路地裏へと引き摺り込む者
七里の話を聞き終えた俺は寿司を満足するまで食った後に代金を奢って解散した。向こうの方でも調べてみると言っていたが、深入りはし過ぎるなと警戒は促しておいた。
「結局のところ、核心に至れはしなかった訳だが」
東京の街を歩き、人混みに塗れながら呟く。俺の独り言なんかは、誰の耳にも聞こえていないだろう。
「……取り敢えず、四級を目指すか」
一生研究会の奴らの事ばかり考えていても仕方ない。今は前を向いて自分の世界に戻ることにしよう。
「あっ!」
その瞬間、俺の方を見て声を上げる女を見つけた。向こうは俺を知っているようだが、見覚えは……いや、アイツか。
「ちょっと、こっちこっち! こっちです!」
囁き声で叫ぶという器用な真似をして俺を手招いた女。変装しているようだが、その正体はミミだ。
「何の用だ?」
壁際に俺を引き寄せ、それから路地裏まで俺を招いたミミは、俺の問いを聞くと不満そうな顔をした。
「何の用って、久々に顔を見たからちょっと話をするくらい良いじゃないですかっ!」
「……別に良いが、話すことなんてあるのか?」
俺が言うと、ミミは更に不満げな表情を強める。
「女の子相手にその態度……モテませんよ」
「そうか」
「何ですか? 意外とモテるとでも言いたいんですか? 確かに、老日さんは強いですし優しいところもありますけど……」
勘違いしていそうなミミに、俺は首を振る。
「別に、モテなくても問題無い」
「うわーっ! そんな負け惜しみみたいなセリフ平然と言います!?」
「……アンタは俺を馬鹿にしに来たのか?」
俺が言うと、ミミはうっと口を詰まらせた。
「違いますけど……元はと言えば、老日さんがあんまりにもあんまりな反応をするからですよっ?」
「用が無いなら行くが」
「あぁーっ! 分かりましたっ! 分かりましたからっ! すみませんっ、折角あったんですから、ちょっとお話しましょうっ! ね?」
「……あぁ」
俺は溜息を吐き、路地裏の壁に背を持たれた。
「そんなとこの壁にもたれかかったら服が汚れちゃいますよ?」
「魔術で洗えば良い」
「ここでですか? バレたら怒られますよ?」
「問題ない」
街中で魔術を使うには許可が必要だが、ハンターというだけでは無理だ。勿論緊急時の自衛は使っても許される場合はあるが、こんな雑な使い方をしているのが見つかれば厳重注意を受ける羽目になるだろう。とは言え、白雪のような奴でも無ければ俺の隠蔽した魔術の使用を見破れはしない筈だ。
「……それで、話なんですけど」
「あぁ」
ミミはビシッと指先を俺に突き立てた。面倒事の気配を感じたので、念の為に結界で音と気配は遮断しておくことにした。
「あんなことがあったのに、何で全然連絡してくれないんですかっ! 私の身に何があったのか、老日さんからも詳しく聞かせて下さいよっ!」
「用、あるじゃないか」
何も用なんて無いみたいな口振りだった癖に、全然重要な話だった。
「会った時は久々の再会による感動で忘れてただけですっ! そして今、ずっと聞きたかったことをふつふつと思い出してしまっただけですっ!」
忘れてたくらいなら、話さなくても良さそうだが……どうにも、それを許してくれそうな視線ではない。
「確かに、俺の事情でアンタの身に危険が及んだのは事実だ。それはすまん」
「それは、別に良いです。でも、どうしてあんなことになったのかだけは知りたいです」
「あー、簡潔に話すとだな」
俺は咳払いで一区切りし、例の事件についての流れを思い出した。
「結社に居る俺の知り合いをアイドル視してた奴らが、嫉妬で俺にぶち切れて襲撃かまして来たんだが、返り討ちにした結果アイツらの上司の女が出て来て、俺に事情聴取兼脅迫をかけに来たって訳だな」
「……簡潔過ぎて、逆に理解し切れませんでした」
目を細めるミミに、俺は補足の説明を捻り出す。
「アンタが襲われたのは、俺と関わりがあると見られたからだ。配信中に襲撃かけて来た魔術士もあの女の使いだな」
正確には、使いというか洗脳された奴だが。
「なるほど……それで、あの後はどうなったんですか? 画面から二人が消えた後は……」
「アイツは幻で作った分身みたいな奴だったんだが、本体の下に直行して直接話をしてきた。結果は、無事和解だ」
「……本人から聞いた話と、相違ないですね」
「何だ、会ってたのか?」
俺が聞くと、ミミはこくりと頷いた。
「あの後、謝りに来て……詳しくは話せないけど、大体こういう事情だったの、みたいな話は聞きました」
「……あぁ」
そういえば、ミミに謝りに行くようにって話はしたな。ちゃんと謝りに行ってたようで何よりだ。全然、行かない可能性もあったからな。
「素性とかは聞けませんでしたが、代わりに良さげな道具とかを貰ったので許して上げることにしました。多分、世の中に出回ってないくらい高性能な奴ですよ?」
魔道具のプレゼントで買収したのか。まぁ、結社の第八位が持ってるような魔道具だ。一介のハンターからすれば、垂涎物ってレベルだろう。
「……そういえば、まだ三級なのか?」
「ふふんっ、良くぞ聞いてくれましたね……なんとっ、私は既に二級の高みまで達しているのですっ!! ふふふっ、フハハッ!」
「その笑い方やめろ」
あの中二病魔術師を思い出すからな。
「老日さんは……最初に、四級を目指すとか呟いてましたね」
「耳が良いな」
俺が言うと、ミミはもの言いたげな目で俺を見た。
「……何だ?」
「いや、老日さんみたいな実力の人が四級を目指すとか、嫌な寒気がしますよ」
「何でだよ」
「だって、四級を目指すも何も、既に一級もかくやってレベルじゃないですか絶対ッ! 何なら、一級超えててもおかしくないって私は思ってますっ!!」
まぁ、事実そうではあるけどな。
「……まぁ良いです。取り敢えず、喫茶店でも行きましょう?」
切り替えるように言ってきたので、俺もミミに目を合わせて答えることにした。
「行かん」
「何でですかっ!?」
がびーん、とでも効果音が付きそうな反応のミミを無視し、俺は結界の外に出て東京の人混みに消えた。