護衛の依頼
異界研究者犀川の拉致。その失敗の報告が届いたのは、到着の報告から十分も経っていない頃だった。
「クソみたいな想定外ですよ。碌に護衛も付いていないような研究者一人、簡単に拉致って来れると思ったんですけどねぇ……」
眼鏡を付けた若い男が一人、溜息を吐く。
「アレくらいなら、出来損ないの失敗作共でも出来ると思ったんですが……これも出来なきゃ、使い道なんて無いに等しい屑ですよ」
男は眼鏡の縁に触れ、その位置を調整し、目の前のコンピューターと向かい合った。
「これじゃ、筆頭に怒られても文句は言えないですね……どうにか、犀川翠果を捕えなければ」
カタカタとコンピューターを操作し、男は高速で入れ替わっていく画面を無感情な目で睨む。
「私らの秘密に勘付いている以上、殺すことも視野……ですねぇ」
男は眼鏡の位置を再び微調整し、その焦燥が滲んだ瞳を画面に向け続けた。
♦……side:老日
そんな訳で、西園寺からの連絡があったのが朝の話だ。
「大体、貴方は連絡を返すのが遅すぎます。普通、既読を付けたら直ぐに返信するのが礼儀でしょう。友達でもあるまいし」
「いや、どう返事をするか考えてたんだよ」
西園寺に招かれ、俺と犀川は西園寺の所有する屋敷に訪れていた。
「五時間以上もですか?」
「そうだ」
俺が答えると、西園寺は呆れたようにこちらを見た。
「まぁまぁ、抑えて下さい西園寺さん。ここからは、お願いになるんですから……その前に関係を悪化させても仕方ないでしょう?」
「……そうですね。分かりました」
西園寺は一拍置いた後に、話し始めた。
「本題から話しますが、貴方には犀川ちゃんの護衛を任せたいと思っています」
「驚いたな。俺のことは信頼していないものだと思ってたが」
「私はしていません。ですが、犀川ちゃん本人が信頼しているというので任せることにしたのです」
そうか。なるほど、こいつは俺の身体能力というか、魔素保有量を知っているからな。階位の高さが一級を圧倒的に凌駕している俺を一番に頼ろうとするのは、当然かもしれない。
「……一級の奴か、結社の奴にでも頼めば良いんじゃないか? 西園寺の金があればそれも可能だろう」
「老日さん以上に親しい方は一級のハンターには居ませんし、何よりその腕も信頼していますから」
「この一点張りで、主張を変えてはくれなかったんですよ……私だって、正直得体の知れない貴方に頼りたくは無かったんですが」
飽くまで、関係値を強調した言い方をする犀川。俺の能力を西園寺にバラすつもりは無いということだろう。だが、断ればどうなるかも……いや、こいつは俺のことを正しく恐れている。態々敵対の道は選ばないだろう。
「……別に良いが。期限と報酬についてはここで決めさせて貰うぞ」
「えぇっ!? 受けてくれるんですか!?」
何で、頼んだ張本人が驚いてるんだよ。ダメで元々だったのか?
「まぁ、国家組織が敵だとか言わないなら問題無い。最近は若干暇だったからな、丁度良い」
先ずは四級を目指すくらいの目標はあったが、別にいつでも出来ることだからな。それに、難しくも何ともない。
「勿論、こっちが犯罪者側なんて話じゃ無いですよ。私の研究を狙ってくる不逞の輩から身を守って欲しいだけです」
「そりゃ重畳だが……期限はどうなるんだ? いつまでも襲撃が来るまで守ってやる訳じゃないぞ」
というか、最初に俺の髪の毛を拾って勝手に色々調べてた奴が良くも自信満々に言えたもんだな。普通に犯罪だろ、あれ。
「大丈夫ですよ。老日さんは拘束を嫌うタイプですからね、期限についてはきちんと考えがあります」
そう言うと、犀川は西園寺に視線を向けた。
「ここからは私が説明しますが……簡潔に言うと、相手の組織を特定するまでです。そこからは、警察勢力等の武力組織と協力してその敵を完膚なきまでに潰します。一人残らず、形も残さずに」
「……それは良いんだが、その特定が成功するのには期待して良いんだな?」
「それに関しては期待して大丈夫です。もう、誰が相手かについては見当がついてますし」
「だったら良いんだが」
延々と護衛をさせられるのは勘弁だ。
「その組織を潰すって方には付いて行かなくて良いんだな?」
「えぇ、勿論です。というか、組織を特定して外部に頼らなくとも確実な護衛の手段を確立出来た段階で護衛の仕事は終わりです」
ふむ、それなら問題無いな。大した面倒事にはならないだろう。
「それで、報酬はどうするんだ?」
「一応、肩書き上は五級のハンターとなっていますが……犀川ちゃんの言葉もありますし、準一級程度と見積もって良いでしょう」
犀川は何か言いたげな顔をしてはいるが、ここで否定するのは無駄だろう。一級以上だと言ったところで、寧ろ面倒が増えるだけだ。
「なので、一週間の依頼と見て……このくらいでしょう」
西園寺はそう言って、七つ指を立てた。