護衛と反感
翌日、犀川に呼び出された俺は屋敷の庭で無数の護衛達と顔を合わせられていた。
「という訳で、この方が学園内で私の身を守って下さるもう一人の護衛です。ほら、老日さん」
「あぁ、老日だ。よろしく頼む」
俺が軽く頭を下げると、護衛達は怪訝そうな目で俺を見た。しかし、それも当然ではあるだろう。
「――――お言葉ですが、犀川様」
一歩前に出たのは、執事服のようなものを身に纏った女だ。その冷たい雰囲気とは対照的に歳は若く、俺より少し下という程度だろう。
「そのような、顔も分からぬ馬の骨を重要な学園内での護衛任務に使うのは承服しかねます」
俺を冷ややかに睨む女。その視線がぶつかる先には、俺の顔を覆う黒い仮面があるだけだ。
「承服しかねるもなにも、貴方の雇用主の西園寺さんから私に従うように命令が出てる時点で従うしか無いと思いますよ?」
「……犀川様。私は貴方の安全の為にも言っているのです。それに、話によればこの方はただのハンターで、しかも二級ですらないとのことですが。本当に護衛として相応しいのですか?」
「西園寺は今いないのか?」
「申し訳ございませんが、部外者に教えられることではありませんので」
状況を打破するべく投げかけた俺の問いも、素気無く拒まれてしまった。
「居ませんよ。居たら、絶対に見送りしに来る人ですからねぇ、あの人は」
「ッ、犀川様。勝手に内部の情報を……」
にこりと笑って言う犀川。それに対し、怒りを表情に出すまではしないものの、苦言を呈する女。二人の仲も良くは無さそうだ。
「もしかして、何だが……アンタが文月だったりするのか?」
「……えぇ、そうです。私が文月です」
終わった。最悪だ。
「犀川、中の護衛は俺一人の方が良いんじゃないか?」
「うーん、それは流石に……」
「ッ、ふざけないで下さい!」
声を荒げ、俺に一歩詰め寄る文月。しかし、それを一本の腕が遮った。
「まぁまぁ、落ち着いて下さい。文月」
その声の主は、執事服の男だ。護衛の殆どは既に街中に溶け込めるような服装に着替えているが、この男と文月だけは執事服を身に纏っている。
「安治……貴方も、おかしいとは思わないんですか!?」
「文月。貴方は優秀ですが、まだ若いです。少し感情的になり過ぎるところがあります」
「ッ、私は感情では無く、客観的な意見を述べているまでです。任務の遂行に支障が出ない為の意見を述べるのは当然では無いですか?」
「そうですね。ですが、既に決まったことを覆す権利までは我々にはありません。それに、彼が護衛となるのは西園寺様が認めたこと。ならば、それ相応の理由があると考えるべきでしょう」
安治と呼ばれた男と文月との会話を見るに、立場は安治の方が上のように見える。
「西園寺様は、犀川様のこととなると盲目的になる部分があります。ですから、今回もそう言った可能性が……」
「だとして、この状況でどうするつもりですか? もう今日は来ておりますよ。予定通りならば犀川様はもう直ぐ登校、それに我々が同行し、貴方と老日様で犀川様を校内でも護衛する。この作戦をどう組み替えるつもりですか?」
「……責めて、この男と外の担当の者を入れ替えるべきです」
「私と入れ替える等と言い出さなくて安心しました。が、それも今からとなると難しいです。老日様と外の者を入れ替えるには、先ず校内への入場許可が必要になります」
「入場、許可……」
「えぇ、そしてそれは数十分や数時間で発行できるものではありません。あの学校のセキュリティはかなり厳格です」
まぁ、犀川に不正で突破されてたけどな。
「……外の者と交代出来ないのは分かりました。ですが、足手纏いが居ては困ります」
「ふむ」
そう言って、文月は再び俺に視線を戻した。
「貴方の実力を、少し見させて貰います」
「……あぁ」
庭の中でも、平たく何もない屋敷側の部分。そこに集められていたのは、ただスペースがあるからというだけでは無かったらしい。
「そういうことか」
西園寺の考えか、この安治とかいう男の考えか……この流れになることは予想されていたか、誘導していたのか。
「とは言え、ご安心を。私に勝てとまでは言いませんので」
「あぁ、助かる」
俺は適当に答えつつ、犀川の方を見た。すると、ペロッと舌を出して笑った。どうやら、知っていたらしい。
「勝手な申し出を受けて下さり、誠にありがとうございます。老日様。丁度、こちらの空間でしたら暴れても大した問題はございませんので、お使い下さい」
そう言って、安治は部下に指示を出し、用意周到に置いてあった棒で円形の線を引かせた。
「……アンタ、最初からこのつもりだったんだろ?」
「申し訳ございません。ですが、このまま護衛の任務を任せては他の部下たちも不信感を抱えたままとなってしまいますので……このような形を取らせて頂きました」
俺が突っ込んでから答えるのは強かだが、嘘を吐き通さなかっただけマシと見てやろう。しかし、安治の答えを聞いて不機嫌そうな表情を取っている文月は知らなかったと見て良いだろう。
「老日様、得物の方は?」
「剣だ」
明らかに用意されていた真剣を受け取り、文月の方を見た。相手も煌めく銀色のナイフを構えていた。
「こういうの、木刀だとかでやるもんじゃないのか?」
「大丈夫です。文月ならば間違えて命を奪うといったミスは犯しません。それに、多少の傷でしたら回復の術がありますので」
「……まぁ、良いが」
実際、木刀と真剣では全く戦い方が別になる。単純に、鈍器と利器だからな。完全に別の武器だ。勿論、殆ど鈍器として使うような剣もある訳だが。
「俺はいつでも良いぞ」
「……その余裕の態度、後で後悔することになりますよ」
なんでそんな三下みたいなセリフを吐きたがるんだ?
「では、二人とも準備はよろしいですね?」
「はい」
「あぁ」
地面の方に剣先を垂らしたままの剣を持ち上げ、文月を観察する。体内には闘気が駆け巡り、姿勢を見ても武術の心得があるのは間違いない。西園寺の言っていた通り、対人戦のプロなんだろう。
「用意、始め!」
安治の合図と共に、文月の姿がかき消えた。




