あの頃の地球
結局全ての陰陽師がこの島で一夜を過ごした後、朝を迎えることになった。本来は殆どが昨日で帰還、残りたいものだけが残る筈だったが、こうなったのは天明の熱意が伝わってのことだろう。
「……結局、島の探索はそこまで出来なかったな」
海をかき分けるフェリーの轟音が、俺の呟きを掻き消した。隣に座っていた蘆屋はちらりとこっちを見たが、何も無いと分かると正面に視線を戻す。
本当はもっと島を探索したかったところなんだが、昨日は色々あったからな。流石にそこから探索にまで移る気力は残っていなかった。
「勇、楽しかった?」
「まぁ、それなりにな。予想以上に歯応えがあった」
「確かにね~、僕も白龍は出ずに終わるかもって思ってたよ」
「俺も出る幕が無いなら無いで良いとは思っていたが……活躍の機会があるなら、それに越したことは無いからな」
左手にある窓を見ると、燦々と照らされる静かな海が広がっている。こうして見ると、三十年前と何も変わらない平和な世界のようだ。魔物も居らず、魔術も知られていない、純粋な地球。
今は最早、それが懐かしい。俺が帰ってきた地球は、日本は、もう俺が知っている世界では無くなっている。それで絶望する程、俺も弱くは無いが……少し、寂しい気持ちはある。
傾けていた顔を戻し、あの頃の地球を思い出す。あの頃の、普通だった地球は……
「……珍しい」
「何がだ?」
こちらを向いて呟く蘆屋に尋ねると、自分の瞳を指先でとんとんと指した。
「感傷に浸るような目……してたなぁって」
「ここ最近の俺は、ポーカーフェイスで通ってるつもりだったんだが」
俺は思わず仮面に触れ、瞬きをした。
「確かに、いっつもぶっきらぼうな顔してるけど……僕だって、目の色を伺うくらい出来るようにはにはなってきたよ」
「そう、か」
バレてたか。だからと言って、問題がある訳じゃないんだが……そうか。
「……蘆屋、お前は異界接触現象の後に生まれたんだよな」
「うん。勇もそうじゃないの?」
確かに、そうだよな。そう見えるよな。
「いや……俺は色々あってな。歳としては実際そのくらいなんだが」
一応、防音の結界を張って俺は口にした。
「生まれたの自体は、四十年以上前だ」
「えぇと……コールドスリープ?」
「違う。が、まぁそんなところだ。一時期、時間の流れが異なる場所に居た」
「へぇ……異界の中、みたいな?」
俺は少し悩んだ後、頷いた。
「そう思ってくれて良い」
「なんか曖昧……でも、勇の強さの秘密はそこにあるって考えて良いのかな?」
ニヤリと笑う蘆屋に、俺は再び頷く。
「そうだな。正に」
「ッ、あっさり肯定するじゃん?」
「まぁ、隠してる訳じゃ……あるんだが、バレても問題は無いからな」
「……僕の予想、言って良い?」
頷いてやると、蘆屋は得意げな顔で話し始めた。
「滅茶苦茶魔物が居る異界に閉じ込められて……そこで生き抜いてる内に強くなった、とかどう!?」
「ハズレだ。だが、まぁ……事実だけ見れば遠からず、かも知れない」
死ぬ程魔物が居る異世界に閉じ込められて、そこで生き抜いてる内に強くなったってのは、事実ではあるからな。尤も、蘆屋の考えているイメージとは全く異なるとは思うが。
「えー、じゃあ答えは?」
「言う訳ないだろ」
「むぅ」
蘆屋は頬を膨らませて俺を睨んだ。
「……まぁ、いつかな」
「え?」
聞き返す蘆屋に、俺は繰り返す。
「いつか、教えてやる」
いつか、気が向いた時に教えてやろう。……友達として、な。




