科学者共
無事に学校が終わり、下校を開始した俺達は、沢山の護衛に遠巻きに見守られながら歩いていた。
「何も起きなそうだな」
「まだ分からないですよ。護衛として、気は抜かないで下さい」
俺がそう零すと、文月は目を細めて小言を言ってきた。まぁ、尤もな話ではあるんだが。
「それとも、五慈さんに言っていたような勘ですか?」
「いや、ただの何となくだ。まぁ、嫌な予感がしてないってのは事実だが」
襲われる可能性はあるかも知れないが、襲われたとして致命的な事態にはならないだろう。そんなにヤバい奴が襲ってくるなら、正に勘が働いている筈だ。とは言え、俺の勘は普通の勘とは少し違うが。
「そういえば、犀川。お前の作った魔道具はどれだったんだ?」
「私のですか? 魔力を効率良く運用出来るようになる腕輪ですよ。あの、茶髪の子が使ってた奴です」
「あぁ、アレか。……もっと派手な奴を作るかと思ってた」
「そんなもん作らないですよ……生徒同士の模擬戦用に使われる魔道具だと知って作ってるんですから、私だって自重しますよ。寧ろ、どれだけコストを掛けずに他の生徒と同じようなクオリティの物が作れるかに挑戦していました」
それ、ある意味自重はしてないんじゃないか。
「因みに、どのくらい掛けて作ったんだ?」
「原価で言うと、五百円くらいじゃないですかね? 学校支給のものを使ってるので詳しくは分からないですけど。ただ、期間は三時間で済んだのでそれは満足してますよ」
その事実、他の生徒が知ったら泣くぞ。
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無機質な部屋の中で、コンピューターを睨む若い男。男は眼鏡の縁に触れ、位置を調整したかと思えば、やっぱり眼鏡を外し、足下に置かれた鞄の名から眼鏡ケースを取り出し、その中に畳まれていた布でレンズを拭き始めた。
「クソ共の癖に、一丁前に護衛なんざつけて……こそこそと、バレてないとでも思ってるんですかねぇ?」
男は眼鏡のレンズをコンピューターの光で照らすと、息を吐き出し、今度は指先から水を垂らしてレンズを洗い流し始めた。落ちた水滴は、地面に触れるより先に蒸発していく。
「とは言え、対策を考える必要はありますか。放置していれば、不利になるのはこちらですし」
男は濡れたレンズを綺麗に拭きとり、それからケースに入っていたメガネクリーナーを塗布していく。全体に、染み渡るように。
「学校を襲撃は論外。寝込みを襲うのも困難……となれば、結局は」
最後にもう一度拭き取ると、長い息と共にその眼鏡をかけた。
「護衛の多い下校時を狙うしかない」
導き出された下らない結論に、男は首を振る。
「あぁ、嫌ですねぇ……相手の思惑に乗せられているようで、気に入りませんが」
男は薄ら笑いを浮かべ、コンピューターを操作する。
「――――正面から戦ってやる気はありませんよぉ」
コンピューターに画像がピコピコと浮かんでいく。それは男の仲間によって、部下によって撮影された護衛と思われる敵の写真だ。
「数は恐らく十数人。敵の人員の全ては判明していませんが、あっちこっちと揺さぶりをかければ、戦力は分散する……そこを各個撃破するか、守備の薄くなった本体を狙うか、それとも只管に消耗させるか……くく、楽しくなって来ましたよ」
男は移り変わる画面の中、最後に表示された犀川翠果を見る。
「人質を使えないのは厄介な相手ですが……そのクソ生意気な頭脳も、私達のものにしてあげましょう」
男はコンピューターの画面を切り替え、席を立つと、広くはない部屋の中で壁際に置かれていた魔道具を手に取る。
「……聞こえますか?」
受話器のような形状をしたそれを耳に当てた男は、そう口にした。
『あぁ、聞こえている。何か進展はあったか?』
「えぇ、ありましたよ。つまり、貴方達の出番は近いということです」
『それは重畳。安心してくれ。こちらも、準備は出来ている』
男は薄ら笑いを浮かべ、頷いた。
「頼りにしていますよ。彼らは護衛も無い相手に何も出来ずに散っていきましたが、貴方達……いや、貴方であればそうはならないでしょうから」
『当然だろう。俺達はあの失敗作共とは違う。ただの人間等、残らず殺してやる』
「えぇ、是非お願いしますよ……作戦の詳細は追って送ります」
『あぁ。だが、分かっているよな? 今回の任務に成功すれば……』
「勿論、貴方の立場を研究員の一人として認めます」
『フン、それで良い。くれぐれも、約束は忘れるなよ……貴隙』
「えぇ、それでは」
ぶつりと通話を切り、男は冷たい目で受話器を元の位置に戻す。
「……これで、マシな方の実験も出来ますね」
男はコンピューターの前に再び座ると、カタカタとキーボードを打ち始めた。
「奴らも失敗したなら、その時は……」
カチリと、キーが押された音が鳴った。




