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咲いて

 突き刺さった触手。隙間からジワリと血が漏れる。


「ぐ、ぉ……」


 死ぬ。鉞二の脳内にそれ以外の思考は浮かばなかった。



「――――退いて」



 眩む視界、不明瞭な意識。その中で見えたのは剣閃。突き刺さっていた触手が切断され、鉞二は一命を取り留めた。


「逃げて」


 現れたのは黒い短髪の少女。構えるは美しい刀。黒い柄に黄金の刀身、黄金の鍔には黒い桜の花びら四つ描かれている。


「なんだぁ、クソガキ……俺は今、イライラしてんだよ」


 少女の名は八研(やとぎ) 御日(みか)、そして刀の銘は黒桜小金丸だ。


「……立てる?」


 逃げてと伝えても全く動く気配の無い鉞二に御日は思わず声をかけた。


「あぁ……何とか、回復してきた」


 心臓に穴を開けられた鉞二、本来なら死んでいるところだが、ペンダントの効果でどうにか助かっていた。開いた穴は塞がり、出血も収まってきた。


「悪いな。だが、俺も戦う」


「それより、増援を呼んで欲しい。その方が助かるから」


 立ち上がった鉞二は手斧を構え、戦闘態勢を見せたが、御日はそれを断って鉞二の前に立った。


「ッ! 俺だってハンターの端く、れ……」


 話す二人に向けて伸びる無数の触手。御日は十を超えるその触手を目にも留まらぬ斬撃で全て斬り落とした。


「早く」


「……分かった」


 踵を返し、全力で走り始めた鉞二。それを見て赤い男は不機嫌そうに表情を歪める。


「そいつは俺の機嫌を悪くしたからなぁ、許す訳にはいかねえってことでな~?」


 体を屈め、バネの要領で跳躍する男。その勢いは凄まじく、一瞬で鉞二の背後まで辿り着き……空中で足を斬り落とされていた男はその場で転倒した。


「ッ、うぜぇなぁ……良いわ、お前から殺してやる」


 切断された足は直ぐに再生し、赤い男は御日に向き直った。


「ほら、死~ねよぉ~!」


 触手が無数に伸びる。十を超えるそれは全てが時速百キロを超える速度だ。


「……斬れる」


 御日は赤い男との距離と触手の速度を感覚的に計算し、全ての触手を斬り落とした。人間の肉体で出せる速度には、魔素や闘気が関わらない限りは限界がある。まだ魔素も闘気の最大量も多くない御日は極限まで闘気を節約する戦い方を主にしていた。最小限の闘気の中で最大のパフォーマンスを出すやり方はかなりの技術と繊細さが必要だが、元から武術を修めていた御日にとっては十分可能なことだった。


「おぉ、随分闘気の使い方が上手いらしいな~? 未来ある若者って奴かぁ、残念だがここで終わりだけどなぁ」


 闘気のオンオフを瞬時に切り替え、必要な分だけ消費して消耗を可能な限り少なくするやり方を赤い男は見抜いた。しかし、それでもなお余裕の態度を崩すことは無い。


「触手を伸ばすだけのお遊びじゃぁ殺せねぇみたいだがよ~」


 赤い男から伸びる触手がその体に戻っていく。そして、赤い男はぐっと屈みこんだ。


「単純に身体性能が違ぇんだよなぁ!?」


 跳躍。真っ直ぐ御日に向かって跳んだ赤い男は、その凄まじい勢いのまま拳を振りかぶった。


「……」


「なぁッ!?」


 速い。だが、既にその跳躍は一度見ていた。知っている速度。見え見えの予備動作。それに対処することは、御日にとって難しいことではなかった。

 ボトリと落ちた赤い腕。続けて斬られる足。男は目の前に倒れた。御日は情けも容赦も無く、地面に転がる男に刀を振り下ろそうとして……


「ッ!」


 熱波。肌をチリチリと焼くその感覚に御日は飛び退いた。


「お、オォ……やってくれン、なァ……やっテくれんゼ、マジで……」


 ゆっくりと起き上がる赤い男。その体からは橙色の炎が燃え上がり、その赤い肌は更に赤熱し、溶岩のように罅割れている。


「『ケルビン2200』」


 風が吹き、離れた位置の御日まで熱波が届いた。


「つー訳でよぉ……こっからは本気だぜ~?」


 言葉と同時に、赤い男の体から魔力が沸き上がる。


「『身体強化式・二十八號』」


 赤いオーラが男の体に纏わりつき、その身体能力が飛躍的に上昇した。一歩足を踏み出すと、それだけでコンクリートの地面が罅割れた。


「十秒やるからよぉ……逃げてみやがれェッ! ギャハハハッ!」


 両手を広げて笑う男。罅割れた地面が炎で溶けていく。空気が焼けていく。


「……逃げない」


 ここで逃げれば、沢山の人が死ぬ。それを理解した上で逃げることなど、彼女には出来なかった。


「おいおい……戦うつもりかぁ? 無理だっつ~のぉ!」


 煽るように言う赤い男。御日は目線を合わせることすらしない。


「約束だから」


 御日は祖父の言葉を思い出す。強くありたければ、刀は弱い者の為に振るいなさい。守る為の力は何よりも強いから、と。


「それに、ここで逃げたら……届かないから」


 御日はあの日の奇妙な出来事を思い出す。この不思議な刀をくれた男との約束。何が何でも二級まではこの力を届かせる。出来ることなら、刀の人の横に並べるくらい強くなる。



「――――咲いて」



 黄金の刀から、黒い桜の花弁が飛び出した。四枚のそれはひらりひらりと宙を舞う。


「……へぇぇ、良いねぇ」


 面白そうに言う赤い男。御日は刀を鞘に納め、姿勢を低くする。


「おぉ、居合って奴か~? 面白そうじゃんねぇ? ほら、見せてみろよぉ」


「闘気は厚く……狙うのは……」


 燃える体。その熱に耐えるには闘気をより厚く纏う必要がある。そして、斬るべき位置。男の弱点はどこだ。御日は男を睨み、それを探った。

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