空に浮かぶ色
こてんと首を傾げる景姫に、俺は空を指差して説明する。夜が降りてきた黒い空には黄色い満月が浮かび、白い星が無数に輝き、薄灰色の雲が散りばめらている。
「例えば、色って概念があるだろ? でも、それには黒色だとか黄色だとか色んな種類がある。俺も、その中の一つの色に過ぎないが……色そのものが崇められている故に、俺も神としての力の一部を得てる、見たいな話だ」
「……なるほど。理解は、出来ました」
俺の場合は、それが『勇者』だった。勇者という存在が崇め奉られ、救世の英雄として人類に広まっていることでそのおこぼれに預かっていた……そういう話だ。
だが、勇者として活動していく中で、その概念への崇拝は俺という個人へのものに移っていき、強まっていった……だから今は、自前の神力とも言える状態になっている訳だ。
「つまり、貴方が言いたいのは……そもそも、その神力は誰かから授けられたりした者でも、巫祝でも無いということですね?」
「……まぁ、そうだな」
女神からは加護を受け取ったりはしたが、神力に関しては受け取っていないからな。多分、勇者としての神力が得られるから渡さなかったんだろう。向こうは向こうでやるべきことがあったみたいだからな。
「…………まさか、現人神の類だとは思いませんでした。予想すらしていませんでしたよ」
俺の答えを聞いて暫く黙り込んでいた景姫だったが、口を開くとそう言葉にした。
「現人神なんてけったいなもんじゃない。俺は人間だ」
「いいえ。人でありながら神である……貴方は、現人神ですよ」
だから、神では無いって言ってるんだけどな。少なくとも、自分でそれを認めたいとは思わない。思えない。
「神の力が使えるだけの人間。なんてのは、他にも居はするだろ? 文辻陽能だってそうだ。それが自前かそうじゃないかなんて、そこまで大きな問題か?」
「大きな問題としか思えませんよ……そもそも、借り物の神力とそうでない神力では大きく力の質が異なりますから」
それも、単純な優劣の話でしかない。体が人間で、精神が人間で、魂が人間である以上、俺は人間だ。人間でしかない。神力なんてのは、俺にとって付属部分でしかない訳だからな。
「……まぁ、貴方がそう主張するなら構いませんが。別に、私もそれを認めさせたところで得る物もありませんから」
「あぁ、諦めとけ」
景姫は小さく息を吐き、こちらから戦場に視線を移した。
「良い光景です。切磋琢磨する術士達……若きも老いしも関係なく、混ざり合って高め合う。もう失われて久しいものでしたが……やはり、土御門天明。あの者が居て良かった」
「安倍晴明を知るアンタから見ても天才なのか? 土御門天明は」
「ふっ、晴明様と比べてという話ですか? それなら、これまでに生まれ育った誰一人も勝てはしませんよ。才能も、努力も、人格も……晴明様に勝る者など、一人も」
珍しく嘲り嗤うような顔をする景姫。だが、直ぐにそれに気付いたのか誤魔化すような笑みを浮かべ直した。
「んん、失礼いたしました。晴明様の話となれば、少し熱くなってしまう所があるんです。お見苦しい所をお見せしてしまいましたね」
「別に良いが……そうか。天明ですら叶わないレベルの天才なのか、安倍晴明は」
俺が言うと、またその嗤いの片鱗を見せて景姫が口を開く。
「どころか、足下にも及ばないレベルです。晴明様がその気になれば、この世界など指先一つで塵と灰ですから」
「……そうか」
まぁ、この調子だと多分に誇張が入ってそうだな。流石に足元にも及ばないと言う程では無いにしろ、天明であっても大きな差はある程度か。
「ただ、晴明様と比べなければ……土御門天明も、歴史上五指に入る程の才覚を持つ陰陽師であると言って良いでしょう。どころか、その才だけで言うなら晴明様に次ぐかも知れません」
「……蘆屋道満ってのは、どうだったんだ? 話じゃ、安倍晴明と同等らしいが」
「ふん」
鼻で笑いやがった。
「確かに蘆屋道満は陰陽道に関して優れた才覚を持ち、真摯に取り組み続けて来た陰陽師でしたが……晴明様には届きませんよ」
「……仲は良かったのか? 敵対してたって話も聞くが」
「……悪友、と言ったところでしょうか。常に先進的な思考を持つ晴明様と、常識的な思考の蘆屋道満では、反りの合わない部分も多かったですが……それでも、互いに気を許す関係であったことは間違いないでしょう」
「なるほどな。……大体、想像は出来た」
蘆屋道満は苦労させられてそうな気がするな。
「しかし、やけに晴明様について聞かれますが……興味があるのですか?」
「そりゃな。陰陽道に置いて、未だ超えられない壁……断トツで最も高い実力を持つ陰陽師ときたら、興味も湧くだろ? もしかすれば、話を聞くだけでも陰陽道に対する更なる知見を得られるかも知れない」
「可能性はあるかも知れませんが、晴明様の話を聞いてもその偉大さが伝わるだけかと思いますよ」
「まぁ、別に最悪それでも良い」
純粋な興味があるってのは事実だからな。得られるものが何にも活きない知識だったとして、好奇心は満たせる。
「……お互い、聞きたいことはこのくらいですかね?」
「あぁ、そうだな」
暫しの沈黙を経て、景姫はそう切り出した。
「お話出来て良かったです。興味深い話が聞けました」
「俺としても、安倍晴明の話は興味深かった」
俺が答えると、景姫は何かに気付いたように視線を逸らした。
「そういえば、貴方は最後は私かと仰っておられましたが……」
景姫が微笑みながら口にするその言葉の趣意を、俺は途中で察した。
「私が最後では無いようですよ?」
そう言い残すと、景姫はまるで初めから居なかったかのようにその場から姿を消した。
「――――帰ってなかったみたいで安心したわ。勇」
後ろを向くと、景姫と同じおかっぱの少女がそこに立っていた。




