護衛任務
無事に護衛としては認められた俺だが、その後の時間は順調とは言えなかった。
「……そろそろ、終わりますよ」
教室の外、廊下に立ったまま待機していた俺は、同じく隣に立つ文月の言葉で授業時間の終わりが近付いていることに気付いた。
(やっと、二時間目も終わりか)
俺の通っていた高校とは随分違うな。自由が多いと言うべきか、様々な事柄を生徒自身が選択出来るようになっている。通っている生徒達も、何というか意識が高そうだ。
「返事くらい、したらどうです」
目を逸らしたまま、文月が言った。
「あぁ、すまん。ちょっと考えてただけだ。無視した訳じゃない」
「本当ですか? ……どうせ、私のことなんて返事する価値も無いくらいに思ってるんでしょう」
面倒臭いな、こいつ。
「思ってない」
「嘘でしょう。あんな啖呵を切って、触れることも出来ずに負けた私なんて……足手纏いにしか思えないに決まってます」
「思ってないから、落ち着け」
「……本当ですか?」
ガキなのか、こいつは。
「アンタ、幾つなんだ」
「19歳、です」
思ったより若いな。
「20くらいかと思ったが、若いな」
「……それ、ちょっと失礼じゃないですか?」
「良い意味だ」
「……なら、良いですけど」
服装のせいで少し上に見積もってしまっていたらしい。まぁ、誤差ではあるが。
――――チャイムが鳴り、扉が開く。
教室から出て来た犀川は直ぐ様こちらに、寄ってきた。
「話してたんですか?」
「あぁ」
「申し訳ございません。以後、私語は慎みます」
確かに護衛としての緊張感が無かったのは間違いないな。流石に、警戒を緩めていた訳では無いが。
「いやいや、そんな責めるとかじゃないですよ? お二人が気まずそうだったのでそれが心配だっただけです。寧ろ、どんどん話して仲良くなってもらった方が、緊急時のコミュニケーションも円滑になると思うので私としては嬉しいです」
「はい」
「……善処はするが」
俺はそもそもコミュニケーションが得意なタイプじゃないからな。話して仲良くなれと言われても難しい所だ。
「是非とも善処してください。何と言っても、私の命がかかってますからね」
「やる気が削がれることを言うなよ」
「流石老日さん、容赦ないですね……」
表情を引きつらせる犀川を無視し、何やら移動を始めている生徒達を見た。
「移動教室か?」
「体育ですよ。ついて来て下さい」
先導する犀川の後ろを歩いていると、こちらに視線が集中しているのが分かる。
「……護衛なんかは、珍しくないんじゃなかったのか?」
「護衛は他にも居ますけど、仮面は流石に居ないですねぇ」
まぁ、そうか。どう見ても不審者が校内をうろついてたら、そりゃ見るか。
「そもそも、何故仮面を着けているんですか?」
珍しく口を開いた文月に視線を向けると、スッと目線を逸らされた。
「顔を知られて良いことは無い。本当は名前もなんだが……流石に、何もかも隠せば信頼されないだろうと思ってな」
「仮面の時点で十分怪しいですけど」
「でも、実力は十分見れましたよね?」
犀川が言うと、文月はうっと口籠った。
「私としては感謝ですけどね~。老日さんの戦闘を実際に見れたのは僥倖って感じですし」
「お互い本気を出してもない遊びだけどな」
「やっぱり、本気を出して無かったんですね……」
隣で傷付いていたような顔をしている文月に、俺は目を細める。
「アンタも、本気だった訳では無いだろ?」
「それは、庭を傷付け過ぎないように気を遣っていた所はありますが……出して良い範囲の力では本気で戦ったつもりです。勿論、殺傷能力の高すぎるような術は使っていませんが」
「まぁ、俺もそんな感じだ」
「嘘ですね。アレだけの技術があるのに、闘気も魔力も使えないなんて有り得ません……」
そう言うと、文月は再び落ち込んだように項垂れた。




