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魔手

 岩崎七里は悩んでいた。岩崎は協会職員の中でもそれなりの力を持ってはいるが、それは飽くまで異界の調査や異常発生時の対処における権限を有しているというだけで、職員としての地位や立場が高いという訳では無い。


「……何つーか、きな臭ぇ」


 岩崎が老日に伝えなかったことが一つある。それは、岩崎が抱いた協会に対する不信だ。鳥居異界にしても、人工の魔物にしてもそうだが、本来ならばもっと問題視されているべきだ。協会側で調査が行われないことも不自然、そういった役目を担ってきた七里への報告が無いことも奇妙だ。


「あのクソ爺がなんか隠してるとしか思えねぇ……」


 協会のトップを務める明石会長。その思想が協会の利益を最大限優先することであるのは岩崎も知っていることだ。

 そして、その思想がある故に他の事情、倫理や道徳を無視したような行動を幾度も取っているということは七里も察していた。


「だが、俺の立場じゃ踏み入るのは難しいな……」


 協会内の三階にある休憩室の椅子から七里は立ち上がり、顎に手を当てて目を細めた。


「ちぃと、調べて見るか」


 七里はポケットから携帯を取り出し、画面を操作して電話を掛けようとして……途中で止めた。


「中は、止めとくか」


 協会が怪しいというのに、協会内で電話をかけるのは愚かな行為だ。七里はポケットに携帯を戻し、外へと歩き出した。






 ♦




 東京特殊技能育成高等学校。海を埋め立てて建てられた巨大建造物。そこに造られたラボの中に、一人の少女が居た。


「ふんふん、実験は成功ですね……」


 桃色に光る白い液体。試験管の中のそれを揺らして、少女は何度も頷いた。


「犀川さん。例のアレ、出来たんですか?」


「勿論です。改良型の溶液ですよ」


 背後から現れた制服姿の男が、少女の持つ試験管の中身を覗き込んだ。


「白虹石の性質の再現……出来たってことですか?」


「流石にあそこまで効率良く、とは行きませんが、白虹石のような使い勝手の良い素材には近付きましたね」


 試験管を保管庫に入れた犀川は、上から羽織っていた白衣を脱いで制服だけの姿になると、ラボの出口へと歩いて行く。


「今日のところは一旦帰ります。時間を置いて変化があるかも見る必要があるので、今は出来ることもありませんし」


「分かりました。鍵は僕が閉めておきますね」


「お願いします」


 犀川は短く告げると、入り口近くに置かれていた鞄を拾い上げてラボの外に出た。そのまま学園の外に向かいながら、犀川はずっと思考を巡らせる。研究について、異界について、休むことなく考えながら歩いている。


「ん」


 学園の外に出た犀川は、暫く歩いた後に足を止めた。それは、普段は人が多い筈の道にたったの一人も居ないからだ。


「……ふむふむ、なるほど」


 そこから遅れて、犀川の首筋にちくりとした感触が走った。それは、犀川が肌身離さず身に着けている危機察知の魔道具により起動した、気付けの針だ。眠っている状態でも即座に意識を覚醒させ、起きている状態でも意識を活性化させる。依存性こそ無いが、脳に負担をかけるため過度に使用すれば危険な代物だ。


「緊急時ということで、仕方なく」


 犀川の鞄から金属の球体が飛び出し、一瞬にして人型に変形した。


「私を守れ。()()()()()()


 それは、ゴーレムだ。中心に青く光るコアを持つ、細身の人型。いや、その外見はゴーレムというよりもロボットと呼ぶ方が相応しいだろう。人型というだけで人間そのままの姿ではなく、筋肉や脂肪を削ぎ落したようなゴツゴツの骨張った姿。

 体を曲げて猫背になっているが身長は高く、その状態でも二メートルはある程だ。


「さぁ、どこからでも……」


 続けて足元に落とした装置から赤い結界が展開され、ドーム状に犀川を覆った。そして、その犀川とゴーレムを囲むように人影が幾つも現れる。


「ふむ、楽な任務だと思っていたが」


 現れた男達はフードを被り、黒布で顔を覆っており、目元すらも見えない。だが、どうやら向こうからは違和感なく見えているらしい。


「想定よりも手強そうだ」


 男の手が長い裾から伸び……犀川は目を細めた。


「ククッ、驚いたか?」


 裾から伸びた筈の腕。それは、人間のそれではなく……カマキリのような鎌だった。


「大人しく投降しろ。今なら、傷一つ付けずに捕えてやる」


「捕まえることが目的なら、尚更投降なんて出来ませんね」


 犀川は、自分の異界に対する知識の深さと知能の高さを理解している。そして、それが悪用された際の危険性も。


「一つ、教えてやろう」


 男は鎌の腕を指代わりに立て、布の内側でにやりと笑った。


「お前のラボの仲間を一人、既に捕えている。そして、そいつに研究者としての価値は無い。意味は分かるな?」


「人質、ですか?」


 犀川は動揺したような顔もせずに聞き返した。


「あぁ、仲間を殺されたくは無いだろう? 今は大人しく捕まっておくのが賢いぞ。お前の為にも、仲間の為にもな」


「どうですかね? 私が捕まっても仲間が解放される保証は無いですし……それに、仮に解放されるとしても私は捕まる選択肢なんて取りませんよ?」


 赤く輝く結界の中から毅然と言い放った犀川に、男は眉を顰める。


「……何故だ?」


「だって、私の為や仲間の為にはなっても……世界の為には、なりませんから」


 無様と分かりつつも耐え切れずに問いかけた男に、犀川はまた平然と答えた。


「世界の為だと? そんな偽善で、仲間の命を捨てるのか?」


「そりゃ、私にとっては他の人より自分や仲間の方が大事ですよ? でも、大多数の人間にとってはそうじゃないです。私が貴方達に捕らえられて、洗脳でもされた日には、沢山の人間が不幸な目に遭うことは分かり切ってます」


 犀川は、察していた。名前も写真も出さずに揺さぶりをかける相手だが、確実に人質など取っていない。それでも、その考えを突き付けなかったのは、後からでも人質という択を取られないようにする為の保険だ。


「……まぁ良い。どちらにしろ、手間がかかるかどうかの差だ」


 男は再び暗い笑みを浮かべると、鎌をもたげて犀川に向けた。


「行くぞ。隣の機械はバラして良い」


「……了解」


 黒布で顔を覆った男達は、先ずは犀川の隣の機械へと動き出した。

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