理、そのもの。
有名どころ以外にも強者は眠っているものらしい。魔術師なんかもハンターとしてはそこまで精力的に活動していない者も多いと聞く。何だかんだ、帰って来てから死ぬような危険に陥ったことは無いからと楽観視し始めていたが、女神の忠告を思い出すべきかも知れないな。
「有り体に申せば、この異能を見せる気は無かったんでござるが……久しぶりに、興が乗ってしまったでござる」
「そうか」
俺は戦闘術式により収集された情報から本当の意味での本体に剣を向けた。
「来い」
忍者達が同時に襲い掛かる。全員が術によって身体強化され、あの業物の忍刀まで全員が共通して持っているのだ。
「竜尾斬りッ!」
「雷遁の術、白光球ッ!」
「地隆縛足の術ッ!」
青いオーラを纏った刃が障壁に食い込み、挟まれる。白く光る雷球がパチパチと弾けながら飛来し、障壁に弾かれる。足元の地面が隆起し、俺の足を呑み込もうとして障壁に阻まれる。
「本体がどれかは、もう分かってる」
俺は臆することなく、異能によって生み出された分身の一体を斬り殺した。ただ両断しただけでは再生するようだが、その根本である呪いは戦闘術式によって自動的に阻害された。
「どこかに隠れていれば良かったんじゃないのか?」
本体に向けて問いかけつつ、更に分身を一体両断する。
「もしどこかに隠れて見つかれば、分身を一息に殺されるかも知れんでござるからな。拙者が分身に混ざって戦えば大規模な技は使えまいよ」
「なるほどな」
俺の近くには二体の分身。そしてそれを遠巻きに見守りながら印を結んでいる三体の分身と本体。
「動くな」
印を止めようとするも、流石にこの程度では何の効果も無かった。一瞬止まるくらいは期待していたんだが。
「無駄でござるよ!」
「ここから先には行かせんでござる!」
二体の分身が俺を前後から囲み込むと、俺を覆うように空間が歪んだ。
「ッ、意味分からんでござるなぁッ!」
歪んだ空間の檻をそのまま無傷で素通りし、印を結んでいる後方の忍者に詰め寄ろうとしたが、二体の分身が立ち塞がった。しかし、進路を塞ぐ以外の全てを捨てた移動はかなりの隙を晒し、防御や回避の体勢を整えられていない。
「まぁ、こっちでも良いか」
俺は同時に二体の分身を斬り殺した。瞬間、俺を遠巻きに囲む四体の忍者から嫌な気配が膨れ上がった。
「ッ、これは」
四方八方から無数の苦無が飛来する。百を、いや千を超える苦無は空間を引き裂きながら俺の周囲の空中に突き刺さっていく。だが、俺の障壁は流石に突破できていな……違う。
「攻撃じゃない、結界だ」
空中に突き刺さり俺を取り囲む千以上の苦無。それらから大量の紙札が溢れ、俺の視界を埋め尽くす。
「不味いな」
空間が圧迫され、身動きすら取れなくなりそうだ。魔術によって全ての紙札を燃やそうとするも、代わりに一つの紙札が消滅しただけだった。なるほど、この紙札は魔術を阻害する為のものらしい。魔術、若しくは魔力の誘引だろう。
「性質は分かった」
俺の体から大量の魔力が放出される。すると、付近の紙札から魔力に耐えきれず溶けて消えていく。が、その途中で空中に突き刺さった苦無達が強い魔力を、呪力を、霊力を発し始める。
「結界封印か」
大量の苦無は結界を、そして封印を成立させる為の楔。結界を破綻させるにはあれを壊す必要がある。
「『亜空結界封印』でござるッ!! 流石にどうしようもないでござろうッ!」
転移の類は無効化され、他の魔術もまだ残っている紙札に吸われる。苦無は結界の外側にあるという性質上、結界の破壊も魔術無しでは難しい。それに、そもそも数も多いしな。アレの何割を破壊すれば結界が崩壊するのか分からない。
確かに、どうしようもないな。しかし、封印か。こっちが魔王にでもなった気分だな。
「封印ッ、成立にござるッ!!」
視界が闇に呑まれる。宇宙の中に放り出されたような漆黒の空間だ。本来なら思考能力も奪われ、体を動かすことすら出来ないようだが、俺の戦闘術式がそれを無効化していた。
「魔術が霧散するな」
外部に影響する魔術は使えないと思った方が良いだろう。
「……仕方ないか」
俺はその場で剣を構え、自身の奥底に眠る力を引き出した。
「理不尽で不条理で、意味不明な力だ」
体から透明な力が揺らめき、溢れる。
「神力って言うんだが」
俺の体から溢れ出たそれだけで、この結界が揺らぎ、封印は不安定になっている。全ての創世の素である圧倒的なエネルギー。
魔力が理を外れた力であるとすれば、神力は理そのものだ。常に自分が正しいと妄信している力。傲慢で他を見下しているような力。だから、俺は好きじゃないんだが。
「仕方なし、だ」
神力を纏った剣を、振り上げた。すると、いとも容易く結界に、封印に、穴が開いた。結界は自身を保つことが出来ず、そのまま直ぐに崩壊した。
♢
教会の中に戻ってきた俺は、封印を解こうとしていたらしい忍者に片手を上げて挨拶した。
「さっきぶりだな」
忍者はギギギとゆっくり顔を上げ、俺を見た。
「ご、ござ……」
「鳴き声みたいになってるぞ」
忍者は俺の言葉も意に介さず、頭を抱えて蹲った。
「意味分からんでござぁ!?」
まぁ、意味の分からない力で脱出してきたからな。意味が分からなくてもしょうがない。