倉橋功春
道を歩いて行く。すると、再び俺の前に立ちはだかる者が現れた。
「アンタは……」
それは、俺のことを甚く嫌っているらしい男。確か、倉橋なんとかって言う、土御門家の分家的な、そういう生まれの奴だった筈だ。
「倉橋 功春。こうしてまともに対面するのは、初ということになるな」
その視線からは、未だに僅かな敵意が滲んでいる。だが、最初よりは幾分かマシと言ったところか。
「私とて、些かやり過ぎた対応であったことは自覚しておる。それについては、謝罪しよう」
そう言って、功春は深く頭を下げた。歳が分かりづらい顔をしているが、まだ、禿げ上がってはいないらしい。
「別に、どうでも良い。それに、謝るにしてもその敵意を隠してからにしたら良いんじゃないか?」
「……隠していたつもりだったのだがな。しかし、この神聖な島にそれ程の呪物を持ち込むというのは、この島を管理する私に取ってみれば、敵対行為に他ならん。示出の半妖もそうだが、貴様のソレは度を越している」
確かに、この仮面自体のポテンシャルで言うのならば、国一つを呪ってもまだまだ足りないと言った程度はある。
「平然と危険物を持って入国しようとする者を、審査官が見逃せると思うか? 警戒の目を緩めるなど以ての外……だが、その領分を超える私怨が混じったのも事実だと認める」
式符の没収に関しては、そうだろうな。功春の意図が両成敗的な対応であった以上、越権行為であると言うには少し足りないかも知れないが。
「それについては、謝罪する。だが、確かに……まだお前に対する敵意は残っておる。それは、この神聖な島に悍ましい呪物を持ち込んだからだ。その怒りはまだ、残っている」
「そうか」
俺の返答に、功春は更に苛立ちを募らせたようだったが、口端を吊り上げたまま言葉にすることは無く鼻息として吐き出した。
「……かと言って、だ。その怒りをぶつける錦の御旗などありはしない。故に、私はお前を見逃し……その上、お前を案内する役目まで仰せつかっておる」
「案内?」
オウム返しで聞き返すと、功春はそうだ、と短く答えた。
「然る御方がお前を呼び出しておられる。その命を受けたのが、私というだけの話だ」
「なるほどな。断ることは出来ないってことだな?」
「当たり前だ。貴様も鈍くは無いのだろう。ならば、その呼び出しの主というのが誰であるかも、察しておる筈だ」
「まぁ、察してはいるが」
だからこそ、断りたいという気持ちは強い訳なんだが。
「というか、だ。アンタが言うようにこんな呪物を付けた奴が会いに行くってのは……大丈夫なのか?」
「大丈夫ではない。安心せい、何も直接お会いなさる訳では無い。従者の御方が代わりに話をするというだけのこと」
なるほどな。
「それなら……と思ったが、従者でもアンタより目上なのか?」
従者の御方、というのは気になる表現だ。
「当然だ。あの方は……いや、良い。お前はとにかく敬意を払うことだ。因縁ある故、私にはそのような口の利き方も許してやるが、その方にまでは許されぬぞ」
「善処する」
俺の返答に功春は睨み付けるような視線を向けたが、俺は軽く受け流した。
「それと……いつか、符を交える機会があれば貴様の鼻っ柱を折ってやる。その時を覚悟しておくことだな」
「楽しみにしておこう」
白龍を見てもそう言えるとは、気骨はあるらしい。
「さて、ここだ。行ってこい」
「監視の目は付かないんだな」
俺の言葉に、功春は目を細める。
「許可なく話を聞くことなど、許される筈も無かろう」
「そうか」
そもそも、こいつが相手方にとって話を聞かせられる相手かって前提があったな。
「じゃあな」
「うむ。互いに二度と顔を見ぬよう、祈って置いてやる」
別に、俺は何の感情も無いんだが……まぁ、良いか。
「入るぞ」
俺は躊躇うことなく目の前の扉を開き、そういえばノックなんかもしていなかったなと思い出した。
上品な照明に照らされた部屋には、高そうな絨毯と椅子と机とが並べられていた。総額何百万……いや、何千万するのか分からないその部屋に老日はただ眼を細めながら、その絨毯を踏みしめた。
「まさか、ノックもせずにお入りになられるとは……流石の私も、驚きに堪えません」
高そうな椅子に座った、高貴そうな女がそう言った。滲み出る品格が、その女の地位を現している。そして、その隣に立つ黄色と黒の混じり合う髪をした女が俺を親の仇であるかの如く睨み付けている。
「それはすまんが、俺も驚いた。まさか、皇族が居るなんてのは……話と違った」
「確かに……それはその通りですね。騙してしまい、申し訳ありません」
ぺこりと、目の前の女は頭を下げた。隣の女が目を見開き、だが許可なくば喋ることも出来ないのか口を固く結んでいる。
「この場所であるが故に、私は名乗れませんが……肩書の方が重いこの身、その必要も無いでしょう」
「俺は老日勇だ。呼ばれたから来た」
何というか、この空間……この雰囲気、召喚された時を思い出すな。心地良い感傷と言えるかは、難しい所だが。