機械の龍
岩崎七里は、山の中で一人の男と会っていた。
「こんな所まで呼び出すとはな……随分な用があると思って良いんだろうな?」
「いやいや、俺から会いに行くって言ったろ? 態々来るっつったのはそっちだぜ?」
男は灰色のコートで体を覆い、手には黒い手袋をはめている。そして、その男の最も特徴的な部分は……半分以上が機械化した顔面だ。
他の特徴としては、男にしては長い白い髪と、機械化した側の顔面に埋め込まれた赤い機械の目だ。
「仮面、付けるのは止めたのか?」
「今は外してるだけだ。街を歩く時は付けているに決まってるだろう」
「驚いた。街を歩く機会なんてあるんだな」
「……お前は、俺を何だと思ってるんだ」
男は溜息を吐き、七里はそれを見て笑った。
「何を笑っている?」
「いや、何だ。最近、お前と似たような奴と仲良くなってな」
「俺と似たような……?」
「あぁ、そうだ。お前みたいに無愛想な奴って意味な」
七里が言うと、男は少し不機嫌そうに睨み付けた。
「それで、話をしよう。――――機龍」
空気が変わったのを感じ、男は……機龍は息を吐いた。
「お前にその呼び方をされるのは気持ち悪い。変えてくれ」
「だな。俺も思ってたところだ」
七里は一拍置き、笑みを浮かべて話を続ける。
「井塚。聞きたいことがあるんだが」
「何だ」
一級特殊狩猟者にして、機龍の二つ名を頂く男。身体の半分以上が魔導機械である彼は、七里から本名を呼ばれて答えた。
「魔物を作ってる奴及び、変異種を作り出してる奴に心当たりはねぇか?」
「……ある」
目を細め、頷いた井塚に七里は目を見開いた。
「本当か!?」
「当たり前だ。俺は嘘も冗談も好かない。それに、お前にも少しは話したことがある話だ」
「俺にも話したことがある……?」
「何だ、忘れたのか? 俺にちょっかいを掛けて来る面倒な奴らが居るって話だ。俺の技術やらを奪おうとしていたようだが、何度か追い返したらもう手を出して来なくなった」
井塚の説明に、七里は思い出したように頷いた。
「あぁ、それか……」
「確かに、詳しくは話したことも無かったな」
井塚はその改造済みの記憶回路を巡らせ、必要な記憶を引っ張り出す。
「――――魔科学研究会。それが、奴らの名だ」
井塚の口から告げられた平凡な名は、どこか不気味なものを感じさせた。
「……何つーか、ちんけな名前だな」
「名前になど大した意味は無いのだろう。どうでも良いものならば、有り触れたような名にしてしまった方が都合が良い。特に、奴らのような悪人にとってはな」
そうかよ、と七里は粗雑に切り捨て、話の続きを促すように視線を向けた。
「……お前が何を求めていて、どうしたいのかは知らないが」
しかし、井塚はそれを突っぱねるように話し始めた。
「奴らに関わるつもりなら、止めておけ。アイツらは姿を隠す為という名目があるから大きな力を運用することは少ないが、自分から調査して敵対するのなら……潰されるぞ」
「だが、お前は追い払ったんだろ?」
「追い払っただけだ。戦力の一パーセントにも満たないような連中をな。だが、そうなったのは俺が飽くまで降りかかる火の粉を払うだけの姿勢を取っていたからだ。そのまま奴らを潰そうとしていたなら……なりふり構わなくなった奴らに、俺は確実に負ける」
「……全戦力を切っても、勝てないってことか?」
七里の問いに、井塚は冷たく頷いた。
「俺に妙な期待はするな。俺にはやるべきことがあるし、勝てない勝負をするつもりは無い。俺を連れて行きたいなら、あと五人は一級クラスを用意してくれ」
七里は俯いて悩んだ末に、再び井塚に視線を合わせた。
「……アイツらのアジトの場所だとか、知ってるか?」
「一部は、知っている。だが、知ってどうするつもりだ?」
「今は、どうもしない。知っておくことに価値があるって話だ」
「……良いが、今も同じ場所に拠点があるとは限らないぞ。それに、本拠地らしき場所は俺も特定できていない」
「それで十分だ。恩に着るぜ、龍」
「下の名前で呼ぶのは止めろって、何度言ったら分かるんだ?」
溜息を吐き、『機龍』は……井塚 龍は、差し出された七里の手を取った。