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霧の中で

 揺れる視界の中で起き上がり、自分の体に突き刺さるような痛みが無いことを確かめる。


「クヒヒ、蟻道(ぎどう)さん」


 何が何だか分からない中、ネズミの声が聞こえた。周りを見回すと、そこは俺の執務室である地下だった。


「どうやら、貴方は……いや、貴方だけでなくこの事務所内の全員が幻を見せられているようです」


「幻、だと?」


 あの痛みや苦しみが幻だとは思えないが……だが、それなら辻褄は合う。


「なるほどな、だから傷を負っても殺されても無傷で生きてたって訳か」


 クソムカつくことだが、俺はあのクソ女に幻を見せられていたということらしい。


「だが、今この瞬間も幻か現実かわかりゃしねえな」


 どのタイミングから幻覚に入るのか、全く分からなかった。今も幻を見せられている可能性だってある。


「いえいえ、その心配はありませんとも。この幻はどうやら事務所に薄く満ちた霧を媒体に見せられているようでして、それを払ってあるここなら大丈夫でしょう」


 なるほどな。流石は魔術の知識があるだけはある。


「それで、あのクソアマはどこ行った? あのガキをぶっ飛ばさなきゃ気が済まねえんだが」


「どこに行ったかまでは私にも……」


 カツ、カツ。階段から降りてくる足音が聞こえた。


「ふふ、呼んだかしら?」


 優雅な動きで階段を降りてくる女。俺はニヤリと口角を上げた。


「ハッ、馬鹿がッ! 素直に姿を見せやがったな」


 俺は自分の机から拳銃を取り出し、女に向けて構えた。


「おい、ネズミ……こいつぶっ殺すぞ」


「クヒヒ、分かっておりますとも」


 ネズミが女に手を向けて何かを囁くと、女の足元がドロリと溶けて泥のようになった。今だ。今なら、動けないだろッ!


「よくやったッ!」


 引き金を引く。発砲音が響いた。


「……は?」


 にっこりと笑う少女。その華奢な指に、放たれた弾丸が摘ままれていた。


「クヒッ、まだですよぉ!」


 呆ける俺を横目に、ネズミが叫ぶと、泥のようになっていた地面がうねり、少女を足元から捕まえようと動いた。


「ふふ」


 泥に呑まれていく少女。その体が一瞬にして白い霧へと変じた。


「ッ!? 体が霧になったぞ? これは幻じゃねえのか!?」


「ッ、うるさいですね。何も出来ないなら黙っていてくれませんかねぇ!」


 なッ、こいつ……ネズミの癖に、俺にッ!


「テメェ、俺にそんな口聞いてただで済むと思ってんのかッ!?」


「あのですねぇ、今まではお飾りとして立ててあげていたんですよ。そんなことも分からずに偉ぶっていた貴方は滑稽でしたよ」


 ネズミの胸倉を掴みにかかるが、足元が泥に変わって俺は地面に転がった。見上げると、ネズミがニヤニヤとムカつく笑みを浮かべていた。


「ふふ、喧嘩? 強くも無い癖に拳銃と怖い顔だけで強いフリをするおじさんと、表では大した成果も残せないからって裏で影の支配者面してる三流魔術士さん……どっちが強いのかしら?」


「ッ! 黙れよクソガキがッ!!」


 何とか泥の地面から這い出て、殴りかかるも、俺の拳は簡単に受け止められた。


「幾ら体格が良くても、私には勝てないわ」


「クソッ、何で……ッ!」


 女は拳を掴んだまま、放そうとしない。


「もう、時代遅れなのよ。銃だけじゃ勝てない個人が居るようなこの時代じゃ、どうやったって貴方達のやり方は限界があるの。分からない?」


「ッ、知らねえなッ!!」


 分かってんだよ、んなことは。俺だって裏社会の一員だ。魔術や異能を使ってやべえことしてる奴らが居ることなんて知ってるし、そいつらが俺を見下して笑ってることだって分かってる。


「クソッ、クソッ! 死ねやッ!」


 左手に持った拳銃を女に突き出しながら引き金を引いた。


「く、そ……何で、そんな強ぇんだ……ッ!」


 弾かれた弾丸は壁にめり込み、小さく煙を上げている。至近距離でぶっ放したのに反応されるなんて、最早意味が分からない。


「強くなろうと、強く在ろうとしたからよ。貴方は、その努力もしてこなかった。貴方は強者から目を逸らして、弱者をいたぶって強いフリをしてただけで、強くなろうとはしなかった」


「だ、まれ……ッ!」


 説教なんて、聞きたかねぇんだよ。


「だから、貴方はここで死ぬの。今まで痛めつけて来た人の……殺してきた人の、報いを受けるの」


 女の言葉と共に、足元が赤い血の沼へと変化する。俺の体はずぶりと血の沼へと沈んでいく。


「ッ、何だ、これッ! おいッ、やめろッ! ネズミッ、どこ行ったッ!? 俺を助けろッ!!」


 首まで……そして、頭まで、俺の体は血の沼に沈んだ。


「ッ、クソ……」


 完全に沈みきったところで、血の沼は元の地面へと戻った。硬い地中では一切の身動きが取れない。呼吸も出来ない。明かりも無い。絶望の中、俺の顔の辺りの地面に一筋の穴が開けられた。


「ッ、呼吸が出来るッ!」


 小さな穴では息苦しいが、何とか呼吸は出来る。このまま助けを待てば、助かるんじゃないか。


「別に助けた訳じゃないわ。それに、何があっても助けも来ないから……」


 俺を絶望に誘う言葉。女の声が無慈悲に告げた。



「――――長く、苦しみなさい。貴方が苦しめた分までね」



 俺は全く身動きが取れない暗い地中の中、か細く呼吸を続け、ただこれが幻であることを祈り続けた。

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