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狩人の悪魔

 敵の殆どが悪魔。そして、圧倒的な数。これを捌くのに丁度いい魔術がある。


「『聖なる嵐サンクトゥス・テンペスタス』」


 俺を中心に、光の嵐が吹き荒れた。風は聖なる光を帯び、悪魔の軍勢を聖なる光で切り刻んでいく。


「『風は止む』」


 バルバトスが呟くと、聖なる嵐は一瞬で霧散した。現実に干渉し、事象を改変する能力だ。強度も低くない。こいつの結界内限定だろうが、厄介だな。


「アンタが野放しになっていたらと考えると、寒気がするな」


「お前が言うな、化け物め」


 バルバトスが弓の弦を引いた。放たれた矢は翠緑の光を帯びて俺に迫る。


「速いな」


 矢が近付いてきたところを斬ろうとしたが、その瞬間に矢は姿を消し、俺の背後に転移した。


「なるほどな」


 呟いている間にも、新たに矢が三本放たれている。動きが完全に制御され、領域内のどこにでも転移できる矢……厄介だな。だが、流石に俺の戦闘術式の範囲内に直接転移することは出来ないらしい。


「これはどうする?」


 バルバトスの懐まで一瞬で距離を詰め、剣を振り上げる。刃はバルバトスの体を切り裂き、真っ二つにした。


「……あぁ、そうなるのか」


 確実に二つに分かたれた肉体。だが、一つ瞬きをする間にその姿は完全に元通りになっていた。



「――――まさか、殺せたとでも思ったか?」



 再生した訳でも復活した訳でも無い。バルバトスは、初めから斬られても死んでも居なかった。そう、この現実が修正されたということだ。普通なら有り得ない事象だが、ここはバルバトスの世界の中。言ってしまえば一つの異界のようなもので、現実の法則は通用しない。


「とはいえ、珍しい訳でも無い」


 事象の書き換え、改変。それ自体は、全ての魔術に共通することだ。対策法はある。今回の場合は、一番簡単で分かりやすい対処法だ。


「次は、こちらの番だ」


 バルバトスが風に乗って宙を舞いながら、俺に指先を向けた。


「『衣は剥げる』」


「無駄だ」


 俺の体を纏っていた障壁に干渉された感覚があったが、障壁自体がそれを無効化した。


「それと、残念だが……」


 俺は魔術を唱え、剣を地面に突き刺した。



「――――時間切れだ」



 パリン、割れるような音と共にバルバトスの結界が破壊された。この結界の解析を終えるには十分な時間があった。


「ッ、高貴なる王たちよッ!」


 四体の王、その手に持っていたトランペットが黄金の剣に変化し、全員が俺に飛び掛かって来る。


「雑だな」


 四方から同時に襲い掛かってきた王を、俺は一度の斬撃で斬り殺した。


「『無量の矢筒、降り注げ』ッ!!」


 バルバトスが叫ぶと、天空から緑の光を帯びた矢の雨が降ってくる。どれもかなりの威力を持っているようだが、無意味だ。


「ッ! 何なんだ、その障壁はッ!?」


 それぞれが凄まじい威力を誇る矢の雨も、全て回生障壁(ファーストウォール)に受け止められている。


「『背理の城塞(ゼノン・アルチス)』」


 冥途の土産に俺を守る障壁の名を教え、そしてバルバトスの懐まで一瞬で距離を詰めた。


「じゃあな」


「ッ」


 反応すら出来ず、バルバトスの体は聖なる光に切り裂かれた。


「狩りは、終わり……か……」


 漆黒に染まったままの空を見上げ、バルバトスは消滅した。


「……しまった」


 全員殺してしまったな。


「情報を集めようと思ったんだが……アンタは、何か知ってるか?」


 俺はその場で立ち止まったまま、呟いた。



「――――あぁ、知っている。全てな」



 俺の目の前に、一人の男が現れた。やつれ、衰弱した様子の男だ。肌の色は極めて悪く、放っておけば死ぬレベルだろう。


「これは、俺の復讐だからだ。俺から、竜殺しへの」


「……なるほどな」


 どうやら、俺は蚊帳の外な話らしい。


「悪いが、俺はその竜殺しの封印を解くつもりでいる」


「そう、か……」


 男の体が風に吹かれて揺れる。足が一瞬だけ透き通り、直ぐに元に戻った。


「アンタ、この結界と同化してるんだろ?」


「その通りだ、老日勇。お前は、本当に……何者なんだ」


 男の問いに、俺は首を振った。


「今は何者でも無いな。ただの、ハンターだ」


「……そうか」


 男は漆黒の空を見上げた。


「アンタ、洗脳されてるのか? いや、暗示に近いか」


「分かっている。潜在していた竜殺しに対する敵意、殺意。それをソロモンに増幅されたんだろう。この結界と同化した時に気付いた。だが、この殺戮の言い訳にはならんな。増幅されただけで、元々は俺の感情だ。それに……殺戮も、その上では俺自身の意思だ」


「一応、俺ならアンタの結界との同化を解除することも出来る。その上で、自分から公的機関に殺されに行くって話ならだが」


 俺の提案に、男はどちらにも首を振らなかった。


「どっちでも良い。それを決める権利は、俺には無い」


「分かった。最後に、ソロモンについて話せることは無いか?」


 俺が聞くと、男は真剣そうな目で俺を見た。


「恐らく、もう少しだ。奴は、あと少しで復活する。今なら分かる。今回の俺による殺戮も、アイツにとっては想定内の出来事だったんだろう。寧ろ、そうなるように誘導されていたのかも知れない」


 数千人を殺した大罪人は、全てを諦めたような表情で空を見ている。


「地獄行きだろうな、俺は」


「あぁ」


 これで地獄に落ちないのなら、最早地獄が何のためにあるのかも分からない。


「それと、そうだ。ソロモンの話だが……奴は、既に多くの機関や組織と接触している。その内のどれだけが奴の手に落ちたか分からないが、既にお前の存在はソロモンに知られているからな……厄介なことになるかも知れない」


「いつものことだな」


 ご遠慮願いたいが、どうしようもないことだ。


「……竜殺しを起こすんだろ?」


「あぁ。もう、やるぞ」


 もしかすると、人が来るかも知れないからな。今のうちに、起こしておこう。


「この剣か」


 地面に突き刺さったままの剣。それは、魔剣の類いだ。この中に竜殺しは封印されている。だが、この程度の封印なら、解放は簡単だ。既に解析も終えている。


「『起きろ』」


 魔剣が揺れる。そして、ピシピシと亀裂の入るような音が聞こえ……男が姿を現した。


「あぁ……また、生き残ったのか」


 乾いた声で、竜殺しは嘆くように言った。


「アンタら、俺のことを口外しないと約束出来るか?」


「契約か? 別に良いが」


「君は……君が封印を解いたのか。勿論、構わない」


 全員の了承を得られたので、俺は契約の魔術を行使した。


「あとは……これで、結界との同化は断ち切った。竜殺し、そいつを警察か何かに突き出しておけよ」


「……分かった」


 何というか、全員顔が死んでるな。俺も含めてだが。


「じゃあ、俺は行くぞ」


 俺は余りにも陰気臭いこの場を後にし、漆黒の結界を素通りして外に出た。

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[一言] 擦り切れフレンズだな
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