赤と黒
三人に分身した忍者。対するこちらは二人、人数不利だな。
「取り敢えず、国や陰陽師への報告はアンタに任せようと思うが……俺達のことは話に出さないで欲しい」
「分かっているでござる。完全に独自のルートで拙者が発見したことにするでござる」
まるで手柄を横取りしているみたいだな。まぁ、事実としてはそうなんだが。
「じゃあ、頼んだぞ」
「待つでござる。連絡先を交換するでござる」
ぼうと燃えて消えた分身。残った本体が慌てて止めた。
「どうする、蘆屋」
「え、これ僕もなの? 僕は嫌だけど」
「何故でござる」
若干ショックを受けた様子の忍者から蘆屋は視線を逸らした。
「僕、男って苦手なんだよね」
「……で、ござるか」
忍者は諦めたように俺に視線を向けた。
「俺も、流石に国家の犬を連絡先に入れておきたくは無いな」
「言い方悪いでござるなぁ」
ただの警察くらいなら良かったのだが、こいつはちょっとディープすぎる。
「……別に、拙者は別に良いでござる」
拗ねたように言う忍者。こいつ、何歳なんだろうな。
「何歳なんだ?」
「秘密でござる」
うざったい返しだな。
「しかし、連絡先を交換しないにしても何かしらの連絡手段は持っておいた方が良いでござろう。拙者としては、少なくともどちらかとは連絡を取れる状態にしておきたいでござる」
「……分かった。俺がLINKを交換しよう。ただ、それ経由で俺のことがバレるなんてことは無いようにしてくれ」
「当然にござる」
仕方なしとスマホを取り出し、俺は忍者と連絡先を交換した。
♦
福井県敦賀市、海岸沿いに並ぶコンテナの群れ。ここは敦賀港、鞠山南地区の物流ターミナルだ。日本海沿岸部のほぼ中央に位置するその港は重要な物流拠点の役割を担っている。
「おい、さっさとしろ。万が一にでもバレたら面倒だろ」
「あ~? 良いだろ別によォ。バレたって殺しゃ良いだけの話だぜ? そもそも、俺らみてぇな強者がこんなこそこそしてること自体がおかしいと思わねぇ?」
二人の男がコンテナの一つから中身を漁っている。一人は剣を携えた黒髪の男、一人は何も持っていない赤髪の男。
「確かに俺達は強いが、無敵じゃない。流石に一級相手じゃ勝てるか――――ッ!」
男の背後から投げつけられた手裏剣。夜の闇に紛れて迫る凶刃はギリギリで弾かれた。
「ッ、誰だッ!? どこだッ!」
「何だァ? 結界には何の反応も……ッ!?」
赤髪の男の背後に現れた濃紺色の装束を纏った忍者のような男、その手に握られた忍刀が赤髪の男の首を斬り落とした。
「ギドラッ!? テメェ……ッ!」
「其方に怒る資格など無いでござろう」
忍者は黒髪の男の懐まで一瞬で距離を詰めた。ギリギリで男は剣を構え、防御を間に合わせる。
「チィッ!」
「意外と動けるようでござるな」
忍者が黒髪の男の剣を弾くと、男は衝撃に耐えきれず一歩後ろに下がった。
「なッ!?」
しかし、下がったその場所にあったのは幾つもの小さな撒菱のようなもの。それは踏まれた瞬間に弾け、飛び出した黒い粘性の液体は男の足を捕らえた。
「やらせっかよォ!」
「生きていたでござるか」
首を刎ねられた筈の赤髪の男。何故か五体満足で動いているその男は魔術を放ち、忍者を囲むように透明な障壁を生み出した。
「ッ、クソ……何者だ、お前……俺達に何の恨みがあるんだ」
「恨みは無いでござるが、其方らがしてきた悪行に関しては良く知っているでござる。そして、ソロモンに与する者であるということも」
忍者の言葉に、二人は唾をのみ込んだ。
「窃盗、強盗、殺人。何でもござれのならず者として裏の世界では元から有名だったみたいでござるな」
「そうだぜェ……『赤と黒』と言えば俺らのことよ。あと、随分余裕そうにしてるけどよォ……死ぬぜ、お前」
透明な障壁の中に囚われた忍者。その足元から煮え滾るマグマが沸き上がり、障壁の内側を埋め尽くした。
「はッ、余裕だぜマジで! ったく、ビビらせやがってコスプレ野郎がよォ!」
「おい、油断するなよ。まだ死んだとは限らない。それに、他にも敵が居る可能性も……ッ!」
赤髪の男の背後に忍者が現れ、刃が煌めいた。
「御免」
男の首が宙を舞った。そのまま忍者は黒髪の男へと距離を詰める。
「ッ、どうやって生き延びた……!」
「変わり身の術、でござるよ」
言葉と同時に、忍者の体が小さな袋に入れ替わり、既に剣を振ってしまっていた男はその袋を切り裂き、その衝撃で爆発した袋から大量の鉄片が飛んだ。
「ぐッ!?」
鉄片は男の皮膚を破り、肉を抉る。身体中に深い傷を負う男の背後から振り下ろされる忍刀。黒髪の男は自身の死を知覚する暇も無くその命を失った。
「お前ェええええええッ!!! 良くもッ、良くも佐久間をッ!!」
また蘇っていた赤髪の男は怒りのまま忍者に腕を伸ばし、魔術を放った。
「成る程、絡繰りは分かったでござる」
飛来する五本の赤く燃える炎の矢。追尾能力を持つそれを全て斬り落とし、忍者は赤髪の男の懐まで迫った。
「ッ、速――――」
「大した術では無いでござるな」
忍刀が目にも留まらぬ速度で振るわれ、赤髪の男の体を細切れにした。
「さて、これで三件目でござるな」
細切れになった男の体が燃え上がる。灰になった男は、もう二度と蘇ることは無かった。