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歪みの中

 ハッキリ言って、情報収集は上手く行っているとは言えなかった。



 変異種と聞けば直ぐに飛び出し、協会の支援も受けて最速で駆けつけるというのを繰り返してはいるが、それでもだ。


「結局、昨日のオーガも普通の変異種だったし……となると、あの人もやっぱ無関係ってことになりますかね?」


 新潟県の異界近くにある自然公園のベンチに座り込んだ氷野雪也は溜息を吐いた。周囲には人っ子一人いない。しかし、それも当然だ。

 都会の完璧に管理された異界ならばいざ知らず、どちらかと言えば田舎にある稼ぎにもならないハズレ異界なんかが管理されているかは怪しいところだ。

 そんな異界の周辺に建てられたままの公園など、まともな神経をしていれば使わせる気にはならないだろう。


「こんな無駄にだだっ広い公園、誰も使わないんだからハンター向けの施設に……いや」


 碌な素材の取れる魔物も居ないハズレ異界では、そんな施設を作った所で誰も来やしないだろう。雪也は自らの浅慮を自らの思考の中で正し、視線を上に向けた。


「全く、ままならないもんで……ん」


 ぼーっと空を見上げる雪也。雲の散る空を一羽の鳥が飛んでいき……青い目が、違和感を捉えた。鳥の姿が、ぐにゃりと捻じ曲がったように見えたのだ。


「空間が、歪んでる……?」


 結界なんかは張られていない。それは見れば分かる。だが、この歪みは、違和感は……一体、どういうことだろうか。


「確かめよう」


 ふっとベンチから飛び降り、その歪みのあった方に歩いて行く。そこには、公園の中心にある巨大な池があり……雪也は、躊躇うことなくその池に足を一歩踏み出した。


「気配は、感じない……けど」


 一歩、踏みしめる。その度に池に薄氷が張り、雪也の一歩を受け止める。


「……ここ、だ」


 雪也は、池の中心辺りで足を止めた。そして、歪んだ空間へと手を伸ばし……あっさりと、手は歪みの向こう側に呑み込まれる。


「ッ、何も無い……?」


 雪也は警戒しながらも、一息に歪みの向こう側に飛び込んだ。


「ッ、なぁ!?」


 一歩。見えていた筈の景色が入れ替わる。踏み越えた場所にあった狭い足場でギリギリ足を止めた雪也は、その穴を覗き下ろした。


「……螺旋階段」


 穴の下へと続く螺旋階段。中央にぽっかりと開いた穴が不安を誘うが、雪也は出来るだけ気配を消しながら螺旋階段に足をかける。




 仄暗い階段を下りていった先にあったのは、研究室の如き場所だった。僅かに開けた扉から覗く光景は、正にそれだ。資料が散乱し、幾つも器具が並んでいる。


(でも、整理されてないってことはもぬけの殻って可能性も……)


 雪也がその思考を浮かべた瞬間、部屋の奥からガチャリと扉の開く音がした。


「ッ!」


 息を呑み、静かに扉を閉じる。それから、慎重に螺旋階段を上っていく。だが、ドシドシと無遠慮に駆け寄って来るような足音は直ぐに入り口の扉を開き、息を殺して階段を上っている最中の雪也を見つけた。


「ちょっと、アンタ誰よ! 敵じゃぁ無いでしょうねっ!」


 ビシッと雪也を指差した足音の主。その姿は……茶色がかった髪の少女。それも、小学生に見える程に幼い。


「え、こども……?」


「子ども扱いしてんじゃないわよっ! 私だって、こう見えてつよ……く、ないわよ。何でも無いわ」


 顔を赤くした後、何かを思い出したように冷静に戻った少女は言う。その、明らかに誤魔化しているような態度に雪也は目を細め、螺旋階段をゆっくりと下りる。


「ちょ、ちょっと何勝手に下りてきてんのよッ! 止まれッ、止まりなさい!」


「あ、はい。えっと、あの、貴方は……?」


 雪也の問いに少女はむっと顔を顰める。


「…………秘密よっ!」


 少女の答えに雪也は空を仰ぐ。


「えーっと……中の調査とかって、しても大丈夫ですかね?」


「良い訳ないでしょう! 人の家勝手に調べようとしてんじゃないわよっ! そもそも、アンタ誰よっ!!」


 爆発するように溢れ出した言葉に雪也は若干気圧されながらも、頭の後ろに片手を持っていき、頭の中で答えを作る。


「そうですね……僕は、氷野雪也です。一級のハンターですが、聞いたことないですかね?」


「知らないわよ! 一級だか何だか知らないけど、調子乗ってるんじゃないわよ! 勝手に入ってきたところで、アンタなんか、私にかかれば、イチ……イイ感じよッ!」


 無理やりに軌道修正したように叫んだ少女に、雪也は溜息を吐き出した。


「……ここに入り込んだのは、確かに無断です。でも、ここってそもそも公共施設の中ですからね。無断でここを家にしているのは、貴方の方じゃないんですか?」


「ぐっ」


 少女はダメージを受けたように胸を抑え、親の仇を見るように雪也を睨んだ。


「図星、みたいね」


「それ、僕のセリフじゃないですかね!?」


 思わず叫んだ雪也は、絶妙に話の通じなそうな少女を前に頭を抱えた。


「はぁ……どうしよう。勝手に中を確かめる権限とか、あるのかな……」


 公共施設内に建てられた謎の施設。ここを調査するのに権利が要るのか、要らないのか。雪也には判断が付かなかった。



「――――お困りのようだね? 少年」



 目の前の少女への対応で頭が一杯になっていた雪也は、背後から降り立った存在に気付かなかった。それは、やけに金属部分の多い黒の傘を差した中年の男だった。


「え、今……今、降りて来ました?」


「あぁ、降りて来たとも」


 雪也の錯覚では無ければ、その男は階段を使うことなく中央に開いた穴を真っ直ぐに降りて来た。いや、落ちて来た。


「『ふんわり傘ver.5』だ。冷暖房完備に加え、耐衝撃性抜群だ。五億で売ってやろう」


「要らねえよ……!」


 頭がおかしくなりそうだ。雪也は再び頭を抱え、最早躊躇うことも無く男を睨んだ。


「ここは何なんですかッ! そして、アンタらは誰なんですかッ!!」


 雪也の慟哭を聞いた男は、傘を開いたまま片手で髭を撫でた。


「ここは私の研究所。そして、私達は家族だ」


「ここは私の家! そして、私達は家族よ!」


 雪也は頭の痛みに眉を顰めながらも、二人の言葉の中から重要な情報を抜き出した。


「研究所、ですか?」


「……あぁ、そうとも。ここは私の研究所。便利な道具を作っているよ」


 男の言葉に、雪也は何か煮え切らないものを感じ取った。


「魔物や変異種を作っている、の間違いじゃありませんよね」


「ッ!」


 敵意すら滲んだ雪也の言葉に、男は目を見開いた。

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