調査結果報告
リビングでインスタント麺を食っていた俺の下に、ステラが歩いて来る。何となく声をかけて来そうな気配を感じ取った俺は、口の中の物を飲み込んで箸を置いた。
「マスター」
予想通り声をかけて来たステラに振り向くと、その手に掲げられた金属のタブレットにずらりと文字が並んでいるのが見えた。
「食べながらで良いので読んでください。例の件についての情報を纏めました」
「口頭で頼む」
細かく並んだ文字の集まりから目を逸らし、俺は再び箸を取った。
「……はぁ、仕方のない人ですね」
溜息を吐き、ステラはタブレット端末を自分側に戻した。
「魔物を生産し、改造している組織……彼らの名は、『魔科学研究会』です。同じ名称の組織は他にも幾つかありましたが、それらを隠れ蓑にしているのか、聞かれても怪しまれない名称にしているのか……どちらも可能性はありますね」
「まぁ、どこにでもありそうな名前だな」
魔術と科学を統合した研究会。と、言うことだろう。目的も名前も有り触れていそうなものでしかない。
「だが、そいつらが変異種を生み出したり魔物を作り出してるってのは確かなんだな?」
「確か、とまでは言い切れませんが。90%そうであるとは言えますね。電子世界に触れた連絡などを盗み見て判断しているのみですから、それら自体が偽装された情報であった場合や、単なる下部組織や似た行動を起こしている別組織の可能性もあります」
表層の情報だけさらっての話だからな。確度が低くなるのは仕方無いことだ。
「どうしますか? マスターが望むならば、その情報元にアクセスして位置や端末内の他情報に至るまで確認することも可能ですが」
「いや、いい。今回は探ってることを相手に気付かれたくないからな。ソロモン事件の二の舞をやりたくはない」
「そうですか……残念ですが、了解しました」
「お前は……まぁ、分かったなら良いが」
ステラの野次馬根性はしっかりと抑制しておく必要がある。それに、強者至上主義とはまた違うが、力で解決することを良しとしているところがある。もっと言えば、俺が十全に力を振るうことを望んでいる節があると言うべきか。
「主様、私も情報を纏めて来ましたわ」
と、玄関から入ってきたメイアがぺこりと頭を下げてから駆け寄ってくる。
「どうせ、ステラも報告の最中だったのでしょう?」
「その通りです。なので、邪魔しないで頂けると幸いですね」
俺がステラに視線を向けると、にこりと微笑んで話し始める。代わりに、メイアはむすっとした表情を浮かべた。
「続きですが、奴らの中でも部門が幾つか分かれているらしく、大まかに科学部門と魔術部門、神秘部門の三つに分かれているようですね。その他にも呪術部門やらがあるようですが、立ち位置としては魔術部門の中となっていそうです。そして、目的に応じて部門同士でも連携を取り合って即席のチームを作る等して取り組んでいるようです」
「……そうか」
要するに、組織内でも色々分かれてるってことだな。
「科学部門と魔術部門に関してはやり取りが多く、覗き見た連絡だけでもある程度の情報が集まったのですが……神秘部門に関しては、情報は皆無に近く、どういった動きがあるのか、人員に至るまで全く分かっていません」
「随分ときな臭いな……そこまで情報を秘する理由があるのか、単純にその部門の活動量が少ない故に情報が無いのか」
「私の方でも、神秘部門なんて言葉自体殆ど出て来ませんでした……もしかすれば、そこが奴らの核となっている可能性もありますね」
取るに足らない部門であるが故に情報が無いのか、寧ろ最も重要な部門だからこそ情報が無いのか……どちらかは、分からないな。
「そして、確認できた研究内容ですが……想像通り、魔物の作製や改造、科学と魔術を融合した道具の製作。それから……異能を持った人間を対象にした実験もあるようです」
「実験?」
聞き返すと、ステラは頷いて話し始めた。
「はい。具体的な内容までは把握していませんが、本人の持つ異能の限界を引き出す実験や、その異能因子自体を抽出しようとする実験。そして、抽出した因子を他の生物に植え付ける実験……何れも、この世の倫理観を無視したような実験であることは間違いありませんね」
「異能因子の、抽出……」
――――アンタはどうやって異能を手に入れたんだ?
――――異能因子を植え付けられて目覚めました。私が強い異能を手に入れられることは異能で知ってて、私を選んで召喚したらしいです。
花房華凛と出会った時の会話を、思い出した。アイツの話によれば、確かに異能因子は抽出し、そして植え付けることすら可能なのだろう。
――――こっちだと何て言うか知らないですけど、魂に結び付いて異能を芽生えさせる粒子的なものらしいです。物質的には存在してないとか、良く分からない説明しかされなかったので私も詳しくは知りません。
だが、アイツの説明では、異能因子は飽くまで異能を芽生えさせる種のような物だった。既に根付いた異能を引っぺがして埋め直すような真似が出来るとは語っていなかった。
「……現代科学と魔術の賜物、か?」
向こうですら出来ないことが、こっちでは可能なのかも知れない。
「それと、これも彼らの実験が関わっている物の一つですが……今までに、幾度か怪人という存在が現れています」
「怪人だと?」
思考に耽る俺を無視して新たな話を始めたステラに、俺は視線を戻す。
「えぇ。見た目だと、こういった……概ね人型の、魔物ではない怪物です。その構造には、人間であった頃の面影が残っているとか」
ステラが見せたタブレットには、鎧のような黒い甲殻を纏った人型……両腕が巨大な蟹の鋏のようになっている怪物の姿があった。