一石二鳥
門人試合自体は終幕したが、言葉通り天明は門人達や熟達した陰陽師達までも巻き込んで陰陽道の術や戦法を教え始めた。会場の中心、戦場となっていた筈の場所で行われているその講習の如き指導には、既に日も落ちているというのに、成長を望む者達が数え切れぬ程に集まっている。
「……最後は、アンタか」
その様子を、戦場とは反対に閑散とした観客席から見下ろしていた俺は、現れたその影に視線をずらした。
「こんにちは、見ていましたよ――――最初から」
黒髪のおかっぱの、振袖を着た少女。見覚えのあるその姿は……山の上の社で出会った、景姫だ。安倍晴明の式神を名乗るその少女は、俺でも気付かない程の隠形を持っている。
「何の用だ?」
「用という程のことはありませんが……あれほどの力を見せた貴方に興味を持つのは、おかしなことでは無いでしょう?」
興味か。景姫の瞳は、その真意を見せることなくこちらを真っ直ぐ覗いている。
「貴方に、幾つか質問があります。……答えて、下さいますか?」
「そりゃ、質問によるだろうな」
俺が答えると、景姫はにこりと笑う。
「では、質問を投げかけること自体は構わないということですね?」
「迂遠だな。そのくらい、別に良い」
「ふふ、それならお言葉に甘えて……貴方は、何者ですか?」
「聞き飽きた問いだな。その上、何が正しい答えかすら分からない。まぁ、強いて言うなら……ハンター兼、見習い陰陽師って所じゃないか?」
俺が答えると、景姫は少し不満げな色を表情に見せた。
「アンタが求めた答えじゃないなんてのは分かってるが、そこまで踏み入った話は教えてやるつもりは無いぞ」
「……私の身体、勝手に解析した癖に酷いです」
景姫の言葉に、俺は心中で溜息を吐いた。
「バレてたのか」
「分かっていてあの……天式の範囲内に入った私が悪いのもありますが、勝手に自分の式神の作成に使うのはどうかと思いますよ」
「それは、すまん。結界の解析は文句も言われなかったから、遠慮する必要も無いかと思った」
「女性の体をまさぐり調べ尽くすような真似、許されないですよ」
大分、語弊のある言い方だな。
「別に、あの場で気付いた訳じゃないんだろう? アンタが言うようなまさぐられてる感覚は無かったと思うが」
「何というか、ぞわっとする感じはありましたよ。ただ、結界の解析に集中しているのかと思っていました。あの状況で、私の情報も収集しているとは思いませんでしたよ」
「だったら、やっぱり景武者を見て気付いたのか?」
「そうです。直ぐに気付きましたよ」
僅かに怒ったような顔でこちらを見る景姫から、俺は視線を逸らして戦場を見下ろす。同時に、そこで戦っていた景武者のことを思い出した。
「と言っても、術式型の式神じゃないみたいだからな。少ししか利用できる部分は無かったんだが……」
「その上、文句まで言うとは……中々に面の皮が厚い人ですね」
「文句を言ってる訳じゃない。その少しの利用だけで良く気付いたなって話だ」
白い目でこちらを見ているのが分かるが、俺は気付いていないフリをして天明が今も稽古をつけている戦場を見下ろし続けた。
「それは、私が晴明様から貰った大事な部分ですから」
「……そういうことか」
景武者の能力自体はあの結界から来ているものだが、その基本構造というか、設計については景姫の情報を利用した部分もある。一部ではあるが、式神としての術式部分……元が妖怪らしいこいつにそれがあるのは不自然だと思ったが、安倍晴明に後付けされた部分だったって訳だな。
「それは、悪かった」
そして、その部分は景姫にとっては最も重要な……安倍晴明からの愛とすら言い換えられるパーツだったのかも知れない。
「一つだけなら、誤魔化さずに質問に答えよう。だが、さっきみたいに具体性を欠いた質問は無しにしてくれ」
「……分かりました」
景姫の中で一先ずの納得を得たのか、その内側で燻ぶっていたらしい怒りと不満は鳴りを潜めた。
「では、一つ――――貴方の神力は、どこから得たものですか?」
「……ずるい質問だな」
この一瞬で、上手く考えたものだ。俺が直接神力を操る場面は見せていない筈だが、これに答えれば俺が神力を持っていることを肯定しつつ、その由来まで教えることになる。
「白龍が特別に神力を持っているだけで、俺は使えない可能性だってあるだろ? 特に、神話の存在の再現みたいな式神なんだ。神力が宿るなんて可能性も十分にある」
「もしそうなら、そうお答えになっても構いませんよ」
今の俺の言葉で、最早景姫は確信に至ったらしい。その笑みを深め、更なる答えを……俺の力の由来を聞こうとしている。
「……悪足掻きは止しておくか。俺は、神力が使える」
「やはり、そうですか……」
そして、その先の答えだが……ちょっと、難しいんだよな。
「で、どこから得たものって質問だが……そうだな。自前と言えば自前だし、そうじゃないと言えばそうじゃない。元は概念的な崇拝から得てるもの、だな」
「えぇと……」
やっぱりよく理解出来なかったらしい景姫は首を傾げた。