本が答えるように光った。
「そして、最初はあの小鳥だね」
そう言って空を舞うアオに向かって跳ぼうとした瞬間、足元がドロリと溶けた。
「あら、思い通りに動けるとでも思ったの? これは一対一じゃないのよ」
足元を見るダンタリオン。そこは血の沼だ。藻掻けば藻掻く程深みへと沈む紅血の沼。通常の血液では有り得ない程の粘度と、そして触れるだけで魔力と体力を吸われているのが分かる。
「そうかい。だが、言っておくけどこっちも一人って訳じゃない」
本に刻まれた文字が光ると、ダンタリオンの体が浮き上がって血の沼から抜け出した。
「僕とグリモワは二人で一人さ。それを理解しておかないと僕には勝てないよ」
「確かに、飾りではないみたいね」
血の沼が蠢き、沼自体が空中のダンタリオンを掴もうと動くが、更に上へと浮遊してそれを逃れる。
「『夜の衣』」
メイアの体から闇が溢れ、それが体にぴったりと纏わりついて染み込んでいく。
「悪魔と吸血鬼、どちらが強いか勝負しましょう?」
「あはは、面白いね。試そうか」
送り雀を殺そうとしていた筈のダンタリオンは、楽しそうな表情でメイアに振り向いた。