蘆屋の占い教室
蘆屋と異界の中で落ち合った俺は人払いの結界を張り、早速ソロモンの魔力を伝えることにした。
「手を出せ」
黙って手を出した蘆屋。その手を握り、完全に記憶した魔力の波長と性質を共有する。
「ん……」
数秒もすれば共有は完了し、俺は手を離した。
「恐らく、それがソロモンの魔力だ。余り外れたことの無い俺の勘がそう言ってる」
「勘なんかで信じるのはアレだけど……やってみる」
蘆屋は土の地面に正座し、両手を合わせ、目を瞑った。
「『楓の老木、棗の木。人に似て天にあり、神鳴りて地を穿つ。日輪示す天将、天地表す十二の獣。星は知り、門は指す』」
蘆屋の周囲に風が吹き、ピリピリと空気が痺れるような感触がした。
「『六壬八門侙式占』」
風が止んだ。蘆屋が、目を開いた。
「……どうしよう」
その額を冷たい汗が伝っていくのが見えた。
「失敗したか?」
ふるふると、蘆屋は首を振った。
「あと、三日……」
蘆屋は強張った笑みを浮かべ、俺の表情を見た。
「三日後から五日後の間に、北陸地方から現れるって……どうする?」
流石に自分の知ってしまった事実に恐怖を覚えたのか、少し怯えたように尋ねる蘆屋。
「まぁ、何とかなるだろう。取りあえず、陰陽師の連中に報告はしておいてくれ。俺の名前は出来るだけ出さないようにな」
「……信じて貰えるかなぁ」
不安そうに言う蘆屋。その背後から、一人の男が颯爽と現れた。
「――――話は聞かせて貰ったでござる」
濃紺色の装束を纏った男。細い目出し穴から見える目がじろりと俺を見た。
「ッ、やばい! 聞かれちゃった……ど、どうする? こいつ、やっちゃう?」
「いや……その必要は無い」
立ち上がり、札を構える蘆屋の腕を下ろした。
「盗み聞きとは趣味が悪いな。何で居るんだ? 忍者」
「盗み聞きは忍者の嗜みにござる。何故ここに居るかと言えば、素行調査のようなものでござる。誰にも話せぬとはいえ、貴殿程の力を持った男を調べもせずに放置する訳にはいかんでござるからな。無いとは思うでござるが、ソロモン側の可能性もあるでござるから」
まぁ、一理あるな。
「流石に家の中には入っていないゆえ、安心して欲しいでござる。それに、こうして姿を現したことが何よりの誠意でござるよ。この会話で疑いが晴れたというのもあるでござるが」
「だが、ただ盗み聞きとストーカーの報告をしに来たわけじゃ無いんだろう?」
俺の言葉に、忍者は頷く。
「さっきの話、国と陰陽寮に共有するのは拙者に任せて欲しいでござる。実力も忠誠心も国には信頼されているでござるゆえ、拙者の言葉なら素直に信じて貰えるでござろう」
「……えと、誰?」
蘆屋は忍者本人ではなく、俺に尋ねた。
「忍者だ。強いぞ」
「情報量、少ないんだけど」
と言っても、確定してる情報はそれくらいだからな。
「国直属のエージェントとか、そんな感じだろうな、多分。少なくとも、ソロモン側じゃないことは確かだ」
「ふーん、信頼できるの?」
俺は顎に手を当て、俯いた。
「え、嘘。出来ないの?」
「微妙なところだな。だが、悪人ではない筈だ」
俺が嫌悪するようなタイプの人間と対峙すると、ぞわりと嫌な感じがする。勿論、それだけで悪人と決めつけはしないが、その感覚がしたときは大体クソ野郎だ。
「契約は使えるのでござろう? それで拙者の言葉の真偽を確かめれば良いでござるよ」
「そうだな。なら、今からは真実だけを話せ」
俺が言うと、忍者は目を細めた。
「範囲広すぎでござる。今から、いつまでが決められた話で無いと流石に契約する気になれんでござるよ。仕事柄、嘘を吐く必要だってあるんでござるからな」
「冗談だ。今から、俺達が別れるまでは全て真実を話せ」
「相分かった」
俺が差し出した手を忍者は掴み、契約は成立した。
「ならば、改めて……拙者、十九代目服部半蔵、名を正忠。こそこそと付け回した詫びはこの名で免じて頂きたい」
「服部半蔵か。結構、有名どころだったんだな」
サインでも書いてもらった方が良いかもしれない。サインを見せても信じる奴なんて一人も居ないだろうが。
「先ず、最初に……アンタは俺達の敵か?」
「違うと思うでござるよ。潜在的にそうである可能性はあるかも知れないでござるが、少なくとも現時点では敵ではないと思っているでござる。それに、敵対する予定も無いでござるな」
欲しかった答えが得られた俺は頷いた。
「じゃあ、国に所属しているってのは本当か?」
「本当でござる。他の組織に潜入する為に所属したりもしてるでござるが、拙者が忠誠を誓うのはこの日ノ本のみよ」
「一応聞いておくが、さっきまでの話で俺達に一つでも嘘を吐いたか?」
「多分吐いてないでござる」
国に忠誠を誓ってるっていうのは本当みたいだな。それに、さっきまでの話で嘘を吐いてないなら国が忍者を信頼しているというのも本当だろう。
まぁ、実力的に信頼されていなければおかしいとは思うが。
「そうだな。俺はこのくらいで良いと思うが……お前は何かあるか?」
「僕? んー……忍者って分身の術とか使えるの?」
忍者はニヤリと笑い、手を組んだ。
「「「当然でござる」」」
三人に増えた忍者が言うと、蘆屋はぱちぱちと手を叩いた。ここは忍者体験教室か何かか?