魔術と格闘
長髪の少女と短髪の少女が結界の中、向かい合っている。長髪の少女は杖を握り、短髪の少女は籠手を嵌めて拳を構えている。
杖を持つ少女は奈美。今のところ一人しか確認出来ていない犀川と親しい人間だ。拳を構える少女は五慈。犀川との関係は無いが、奈美とは親しいらしい。
「ん」
俺は眉を顰め、五慈を見た。拳を合わせて目を瞑っている五慈からは、こっちの世界基準ではそれなりの闘気を感じる。闘気の量だけならミミよりも上だろう。
そのまま目線を動かし、奈美を見る。体内で練り上げられた魔力もさっきの女とは比べ物にならないくらい洗練されている。
「今度は、どうですか?」
「悪くないな」
勿論、黒岬やら蘆屋には足元にも及ばないだろうが、それでも四級には届くような実力があるように見える。
「それでは、始めるぞ」
教師の言葉にピリピリと結界内の魔力が蠢き、闘気が熱く立ち昇る。
「用意……始めろ!」
「『迅速術陣』」
「『纏気集点』」
奈美の周囲に無数の魔法陣が現れ、魔術発動の補助をする役割を担う。五慈は闘気を足に集中させ、それでも全身のバランスが取れるように闘気を調整した。
「『魔力連弾』」
「当たらないね!」
奈美の杖の先に展開された魔法陣から魔力によって作られた無数の弾丸が放たれるが、そのどれもが五慈の体を掠めていった。
「よっしゃ、終わり!」
一瞬で奈美の眼前に迫った五慈はその拳を振り上げ、目を見開いた。
「うわっとッ!?」
「……相変わらず勘が良いね」
地面に仕掛けてあった罠が発動する直前で気付いた五慈はその場から飛び退き、歯噛みする奈美を睨んだ。
「詠唱無しで罠なんて仕掛けられたらキツイってば!」
「こっちだって、一秒もかけずに目の前まで来られるのはキツイよー?」
両者は再び己の得物を構え直し、向かい合うこととなった。
「やっぱり、速攻ッ!」
「『這う闇の水衛』」
真っ直ぐに向かってこようとする五慈に、鮫の背びれの如く地面から隆起した闇が蠢きながら地面を泳ぎ、五慈に向かって行く。
「邪魔!」
「『炎槍』」
地面から飛び出した流動する体を持つ闇は頭を五慈の拳に砕かれ、背後から放たれた炎の槍に背を貫かれる。そして、闇を貫いた槍はそのまま五慈へと迫り……
「んびッ!?」
拳を振り抜いた体勢の五慈は炎槍に気付くも回避は間に合わず、咄嗟に膝を突き上げて槍の穂先を砕き、霧散させた。
「あっぶな……」
冷や汗をかく五慈は、何度か呼吸をして闘気の流れを正す。
「仕方なし。使ってみよ!」
五慈は足を強く地面に叩き付け、籠手を嵌めた拳同士をガチリと打ち付けた。
「『大地を纏う』」
五慈の体に土がごつごつと固まって纏わりつき、土色のオーラが闘気と混じり合っていく。
「ふぅん、悪くなし!」
にやりと笑った五慈。しかし、十分な時間を与えられていた奈美は一つの魔術を完成させていた。
「『燃え滾る大波』」
結界を端から端まで埋め尽くすほどの勢いで煌々と燃え盛る炎が溢れ、五慈へと向かって行く。正に大波の如く迫るそれは、回避することも防ぐことも難しいように見えた。
「へぇ……切り札って訳だ」
だが、五慈は冷静に笑みを浮かべ、迫る炎の津波に向けて構えを取った。
「だったらこっちも」
片手を前に出し、反対の手を後ろに引き、腰を落とした構え。そこから五慈は目を瞑り、迫る炎の波を感じ取り……後ろに引いていた拳を突き出した。
「『闘破拳』」
何もかもを打ち破らんとする勢いで突き出された拳。そこに集約された闘気は炎の波に穴を開け、そこから蝋燭の炎を吹き消すような勢いで炎の波を掻き消した。
「『風刃』」
そこに迫る風の刃。しかし、五慈は驚いた様子も無く両腕をクロスしてその刃を受け止める姿勢を取る。結果、五慈の腕に食らいついた風の刃はその腕を覆っていた岩石によって防がれて霧散した。
「さぁ、もう打つ手なしっしょ!」
調子よくその場から駆け出した五慈は、結界の壁際で構える奈美の下まで、幾つも仕掛けられた罠を避けながら進んでいく。
「ッ!」
「うひひっ、焦りが見えるよ!」
笑いと共に奈美の眼前まで迫り、その拳を振り下ろした五慈は……まるで幻の如く煙となって消え去った奈美に目を見開いた。
「なっ――――」
頭上から現れた奈美。反応する間もなく杖の先端が頭に触れた五慈は、その体を紫色に光る魔力の網に拘束されていた。
「う、動けない……!?」
「本当は、最初で罠に嵌めてこれで勝ちの予定だったんだけど……気付かれちゃったから苦労したよー?」
猫のように丸まった体勢で身動ぎすら出来ない五慈に、奈美は勝ち誇った笑みを浮かべてこつんと杖の先を叩いた。
「杖で叩いた相手を魔力の網で拘束する魔道具……ハッキリ言って、初見殺しだしあんまり使いやすくは無いけど、五慈みたいな倒し切るのが難しい相手への切り札にはなるねー」
「うぐッ、くっそぉ……」
五慈は諦めたように闘気を霧散させ、負けを認めて溜息を吐いた。
「今度の奴らは、中々悪く無かったな」
「えぇ……寧ろ、学生としては驚異的なまでの強さです」
「あぁ、他にもこのくらいの奴らが居ればまだ面白いんだが……どうした」
初めの試合よりも見応えがあったにも拘らず、うーんと唸っている文月。俺は思わず眉を顰めて尋ねた。
「いえ、何をアドバイスすべきかを考えているだけです。先ず、闘気の使い方ですかね……炎の波を突破する為に、あそこまで闘気を消費する必要はありませんでしたし、それに……」
「……アンタ、意外と乗り気だったんだな」
うんうんと考え続けている文月に、俺も何をアドバイスするべきか考えておくことにした。




