海の怪物
闘気を込めた拳で、迫る光球の全てを弾き飛ばす。少し離れた場所で遠巻きに戦闘を繰り広げている敵達を狙って弾いた光球は、敵の体にめり込むとその光を強めて膨張し、敵を巻き込んで爆発した。
「とは言え、もう一段階くらい何か残してそうなのは事実だな」
今こいつが使ってる異能は、取り込んだ水生生物の能力を模倣するという、魔性シダとして持っていた異能。そして、恐らくもう一つは青白い光の球や炎を作り出している能力。だがその正体が分からない以上、どんな隠し玉が残っているのかも分からない。
「――――やはり、実戦とは重要だな」
アルガは、そう言いながら漆黒の鋏に青白い光を纏わせていた。
「今までは出来なかったような力の使い方が、どんどんと出来るようになる。上達する。成長している。水を得て育つ、植物の根のようにな」
黒い瘴気を纏った体の内側から、青白い光が輝いている。アルガは地を蹴り、一瞬にして俺の眼前まで到達した。
「ッ」
「どうした。捉えきれんか」
動きが数倍速くなったな。振るわれた鋏をギリギリで受け流した俺は、そのまま後ろに跳び退いた。
「間違いない。今の俺は、誰にも止められはしない……研究会でさえ、容易く捕らえは出来んだろう」
「だったら、今からでも逃げ出して自由の身を手にしたらどうだ?」
「無用な気遣いだ。自由など不要。そもそも、このまま逃げ出したところで俺への支配まで解ける訳では無い」
その支配を解くことも俺なら可能だろうが、自由を求めてすらいないというならそれも無意味だろう。しかし、自由など不要か。植物特有の考え方があるんだろう。
「……三割くらいで、良いか」
さっさと終わらせようと考えている割に、ギリギリで倒すことを狙ってずっと倒せていない。寧ろ、成長させている始末だ。仕方ないので、魔力の三割程度を闘気に変換することにした。
「『闘気解放』」
「ッ! その力……貴様も本気は出していなかったという訳か」
別に、今でさえ本気を出している訳じゃないんだが。
「そういう訳だ」
「面白い……!」
俺はアルガの前まで距離を詰め、そのまま剣を振り下ろした。アルガは鋏を振り上げてそれを防ごうとするが、俺の剣はまるでそれを擦り抜けるようにして落ちて行き、そのままアルガの肩から腰までを斬り抜いた。
「ぐッ!?」
「終わりだな」
斜めに傾き、落ちていく上半身に俺は刃を振るい、アルガの頭を斬り落とす。
「ぐ、ぅ……ッ!」
「流石の生命力だな」
これでも死なないか。宙を舞う頭に、今度こそ止めを刺そうと俺は刃を向け……
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
爆発的に溢れ出した瘴気と、凄まじい速度で無数に伸びていく黒く染まったシダ。どちらも宙を舞う頭から発生したそれらに俺はそれでも刃を突き刺そうとするが、俺の剣とそれを持つ腕にシダが絡み付き、止めを刺すのを阻害した。
「ぐ、ぅぅ……! 魔物の力を、使えるかと……聞いたなァ」
アルガの首の断面から漆黒の触手が……シダが連なったものでは無く、クラーケンのような巨大なタコの触手が無数に伸びている。
「答えは、使える……だァ!!」
クラーケンの触手達は地面に立つ足の代わりとなり、その上に繋がった頭は巨大な蟹の甲殻のような物に覆われ、触手と甲殻の間からは二体の長く巨大な青い蛇が伸び、両腕の代わりとなった。それらは暗緑の水草に表面を覆われており、奇妙な姿でありながらもどこか一体感のような物を感じる。
「海の怪物、だな」
一言で形容するならばそれだ。巨大蟹と、巨大蛇と、巨大蛸。それらが混在した、B級映画にも出てこないようなキメラがそこには居た。
♦
探索部隊の救援に向かった安治は、合流こそ出来たものの苦境に立たされてしまっていた。
「くッ、数が多い……!」
探索部隊と安治達の周囲を囲むのは、異形の化け物達だ。一部は人間のような姿をしているが、殆どは魔物のように見える。実際のところ、敵は怪人と魔物の混成部隊であった。
「ええいッ、邪魔だッ!」
安治は左右と正面から迫る敵を手に持った純白のハルバードで振り払い、周囲の状況を確認した。大量の魔物と彼らを率いる怪人によって、部隊は相当に苦戦している。
「『白武猟の陣』」
安治は地面を踏みつけ、白い魔法陣を広く展開する。直径三十メートル程に広がった魔法陣の中には、未だ戦っている探索部隊と、彼らに襲い掛かる化け物達の姿があった。
「術はまだ使えますが……魔力が切れるのも時間の問題!」
地面に広がった白い魔法陣から白い槍や剣が伸び、探索部隊の仲間に襲い掛かろうとする敵達に突き刺さっていく。
身体に武器が突き刺さり、地面に固定されて身動きの取れなくなった敵達を、探索部隊は次々に刈り取っていく。
「西邊ッ、魔力回復のポーションをッ!」
「はいッ! しかし、もうこれで三度目では……」
「背に腹は代えられませんッ! それと葉浦ッ、傷を負った者達に回復を急いで下さいッ!」
だが、こうして敵を一掃するのも初めてではない。魔力回復の為にポーションを使った数だけでも既に三回だ。現に、この会話の間にも化け物達が押し寄せている。
「ッ、安治さん! 自分も魔力が……!」
「西邊ッ!」
「はッ!」
深い傷を負った仲間に近付いた護衛の一人、回復の魔術を扱える葉浦が途中で声を上げる。それを聞いた安治は直ぐに呼びかけ、容量の凄まじく大きいバックパックを持たされている西邊は葉浦へと魔力回復のポーションを渡した。
「安治さん、もう敵が迫っていますッ!」
「城島は……回復中ですか」
仕方なさげに溜息を吐き、安治はハルバードを地面に突き刺して魔力を流し込んだ。
「『白き火の海』」
ハルバードの刺さった地面から亀裂が走り、白く燃える液状の炎が溢れ出した。




