救援到着
まるで海の如く広がっていく炎は、意思を持ったように敵の方にのみ流れ、護衛達の方には広がらない。
「これで、時間稼ぎにはなる筈です」
安治達を囲むように広がった白い炎の海は、確かに敵が近付いて来るのを妨げる役目を果たしていた。
「こちらァ、狙撃部隊ィ……狙撃地点到着」
それを、遠く離れた場所から三体の怪人が睨んでいた。片腕がそのまま漆黒のライフルになっている三体は、ビルの上から狙撃する為に位置を調整していた。
そのライフルは遠距離狙撃用でありながらも奇妙なことにスコープが無く、だが怪人達は赤い片目で安治達を正確に捉えている。
「発射用意ィ……撃てェ!」
照準を使わずに放たれた三つの弾丸はしかし、正確に探索部隊の首筋に吸い込まれていった。スコープによる光の反射も無く、気配を察知するのも難しい一キロ以上離れた場所から放たれた弾丸は、殆ど察知不可であり回避不可の凶弾と化していた。
「ッ、狙撃手ですッ! 八時方向ッ! 全員警戒をッ!」
(私を狙わずに部下から狙うとは……やはり、こちらの情報を握られている。となると、本隊が心配ですが……私でもその素性を調査し切れなかった老日様であれば、情報は伝わっていない筈)
安治は悔し気に表情を歪めながらも冷静に狙撃方向を捉え、指示を出した。
「葉浦ッ、狙撃された者から処置をッ!」
「……ッ、無理です! 傷痕から瘴気がッ、回復の術が上手く通りませんッ!!」
弾丸もただの弾丸ではなかったが、護衛達もただの人間ではない。致命傷ではありながらも、即死には至っていない。とは言え、撃たれた三人共があと数分の命であることは間違いないだろう。
三名脱落。安治は内心の動揺を一瞬で治め、冷静に思考する。
(既に、現状維持は不可能。本陣側の方が敵戦力が集中していることは想像に難くない。つまり、向こうからの救援を待つのも愚策。となれば……)
探索部隊の残りの人員は自分を含めて六人。このまま耐え切ることは難しい。どれだけの犠牲を許容してこの場から離脱するか。それが肝要だ、と安治は結論付けた。
「獣人隊、現着」
その声と同時に安治は振り返り、ハルバードを振り上げて刃を弾いた。それから直ぐに、白い炎の海を跳び超えて獣の特徴を持った人間達が現れる。
「ッ、さっきまでの雑兵とは違う……!」
「当たり前だ。我らは奴らのような実験作では無く、一つの型として既に完成しているからな」
先頭に立った犬の耳を持つ男は、片手を上げて名を呼んだ。
「怪獅子」
迫る異様な気配に安治が眉を顰める。その直後、白い炎の海を猛進して巨大な黒い獅子が現れた。纏わりつく瘴気によって燃え移った白い炎が侵されて消えていく。
「本陣に戦力を集中させているものかと思っていましたが……」
自分達から先に潰そうとしている。思い浮かんだその考えに、安治は溢れ出す焦燥を自覚した。
「このままでは、不味い」
口の中で呟いた言葉。だが、表情には出さぬようにして安治は毅然とハルバードを構える。
「獅子の相手は私が請け負いますッ! 周囲の人間はどうにか抑えて下さいッ!」
だが、こちらが敵の本命ならば本陣からの救援が来る可能性は高まる。安治は振り上げられた怪獅子の爪にハルバードを合わせ、その考えを白紙に戻した。
「これはッ……!!」
瘴気を纏った爪。それを受けた瞬間、安治はハルバードを手放した。その理由は二つだ。先ず、威力が受け切れない。あのままハルバードで受けていれば、安治の体は押し潰されていた。そして、爪からハルバードに伝って来ていた瘴気。手を離さなければ、瘴気は安治の体まで到達し、その身を蝕んでいただろう。
「どう、する……考えねば……ッ!」
安治は相対する怪獅子を睨み付け、一歩も引かぬ素振りだけは見せた。だが、打開する手段は何一つ思い浮かんではいない。圧倒的な能力差に押し潰される未来だけしか見えなかった。
「――――あー、おっさん大丈夫? 助けに来たけど」
そこには、漆黒の刀を手に持った黒い少年が立っていた。そして、その背後では真っ二つに斬り裂かれた怪獅子の死体が転がっている。
「君、は……」
呆然と問いかける安治に、少年は眉を顰めた。
「名を尋ねる時は、先ずは自分からでしょ。取り敢えず、相手が魔物っぽいから助けただけで、どっちが敵かも分かってないし、俺」
「……ある方の護衛役を担っている安治です。現在、反社会的組織との戦闘中です。救援して頂けるなら、ありがたい」
少しだけ迷った素振りを見せた後に答えた安治に、少年は頷いた。
「――――異能者、黒岬通也」
溢れ出した闇が、戦闘している者達を一人残らず拘束していく。
「魔科学研究会を潰しに来たんだけどさ、この人外っぽい奴らで合ってる?」
「ッ、ふざけるなッ! 貴様のようなガキに、我々が――――ッ!」
獣人の一人が怒りのままに声を上げると、獣人達の拘束が強まり、護衛達を拘束する闇が引いていった。
「自分から教えてくれるとか親切じゃん。お陰で手間が省けたわ」
そう言うと、獣人達を拘束する闇が、地面に倒れている余命幾許の者達に向かって蔦のように伸び、繋がっていく。
「ついでに、傷も治しとく」
黒岬が言うと、倒れている者達から獣人達へ繋がる闇の蔦が黄金色の輝きを放ち始めた。




