海鮮三昧
魔物と人が融合したような、奇妙で不気味な姿。蟹の鋏を持った甲殻の怪人。
「不要な混乱を招く為、世間的には単なる魔物の一体とされていますが、明らかに人でありながら人でない彼らを、一部の人間は怪人と呼んでいるようです」
「……なるほどな」
俺はその存在に、また花房との会話を思い出した。花房の世界に魔物が居るのか聞いた時のことだったか。
――――んー、こっちの魔物とはちょっと違いますけど、一応?
――――二種類あって、異能によって作り出された怪物と、異能が宿って魔物のようになった動物、あとは異能因子を暴走させられちゃった人も、魔物みたいになっちゃいますね」
あの蟹の怪人の姿は、異能因子の暴走によるものではないのか? 頭に浮かんだ疑問が晴らされぬ内に、ステラが再び口を開いた。
「そういえば、前に話に出た岩崎七里という方がこの怪人の討伐者らしいですが。お話を聞いてみては如何ですか?」
「……七里が?」
意外な名前に眉を顰めた俺は、悩んだ末に空になったラーメンの器を持って立ち上がった。
「行くんですか?」
「あぁ。聞くだけ聞いて来る」
流し台に食器を置いた俺は、スマホを懐から取り出した。
♢
俺と七里は向かい合った席に座り、机の右側、レールの近くに置かれたタブレットを眺めていた。
「ったく、お互いそこそこ金持ってんだろうに……態々回る寿司行くかよ?」
「こっちの方が気楽だろ? それに、こういう場所の方が妙な奴らは来ないだろうしな」
七里はタブレットから注文する手を止めて、こちらに顔を向けた。
「……こんなのまで張って何の用かと思ったら、やっぱりそういう話かよ」
こんなの、というのは俺が張った認識阻害の結界のことだろう。外部への音を遮断し、その現象を不自然に思われることも意識を向けられることも無くする。
「一応、ネット上にも情報は落としたくなかったからな。ただの飯の誘いって形にさせて貰った」
ステラみたいなのが敵に居ないとも限らないからな。怪人を倒してる以上、七里が警戒対象としてマークされてる可能性もある。そうなれば、LINKでそのまま用件を伝えるのは危険だろう。
「まぁ、良いけどよ……何を聞きてぇんだ?」
「例の怪人の話だ。蟹の腕を持ってる、甲殻に覆われた……」
説明の途中で、七里はあぁと相槌を打った。
「アイツのことか……何て言ってたかな、名前は……」
七里は僅かに唸った後、思い出したように顔を上げる。
「黒野享路、だ。そう名乗ってた」
「……しっかり、人間の名前だな?」
「あぁ、何なら元人間だって自分で言ってたぜ」
元人間、か。
「お前がくれた剣と宝石が無かったら、もうちょい苦戦してただろうな。助かったぜ」
「あぁ、アレか。つまり、結構強かったんだな?」
「まぁ、等級で言えば丙くらいはあったな。前に出たクソ目玉よかちぃっと弱いくらいだな」
「能力は?」
俺が聞くと、七里は呆れたように笑いながらタブレットを指差した。
「先ずは注文くらい済ませようぜ? 切羽詰まった緊急事態って訳でもねんだろ?」
「……そうだな」
俺は息を吐き、メニューの載ったタブレットに視線を向けた。ここから注文して、上のレールを通って運ばれてくる仕組みらしい。今はもう、回転寿司とは名ばかりって訳だ。
「しっかし、俺は寿司より焼肉の方が好きって言った筈だぜ?」
「あぁ、言ってたな。俺も知り合いにそう伝えておいた」
俺が言うと、七里はぎょっとした目で俺を見る。
「誰だよ知り合い……何があったら俺の飯の好みを話すような事態になるんだ?」
「都栖って女だ。五級昇格の試験官だったんだが、お前のことを尊敬してるみたいな話をしてたからな。飯の好みも教えてやった」
「誰だったか……少なくとも、俺の記憶にはねぇな」
「そりゃそうだろうな。見たことくらいはあるだろうが、話したことは無さそうな口振りだったぞ」
七里も有名人だからな。しかも、準一級でそこから協会の職員になってるって経歴だ。同じ職員でハンターの都栖としては、尊敬の対象になるのも無理は無いだろう。
「……そういえば」
一つ、思い出した。
「俺と都栖が取り調べをされてた時なんだが……」
「待て待て。取り調べって何だよ? そんなことあったのか?」
「ん? あぁ、そうだ。色々あって異界を一つ消滅させたんだ。鳥居異界って所なんだが……」
「ッ、アレお前だったのかよ……全く情報が無い上に、碌に調査もされないから妙だとは思ってたんだが」
全く情報が無い、か。会長が消したのか? 俺を取り入れようとする際に面倒にならないように、とかか?
「その時に、知り合いの警察と知り合いの研究者が居たんだが……」
「身内ばっかりじゃねえかよ」
確かに、知り合いしか居ない取り調べってのはどうなんだって話だけどな。
「そいつらの話を聞くに、あの異界は人工の可能性があるらしい」
そいつらって言うか、殆ど犀川の話ではあったが。
「人工の異界……!? んなもん、存在する訳が……」
思わず席を立った七里だが、結界のお陰で誰も視線を向けることは無い。
「お前が言うってことは、あるのか?」
「いや、それに関しては俺が確かめたことでも俺の考えでも無い。知り合いの、優秀な研究者の考えだ。それも、可能性」
「……まぁ、落ち着いて話を聞いてやるよ。丁度、寿司も来たしな」
お互いにレールから運ばれて来た寿司を机の上に移し、小皿に醤油を注ぎ、箸を手に取った。




