土と影
あれから俺達はソロモンの復活に備え、ステラ以外は富山のホテルに移った。
「これで四つ目か」
ソロモンの復活地点であるという北陸は、調べると何人ものソロモンの配下達が見つかった。どうやら復活と同時に幾つもの混乱を巻き起こす準備をしているらしい。
「少なくとも二か所の異界の崩壊は事前に防げましたね」
「あぁ、そうだな」
メイアの言葉に頷く。既にそこそこの被害を未然に防ぐことに成功している筈だ。忍者も忍者で動いているらしいので、かなりソロモンの戦力を削れていると言って良いだろう。
「とはいえ、だな……」
この付近で復活することを俺達が知っていることにソロモンは気付いているだろう。これによってソロモンが復活を遅らせたり、場所を変更する可能性がある。
「復活の形式によるな」
ソロモンの復活。それが入念な準備や儀式が必要なものであれば、今更別の場所に変えるのは難しいだろう。その場合なら既にソロモンはこの地で準備を進めている筈だ。復活の場所を移すなら、その準備は無に帰すことになる。
「まぁ、一先ず今日のところは寝るか」
もう夜も遅いからな。ソロモンがいつ復活するかは分からないが、いつまでも寝ない訳にはいかない。
「ご一緒しましょうか? 主様」
「……二部屋取ってあるだろう」
メイアは残念そうな表情を浮かべ、部屋を出て行った。
♦……蘆屋視点
陰陽師の集会が終わった僕は、さっさと建物から出て帰っていた。
「干炉」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには僕と同い年の黒髪の男……土御門 善也が居た。こいつ、僕と帰り道が別の筈なんだけど。
「ごめん。俺、ソロモンの話は国からの筋で家から聞いてたんだけど、秘密だって言われて今日話されるまで言えなかった。復活時期とか場所とか、実は昨日にはもう知ってたんだけど……ごめん」
陰陽寮の長を務める土御門家の嫡子であるこいつは親から一足先に聞いてたんだろうけど、どうでも良い。
「いや、別に良いけど。じゃあ、僕行くから」
「待ってくれ。やっぱり、怒ってるよな……だけど、俺も土御門の陰陽師である以上、家の約束を破ることは出来なかったんだ」
怒るとかじゃなくて、本当にどうでも良いんだけど。そもそも、そのソロモンの情報を突き止めたの僕だし。
「大丈夫だから、じゃあね」
「待って!」
善也が僕の腕を掴もうと手を伸ばした。
「ッ、やめてくれないかな」
善也の腕を振り払い、僕は足早に歩く。
「ッ、ごめん。どうしても干炉を引き留めたかったんだ」
「……何」
僕は諦めて足を止め、善也の方を見た。
「ソロモンの召喚時期、聞いたと思うけど……俺と逃げよう。ソロモンはヤバいって、どう占ってもそう出るんだ。絶対、戦って勝てる存在じゃない」
「悪いけど、僕は逃げないから。一人で逃げたら?」
こいつ、さっきまで土御門の陰陽師である以上とか言ってた癖に誇りは無いのかな。
「ッ、干炉……君ならそう言うだろうって、分かってた」
分かってたなら言わないで欲しいな。出来るだけ、こいつと会話したくないし。
「だから……強制的に止まってもらう」
善也の体から霊力が溢れる。そして、その脇に巨大な蜘蛛が現れた。鬼の面を張り付けたような顔に、膨れ上がった虎の胴体、そこから伸びる蜘蛛の手足。大きさは五メートル以上ある調伏済みの妖怪、土蜘蛛。
「ここはもう結界の外側だから、バレることは無い」
「……本気で言ってんの?」
僕は仕方なく式符を取り出そうとして、視界の端で蠢く影に気付いた。
「一応言っとくけど、やめた方が良いよ」
「いいや、やめない。代々、俺達の家はライバル同士だったって聞くから……ここで、決着を付けよう」
僕は善也の言葉を無視して、取り出しかけた式符を戻した。
「ッ、何を……そうやって、戦わない姿勢を示して逃げる気か。悪いけど、今日に限っては無抵抗でも容赦はしない」
僕は善也の表情が少し喜色に染まるのを見た。
「……だから、嫌いなんだ」
何とも思ってない風を装って、こいつは僕のことをライバル視してる。それだけなら別に良いけど、その奥底では僕をねじ伏せたいと思ってる。こいつの目的は僕に勝つことじゃなくて、僕より上に立って、優越感に浸って、僕を見下すことだ。
だから、嫌いなんだ。そんな奴ばっかりだ。女の僕が優秀なのが気に入らなくて、でも顔は良いから気に入られたくて……気持ち悪い。
「ふふ」
だからこそ、僕はあの人に興味が湧いたんだろう。僕に対して何の感情も持っていなかった、あの人に。
「それが、今はこんなことになってるなんて面白いよね」
「何の話か分からないけど……行くぞ干炉ッ!」
善也が土蜘蛛と共に駆けてくる、その瞬間。
「あとさ、僕何回も言ってるよね」
土蜘蛛と善也の足元、影から伸びた影の腕。それらは一人と一匹の体を雁字搦めに拘束した。
「干炉って呼ぶのやめてくれないかな。気持ち悪いからさ」
「ッ、あ、蘆屋ッ! 待てッ!」
僕は影に捕らわれた善也を無視し、踵を返した。
「僕、これから仕事だから」
僕は手を振ることもせず、その場を去った。青空を一匹のカラスが飛んでいくのを視界に捉えながら。