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氷の巨人

 新潟県糸魚川市。海底より現れたというその魔物は、一言で形容すれば氷の巨人だった。


「浅瀬たぁ言え、海が凍るってのは相当だぞ……!」


「しかも、でけぇ! この図体ってだけでもクソ厄介な上に、そのでけぇ全身から冷気を放ってやがるんだから最悪だぜマジで」


 かなりの量が集まっているハンター達。しかし、その半数以上が何も出来ていない。


「おいッ、近付き過ぎるなッ! 冷気を吸えば内側から凍るぞッ!」


「それだけじゃない。氷の粒子を吸えば体内から傷付いて血を吐く羽目になる。ただ冷気に耐えられるだけで近付くなよ」


「酷いあられみたいなもんだからな……防御が薄けりゃ、息を吸わなくても死ぬぜ」


 七級や六級、五級どころか四級までのハンターは近寄ることすら出来ない。巨人の周辺に漂う冷気と氷の粒に対抗する手段を持たないからだ。息を吸えば、冷気と粒を呑み込むことになる。吸わなくとも、巨人を中心に吹き荒れる風に乗った氷の粒子に打たれて傷だらけになるか、そもそも凍死する。


「クッソ……駄目だ。俺じゃ、遠距離攻撃も通じねえ」


「俺もダメだ。冷気と鎧、両方を超えてダメージを与える手段が無い」


 巨人の周辺に漂う冷気で飛来する物は片っ端から凍り、風に呑まれて吹き飛んでいく。魔術も種類によっては完全に無意味となり、例え冷気と風を超えたとしても厚く硬い氷の鎧が待っている。


「通じなくても良いッ! 何かはし続けろッ! 俺達を敵だと思わせろッ! 無視して進まれるのが一番不味いに決まってるッ!!」


「意識を少しでも割かせるんだッ! 直接戦ってる奴らを少しでも楽にさせろッ!」


 男の言葉を証明するように、ちょこまかと色々なものを投げたり飛ばしたりしてくる虫ケラ共に腹が立ったのか、巨人は凍った海の上に居るハンターではなく、海岸沿いに居るハンターを見た。


「ヌォオオオオオォ……」


 低い低い唸り声を上げると、巨人の周囲に大きな氷塊が幾つか生み出されて風に乗り、緩やかな弧を描くようにして海岸沿いのハンター達に飛来した。


「ッ! 来たぞッ、防御班ッ!!」


 しかし、街や自分たちに攻撃された際の対策は既に為されていた。


「展開だッ!」


「全員惜しまず発動しろッ!」


 瞬時に、防御用の魔術や結界が展開されていく。それは魔道具によるものであったり、魔術によるものであったり、異能によるものであったりと様々だが、幾重にも重ねられたその防御を突破する程の威力はその氷塊には無かった。


「よしッ、防ぎ切れたぞッ!」


「直ぐ次に備えろッ! 喜んでる暇は無いぞッ!!」


 次を放とうとする氷の巨人。しかし、ハンター達もされるがままでは無い。


「っっざけんなやコラッ!!!」


「ヌ、ォォ……!」


 氷の巨人の顔面を思い切り殴り飛ばしたのは二級のハンター、嵯見(ざけん) 大和(やまと)だ。氷の巨人はよろめき、浮かべた氷塊の制御を失った。


「『紅蓮火葬』」


 隙を見せた巨人に、冷気の強風でも消えないほどの巨大で高温の炎を放つのは二級の燃野(もえの) 嬌花(きょうか)。回避は間に合わず、炎の塊は胸辺りの氷の鎧を溶かした。


「正に好機だッ! エコースピアを喰らえッ!」


 飛び出した少年もまた二級。彼が放った青く半透明で巨大な槍、それは異能によって作製された槍だ。真っ直ぐ進んで巨人の胸に突き刺さった槍は残像を残して消滅し、放たれる前の場所に戻ってからまた同じ軌道で放たれた。


「ヌォォォオッ!?」


 二度も巨大な槍を刺された巨人は流石に堪えた様子で、膝を突く。その胸から槍が消え去るが、三度目は流石に放たれず、巨人は自らを狩ろうとするハンター達を睨んだ。


「ヌ、ォォ……ヌォオオオオオオオオッッ!!!」


 氷の巨人は、その時漸く人間たちを敵であると認識した。怒りの咆哮を上げる巨人。冷気はその温度を更に下げ、風は嵐と形容していいほどに強まった。


「ッ!? まさか、こっからが本気ってことかッ!?」


「し、しかも……もう傷が塞がっていってるし……氷の鎧もッ!」


 巨人の胸に開いた穴はゆっくりと塞がり、それを覆うように溶けた氷の鎧が修復された。


「ヌォォオオ!」


 低く轟くような声。同時に、巨人の手の中に巨大な氷塊が生み出され、巨人はそれを大きく振りかぶって投擲した。


「やッ、やばいッ!」


「こ、これ、死ぬッ!?」


 後方に居たハンター達に飛来する氷塊。防御の準備はまだ殆どが間に合っていない。幾つかの魔術が展開されるが、一瞬で全てが砕かれた。



「――――アンタ達ッ、下がりなさいッ!」



 現れた少女。纏うは白銀のドレス。まるで魔法少女のような恰好だが、ステッキも無ければ顔は銀色の仮面で覆われている。

 その少女は飛び上がると、空中で拳を大きく溜めた。


「『銀の腕(アガートラーム)』ッ!!」


 振り抜かれる拳。それと同時に、空中から蔦が全体に巻き付いた大きな銀色の腕が出現し、氷塊を着弾する寸前で粉々に砕いた。


「銀の魔法少女ッ!?」


「なッ、噂はマジだったのかッ!?」


 魔物による災害が起きた時にだけ現れ、市民を助けるという少女。ネット上にある幾つかの写真や動画を除けば全く情報が無く、捏造の噂もある彼女だが、今日ここに現れたのは全くの事実だ。


「良いからッ、後は任せて下がりなさいってばッ!」


 少女はハンター達の前に立ち、巨人を睨んだ。


「アンタのせいで何人も死んだらしいわね……ぶっ飛ばしてやるわッッ!!!」


 地を蹴り、人間の域を超えた脚力で跳躍する少女。冷気の嵐の中に突入し、僅かに怯んだがそれでも止まらず、空中で一歩を踏み出した。


「ぶん殴るッ!!」


 空中で踏み出された一歩。それは空を切ることなく、生まれた真っ白い雲を足場にして少女はさらに飛び出した。


「『銀の腕(アガートラーム)』ッ!!」


 現れる銀の腕。それが思い切り巨人の頭を殴りつけると、巨人は数歩後ろに下がりながら倒れかけるも、持ちこたえた。


「……ヌォォ」


 巨人は少女を見つめ、そしてパチンと手を合わせた。


「何を……ッ!?」


 凍った海の上に着地した少女は、その凍った海が波打って動き、自分を挟んで潰そうとしていることに気付く。


「『銀の腕(アガートラーム)』ッ!」


 銀の腕を呼び出し、自分を挟み潰そうとする氷の波を砕いた。


「ッ! 危ないわねッ!」


 空中を舞う氷の欠片の間から振り下ろされる巨人の腕を見た少女は何とか横に飛んで回避する。だが、避けた先の地面の氷が独りでに動き、少女を受け止めることなく海の中に落とした。


「ッ!?」


 水中で動きが鈍る中、巨人がこちらを見ていることに気付いた。


「……え? がっ、がぼッ、んん゛ッ!?」


 そして、少女はその頭上。天空に広がっていく黄金色の何かを見た。描かれていくのは巨大な魔法陣。水中であることも忘れて口を開けてしまう程、それは美しく……そして、異質に見えた。

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