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無駄話

 幽体化している筈の男を斬り裂いた剣。だが、殺してはいない。


「ぐッ、おぉ……ッ!?」


「危うく、忘れるところだった」


 幽体化が解除され、地面に落ちた男の襟を掴む。胸元に出来た傷からドクドクと血が流れてきた。


「ソロモンの手下なら、色々と知っていることもあるだろうからな」


 俺は男を壁に押し付け、その胸に剣を突き刺した。


「ぐッ、ガァァアアアアアッッ!!?」


「大声を出すな」


 声帯を潰した。これで耳元で大声を出される心配は無い。


「記憶を奪うだけだ。どうせ死ぬんだからな、記憶なんてあっても無くても変わらないだろ?」


「――ッ、――ッ!」


 声にならない声を上げ、必死に訴えかけてくるが、止める理由も無い。俺は剣を媒介に男の記憶を吸い出した。


「……なるほどな」


 青い光が散ると共に剣を引き抜く。男は地面に倒れ、動かない。


「少し……核心に近付けたか?」


 突如ソロモンを名乗る男の声が聞こえ、力が欲しいかと尋ねられ、それに答えると魔術に関する知識を脳内に植え付けられ、地球基準で見るとかなり高度な魔術が使用可能になる。

 そして、ソロモンは供物を捧げれば更なる知恵を与えると言い、その為の方法も伝えた。それから供物を捧げる時まで声がすることは無かった……これが、この男の記憶だ。


「まぁ良い、後は奥に居る奴らを解放すれば終わりだな」


 三人くらい意識を失った状態で居る筈だ。


「ここか」


 俺は部屋の奥にある扉を開いた。扉の向こう側では三人の男女が地面に転がされ、眠っていた。俺はその内の一人の男を強制的に起こした。


「はッ!? こ、ここは……そうだ! 皆、起きて! 早くッ!」


「ん、ん……な、なんで私こんなところに……?」


「うおっ、ユウガ? い、いや、それより魔物どもはどうなったんだ!?」


 三人は目を覚ました。が、困ったな。こいつら、そもそも魔物に負けてここに運ばれて来たのか。だったら、この地下から自力で脱出するのも無理だろうな。


「しょうがないな……」


 俺は三人の居る部屋から離れ、研究室のようなこの場所の外に出た。当然、音は立てていない。


「来い、カラス」


 片腕を伸ばして言うと、その先に生まれた歪みからカラスが現れた。


「カァ?」


「この扉の向こうに三人居るのが分かるか? あいつらの進む先に居る敵を殺してやってくれ。出来るだけ、お前の仕業だとバレないようにな」


「……カァ」


 カラスは溜息を吐くようにして影に沈んでいった。


「今度、何か良いもん食わせるか……カラスって焼肉とか食えるのか?」


 まぁ良いか。取り合えず、俺はスライム狩りを始めよう。






 ♦




 目を覚ました三人の狩猟者は辺りを探索し、そこが研究室であることに気付いた。一人の男の死体が横たわっていたが、全く状況を推察することは出来なかった。


「幾ら考えても意味が分からないね……しょうがないし、取り合えず帰ろう」


「そうね。協会には見たままのことを報告すれば良いわよね」


「こいつの傷が新しいことは気になるが……もう、出来ることも無いよなぁ」


 三人は漸くその部屋から外に出ることを決め、それぞれが武器を構えた。


「ここは恐らく地下。つまり、外にはアンデッドが沢山居る可能性が高い。警戒していこうね」


「先頭は俺が行くからな」


「頼んだわ。やばかったら直ぐ下がりなさいよ」


 扉を開き、大柄な男が初めに外に出る。そこには無造作にうねり伸びる土の道があった。


「取り合えず敵は居ないみたいだね……通路に出たなら僕がある程度探知できるから任せて」


「分かってる。任せるぞ」


 小柄な男が地面に手を当て、小さく何かを唱えた。


「……少なくとも、近くに敵は居ないね」


 小柄な男は眉を顰めつつ、そう言った。


「三浦異界の地下はアンデッドで溢れてるって聞いたんだけど……地下深くだとそうでも無いのかな」


 僅かに違和感を持った様子で小柄な男は歩き始めた。


「まぁ、居ないなら居ないに越したことは無いからな。ラッキーだと思えば良いだろ」


「そうね。正直、量が多ければ私達なんて終わりだし」


 三人はそれでも警戒したような足取りで地下を歩いていく。


「……これは」


 それから直ぐに、小柄な男は死体を見つけた。と言っても、完全に腐敗し最早人間であるとも言いづらい……アンデッドの死体だ。


「かなり多いな。二十体以上居るんじゃないかこれ?」


「これ、そう古くないわね。何なら、かなり新しいわ」


 地面に散らばるアンデッド達の残骸をそれぞれ観察する三人。


「……これだけのアンデッドを倒せる人物か集団、合流できれば安全に地下を脱せるかも知れない。走って追いつけるか試すのも手だと思う」


「いや、俺は反対だ。この状況……推測でしかないが、あの男を殺した奴とアンデッド達を殺した奴は同じだろ。だったら、合流はかなりリスクがあるんじゃないか? 追いついた瞬間、そのまま俺達も殺されるなんてことになりかねない」


「……私は合流すべきだと思う。私達、あの男の直ぐ隣の部屋に居た訳でしょ? しかも、起きた時にはもう扉は開いてたわ。確実に私たちの存在には気付いてるはず。なのに殺してないってことは、私達の敵じゃない可能性は低くないと思うわ。このまま魔物に遭遇せずに生き残れる可能性に賭けるより、全然マシじゃないかしら」


 小柄な男は俯いて悩み、そして顔を上げた。


「合流はしない。殺されなかったのは僕らが意識を失ってたからってだけかも知れないからね。でも、このまま彷徨ってても魔物に殺されるのは事実。だから、この人の痕跡を出来るだけ追おう。合流しない程度に、ゆっくりね。同じ道を通れば、そこの魔物は全部処理されてるはずだから、僕らは安全に脱出できるんじゃないかな」


「……そうだな。俺もそれで良いと思う」


「異論は無いわ」


 全員の意思が統一され、三人は歩き出す。その道中には何体ものアンデッドの死体が転がっている。


「ただ……この感じ、足跡一つ残してないね。集団にしろ、個人にしろ相当な手練れだね。それに加えて、こんな場所で態々足跡を消すってことは後ろめたいことがあるのかもね。ダイキの言ってた通り、あの男を殺した人なのかも」


「……それもそうだけど、痕跡が無いってのは不味いんじゃないかしら」


 女の問いに、小柄な男は頷く。


「一本道なら問題は無いけど……この先、分かれ道が出て来た時、もしハズレを引いたら不味いね」


「そん時は、運だな。もう」


 そんなことを話しながら歩く三人の前に、早速分かれ道が現れた。三人は思わず沈黙し、たらりと汗を垂らした。


「……分かれ道」


「……しかも、三択ね」


 三つに分かれた道。


「先ずは出来ることをしよう。敵が居ないか探知して、居ない方に進もう」


 そう言って小柄な男は地面に手を当てた。


「……どの道も、居ない?」


 そんなこと有り得るのか? この探知は空洞を伝うもので、漏れが出ることもあるが、それでも数百メートルは探知できる魔術だ。どの道にも一体も居ないなんてこと、有り得るのか? 小柄な男は明らかな違和感に顔を顰めた。


「そもそも、ここはアンデッドが跳梁跋扈してるような魔境だって聞いてたんだけど」


「探知で決められないならしょうがない、左に行こうぜ。人って迷ったら左に行くんだろ?」


「……それって、三択でも適用されるの?」


 三人は不安を抱えつつも、左の道を進んでいく。それから直ぐにアンデッドの死体が散らばっているのを見て三人はホッと息を吐いた。


「どうやら、当たりみたいだね」


「何回もこんな賭けをさせられるかと思うと、ハラハラするな」


 安心したせいか、さっきよりも早い歩調で進む三人。その道中にも、ごろごろとアンデッドの死体が転がっている。


「……何だ、寒気がするな」


「寒気? ダイキにしては珍し……違うッ!」


 小柄な男の声で異常を察した二人は、即座に戦闘態勢に入った。


「何だ、ユウガ」


「スペクターだ。霊体系の魔物は殆どが壁をすり抜けてくる……寒気がするってことは、スペクターだ。直ぐ近くに居る」


「私も……寒気がしてきたわ」


 スペクター。実体の無い……つまり、霊体の魔物だ。スペクターは霊体系の魔物の中でも精神に対する攻撃を、特に人の恐怖を増大させるような攻撃を得意としている。近付くと寒気がするのはスペクターの特徴の一つだ。


「居場所を、突き止めないと……僕が、探知する。探知、を……」


 魔術を使おうとする小柄な男。その手は震え、精神は乱れ始めている。集中力を欠いたこの状態で魔術を使える程、彼は熟達した魔術士では無かった。


「ユウガッ! 大丈夫か!? クソ……どこだ、どこに居やがるッ! 姿を……ッ!?」


 周囲を見回す大柄な男の目の前に、突如青白い顔が浮かんだ。白目を剥いたその顔はゆっくりと男に近付いていく。


「ッ、俺はその程度でビビりはしねぇぞッ!」


 見ただけで精神を乱され、恐怖心を増大させるその姿を見ても、大柄な男は強い精神で何とか持ちこたえ、得物である斧を振るった。しかし、霊体に物理攻撃は通用しない。


「クソッ、俺じゃ殺せねえか……」


 斧はスペクターの青白い体をすり抜ける。そのままスペクターは男を無視し、後ろで屈みこんで震えている女に近付いていく。


「や、やめて……来ないでッ!!」


 スペクターのその手が、女に触れようとした瞬間。


「カァ」


 女の影から黒い腕が伸び、スペクターのその体を逆に掴んだ。


「ッ、な、なに……これ……」


 無数に伸びた腕はスペクターの体を覆い隠し、そのまま体を圧迫し、潰していった。


「グギャァアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 怨嗟の叫び声を上げながら、スペクターは無数の腕に潰されて消滅した。


「今の……何だ?」


「わ、分からない……でも、鳴き声が聞こえた気がする」


「……誰かが、助けてくれたのかな。明らかに僕ら以外の力だった。でも、姿は見えなかったし……誰なんだろう」


 混乱する三人の横を、黒い影が通り過ぎていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] か〜ら〜す〜、なぜなくの〜( ͡° ͜ʖ ͡°)
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