謁見
狭くは無い部屋の中に、椅子に座った女と、横に立った女と、壁際に立つ数人と、気配を消してる奴ら。なるほど、警戒していない訳では無いらしい。
「ふふ、一刻も早く要件を聞きたい……そんな顔ですね」
「蘆屋に呼ばれてるからな。今も待たせてる途中って訳だ。ついでに言うなら、俺は貴族やらと話をさせられるのが好きじゃない」
「はっきり言いますね。ただ、私の身分は貴族とは全く別の物だと考えていますが」
「そうなのか? まぁ、そこら辺はあんまり詳しくないんだ。俺の学歴は、言ってしまえば高校中退だからな」
それに、貴族と皇族の仕組みが違うと言っても、俺が嫌っている部分は変わらない。身分の高い人間に敬意を払うと言うのは、俺の中では余り必要なことだとは思えない。だが、実際にそういう姿勢は必要とされる……その矛盾は、変わらずあるからだ。
「そうなのですか。私も、学校というものには行っておりませんので……同じということになりますね」
「そうなのか? 皇族でも、学校には行くもんだと思ってたが……今は、違うんだな」
俺が言うと、女はにこりと微笑み、従者によって後ろに置かれていた椅子に座るように促した。
「それでは、要件を話しましょうか」
その微笑みのまま、女は話を始めた。
「あぁ、手短に頼む」
「ふふ、これだけ敵意を浴びせられても態度を変えないなんて……おかしな人」
周囲から浴びせられるそれは、敵意というか最早殺気に近い。それも、ご丁寧に目の前の女には届かないように指向性を持たせている……よっぽど、慣れている奴らのやり方だ。
「……私の要件は、たった一つ」
指を一本立てて、女の目が俺を真っ直ぐに見る。
「――――私の下で働く気はありませんか?」
言葉通り、たった一つのシンプルな要件に俺は目を細めた。
「確かに、力を見せた覚えはあるが……それでも、流石に早計って奴だと思うぜ。俺は、どこの馬の骨とも知れない、野蛮なハンターだ」
「確かに言葉遣いは粗野に過ぎるかも知れません。ですが、早計とは思いませんよ。貴方が周りの印象よりも気遣いの出来る人間であることは分かりますし、貴方が思うよりも貴方のことを私は知っています。それに……」
そうやって溜めた後、悪戯っぽい顔をして少女は言う。
「善は急げ、です」
俺は溜息を吐き、一つ浮かんだ疑問を投げかけることにした。
「アンタ、幾つなんだ?」
「不躾な質問ですね」
雰囲気からは大人であるようにしか思えないが、その肉体を見るに相当若い。
「女性に歳を尋ねるのは禁句ですよ。ただ、そうですね……貴方よりは年下かと思いますよ」
「そうか」
つまり、肉体と精神の年齢が乖離していたりはしないらしい。
「それで、答えは変わりませんか?」
「そうだな。そもそも、世の為人の為に働くなんてのは、もうやらないつもりだ」
「……それは、悪行を為すという意味ではありませんよね?」
「当たり前だ。俺には然したる夢も野望も無いからな。ある程度食っていけてる以上、犯罪に手を染める理由も無い」
ふむ、と女は頷いた。
「それに、名前も知らない奴の下で働きたいなんて奴の方が珍しいと思うがな」
「そう、ですね……残念です。私の誘いに乗れば、一生遊んで暮らせたんですよ?」
「興味が無い」
すげなく断られた女は、溜息を吐いた。
「未練も無しですか。これは、どれだけアピールしたところで意味は無さそうですね」
「そういうことだ。帰って良いか?」
俺の物言いに女はふっと笑い、指を一本立てた。
「待って下さい。最後に一つ……貴方は、どうやってそこまでの強さを手にしたんですか?」
「……どうやって、か」
察してはいたが、この口振りから察するにこいつは俺の陰陽道以外の部分の強さも知っていると見るべきか。
「努力だ」
そう打ち切って、俺は席を立った。
「諦めては、居ませんからね」
「諦めろ」
踵を返し、それから念の為に言っておくことにした。
「しつこくされると、逃げるからな」
「……それは、困りますね」
俺は扉を開き、突き刺さるような無数の視線を感じながら部屋を出た。
♦
男の去った部屋で、椅子に座った女は深い息を吐き出した。
「ふぅ……結果を聞かせて下さい。静寅」
「魔力の照合、ですか?」
静寅は緊張を吐き出すように、ゆっくりと聞き返した。
「えぇ、そうです。例の人物は彼なのか。魔力の照合、出来たのでしょう?」
「……彼は、そうです。彼が、例の……」
静寅が続きを話そうとすると、女は手を突き出して止めた。
「それ以上は、この場で話すべきではありません。しかし、やはり……そうですか」
老日勇を態々ここに呼び出したのは、検証の為だった。その正体を明かすことなく動いていた、ソロモンの討伐者……その人であるかの、検証。
その為の準備がされていた部屋に足を踏み入れた老日は、十分の時間をかけて魔力の波長を読み取られ、そして記録されていた魔力の波長と一致することが確認された。
「となると、やはり引き入れることが出来なかったのは残念ですね」
「蘆屋でなく、土御門家に師事してくれていれば良かったのですが」
残念ながら、蘆屋家は陰陽寮に所属していない。つまり、正式には国家所属ではないと言うことになる。故に、老日勇に陰陽寮を通じて指令を出すというのも難しいだろう。
「今は、彼がこの国に居ると言うだけで満足しておきましょう。彼が言ったように、逃げられるのは困りますから」
「皇居への報告はどうしますか?」
「……そうですね。私の方から、機を見て伝えます」
「ッ」
その口振りから、静寅は女が報告する気が無いことを察した。
「何故……」
「下手に動かれては困る、というだけです」
女は小さく、静寅にそう告げた。老日勇を手に入れようと強引な手段に出る者が現れては不味い。その考えに、静寅は頷いた。
「……しかし、あんな態度の者に灸を据えることも出来ないというのは歯痒いですね」
「生まれの地位だけで威張ることほど、虚しいことはありません。そんな理由で灸を据えると言うのは、私の望むところではありませんよ」
そもそも、と女は付け加える。
「彼に灸を据えられる人物というのは、世界広しと言えど数えられる程度の物でしょう?」
「……ですから、私だけでお会いすると申し出たのですが」
責めるように女を見る静寅。
「ふふ、彼が本当に例の人物であったのならば……この目で確かめない訳にもいかないですから。それが私の責任で、性というものです」
「……少しは、お守りするこちらの身にもなって下さい」
女はそれでも深い笑みを浮かべるばかりで、返事を返すことは無かった。